祝日という"官製のみんな一斉休日"が日本人を苦しめる…精神科医警鐘「連休でストレスが増強される」本末転倒

2024年4月27日(土)8時15分 プレジデント社

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Yusuke Ide

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ゴールデンウィークは祝日をつなぎ合わせた日本特有の大型連休だ。精神科医で早稲田大学教授の西多昌規さんは「日本の祝日数は世界最高レベルだが、年休など柔軟に休みが取りにくい。『みんなで一斉でなければ休めない文化』は国民のこころの健康に悪影響をおよぼしている」という——。
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■日本は祝日が多いのに休んだ感じがしない理由


5月の連休が終わると、7月15日の海の日までは、しばらくは国民の祝日がない。こう書くと日本は祝日が少ないように思えるが、日本には祝日法が定める祝日が年間に16日もある。祝祭日は、イギリスが8日、ドイツ、フランス、イタリアが9日、アメリカ12日だが、日本では16日であり、G7加盟国の中では最多である。祝日数を確保する振替休日も、日本特有の制度だ。


しかし、「休日が多くて満足」と感じている人は、実際には少ないのではないだろうか。要因の一つとして、有休・年休の消化率の低さもあるだろう。厚生労働省の調査によると、令和4年度の日本における平均有給消化率は56.6%、従業員数の少ない30〜99人の事業者でみると、取得率は51.2%にまで下がってしまう。シンガポール93%、ドイツ90%(エクスペディア社による調査、2023年)には遠く及ばない。


満足度、幸福度が上がらない理由は、祝日数は世界最高レベルにあるにもかかわらず、年休など柔軟に休みが取りにくい、つまり「みんなで一斉でなければ休めない」という文化によるところが大きいのではないかと、5月連休前後になると再認識する。


一斉に休む日本の文化は、国民のこころの健康やウェルビーイング(幸福で肉体的、精神的、社会的すべてにおいて満たされた状態)にも良くない影響が目立ちはじめ、制度疲労を起こしていると考える。


世界16地域 有給休暇 国際調査2022(エクスペディア社、2023年4月27日)

■旅行のすごい効果


大型連休は、言うまでもなく旅行シーズンである。旅行に行けないくらいで、精神疾患やメンタルヘルス不調に陥るわけではもちろんない。しかし、旅行というのは、気分転換だけでなく、わたしたちのウェルビーイングを高める重要な行動である(Dsouza & Shetty, 2024)。コロナ禍で旅行できなかった時期を思いだしてみれば、わかるだろう。観光体験が認知症の予防、進行を防止する可能性を示唆した研究もある(Wen et al., 2022)。


これに関連して、旅行によって健康の回復や健康増進を図り、そして旅をきっかけに健康リスクを軽減する活動が注目されており、ヘルスツーリズムと呼ばれる。観光客が幸福を体験することによって、観光客の健康も促進するという可能性も提唱されている(Vada et al., 2020)。コロナ禍後には観光客が押し寄せたように、旅行は食糧や住居のように生きるためにマストではないが、メンタルヘルス、ウェルビーイングにとっては欠かせない要素なのだろう。


■旅行がメンタルヘルスにいいワケ


旅行がメンタルヘルスに良い理由を、図表2にまとめてみた。


旅行が良好なメンタルヘルスと関連する機序としては、旅行中は、ふだんより多く歩き、身体活動も増加する。日光も浴びることで、生体リズムの調整やセロトニンなど脳内の神経伝達物質にも好ましい影響が生じる。なにより旅行の計画立案、そして新しい経験は、脳を使い刺激する経験にほかならない。メンタルヘルスの観点からも、旅行は単なるリフレッシュ以上の効能があると考えられる。


■「混んでいてどこも行けない」官製・一斉休日の制度疲労


心身の健康にとって重要な旅行だが、日本国民が旅行する環境は、悪化の一途を辿っている。特に今年の連休は、「とにかく混んでいる」「どこに行くにも出費がかさむ」と、旅行どころか近場への外出も、二の足を踏んでしまっている人も多いだろう。年末年始やゴールデンウィーク、夏休みは、本来ならばリフレッシュできて楽しい時間のはずだ。


しかし、コロナ禍も過ぎた昨今では、わたしも含めて、旅行がしづらくなってきていると感じている人も多いはすだ。物価の高騰による生活費の切り詰めもあるが、やはり、インバウンドによるオーバーツーリズム、円安による海外旅行抑制が問題だ。自国民が旅行に行きづらいこのような状況は、ウェルビーイングを毀損しているように思えてならない。


写真=iStock.com/izusek
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このように心理的にプラスの影響を与える旅行に行きづらくなるのは、もったいないどころか、心身の健康や充実した人生の損失とも言える。さらには、オーバーツーリズムによって、観光地の住民のウェルビーイング低下が懸念されている。X(旧ツイッター)で、京都の街のゴミ箱がゴミで溢れてしまっている写真が流れてきて、わたしもイヤな気持ちになった。日本は公衆のゴミ入れが極端に少ないせいもあるが、住民が観光客に対してネガティブな印象を持ってしまうのも仕方がない。オーバーツーリズムは、旅行に行く人にも行かない人にも、良くない影響を与えている。


コロナ前においても、特にゴールデンウィークでの電車や飛行機、高速道路の渋滞の酷さは、毎年指摘されていた。インバウンド観光客で既にパンク状態のところに、日本人の人出も一時的に急増する。観光地では、あまりの混雑にサービス低下だけでなく、安全の問題が生じてしまう危険もあるかもしれない。これも、一斉休暇という文化に、以前にも増して強い疑問を持たざるをえない社会変化だ。


■大型連休に「圧倒」される心理ストレス


旅行の癒し効果を述べてきたが、一方で、長期休暇は意外なことに心理ストレスが強いこともわかってきている。アメリカ心理学会による2023年の調査では、成人の89%がホリデーシーズンにストレスを感じると回答し、41%が一年の他の時期と比較してストレスが増加したと回答した。また、女性や低所得者、精神障害者にとって、休日は特にストレスの多いものとなるという(American Psychological Association, 2023)。これはアメリカでの調査だが、日本でもまったく異なる結果にはならないだろう。


まとまった休日には、旅行やイベント参加など、特別なことをしなければと、強迫的になっている人が多いということだろう。特に予定もなく家にいると、行楽地はかつてない人出だというニュースや映像が、テレビやネットからどうしても目に入ってしまう。ますますこういった情報に圧倒されてしまうが、混雑や物価高騰などで、行くに行けない。休み中の過ごし方を巡って、家族間で揉めることもあるかもしれない。


写真=iStock.com/marchmeena29
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■日本特有の「一斉に休む文化」が孤独感を強化する可能性


あるいは他人の海外旅行などを妬んでしまう、休み中の過ごし方について意識しなくても友人間などで心理競争してしまっているなど、休み中の過ごし方でストレスを感じ、孤独感や疎外感を強くする人が多くなるのも肯ける。まして大型連休に仕事をしている人のなかには、割り切っている人もいるのだろうが、「なんでこんな休みに仕事」と不満に思う人もいるだろう。


長い休みに伴って生じる疎外感、孤独感は、日本特有の「一斉に休む」文化のもとで、より強化されているかもしれない。


■休みを「自主的に取る」ことで仕事満足度も自己効力感も上がる


そこで、すべての人が一斉に休むことは必要なのか、果たして合理的なのかという疑問が、以前にもまして強くなってくる。


働き方についての国際的な研究を調べても、休みが自由に取れるような自己スケジューリング、すなわち「柔軟(フレキシブル)な働き方」は、健康アウトカムにプラスの影響があり、労働者のウェルビーイングを高める。アメリカ国立労働安全衛生研究所の調査では、休暇を取ることで、仕事上のストレスの可能性は56%も減少し、仕事上の満足度の可能性は2倍以上増加したという(Ray & Pana-Cryan, 2021)。本調査では休暇は「taking time」と表現されており、祝日のような一斉休日ではなく、労働者が自発的に取る有休・年休を意味している。


過重労働が常態化しているような労働環境では、一斉休日はありがたい休養日であることは間違いない。しかし、働き方も多様となり、休日が増えればよい、一斉に休んだほうが気がラクという時代ではなくなってきている。


自由の概念ではないが、他人から与えられる休日ではなく、自らの意思で休日を勝ち取るほうが、自己効力感も高まり、結果的にウェルビーイングが高まることになる。


行楽シーズンに旅をするのではなく、自分でとった休日に旅行することで混雑が避けられ、快適にすごせるようになるだろう。


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■フレキシブルな働き方とサービス水準の維持は両立するのか


「休みたいときに休める」フレキシブルな働き方は、日本では実現できるのだろうか。政府が祝日を徐々に増やしてきたのは、自分の都合で休みづらい日本社会がなかなか変わらないのを見透かしていたからだろう。そして2024年からは、働き方改革関連法により、時間外労働の上限規制が設けられた。これまで述べてきた祝日と軌を一にする官製・一斉の労働時間制限であり、フレキシブルな働き方を提供しているわけではない。ある意味、働き方改革関連法によって、ますます労働の質と量に歪みが生じている職場もあると思う。


ゴールデンウィークについては、地域によって時期を分けるというアイデアもあるという。オーバーツーリズムの酷さを見ると、検討に値するアイデアかもしれない。しかし本質的には、「それぞれの事情に応じた多様な働き方を選択できる社会」の実現が理想だろう。


それには、IT技術による効率化推進ももちろんだが、わたしたちもサービス低下に直面せざるをえないかもしれない。既にバス運転手不足による減便や、医師・看護師が過小で安全上問題のある医療・介護施設など、労働者不足の問題が顕在化しつつある。労働者不足とフレキシブルな働き方の推進は、素人からしても、従来のサービス水準の維持は難しいと思わざるをえない。


当分の間は、労働者の生活の質・ウェルビーイングの向上と、サービスレベルの相対的低下との間のハレーションが生じ続けると予測される。もっとも、外国人労働者の増加は必然的な流れであり、もしかしたらこの「静かな外圧」によって、将来的には日本は年休の取りやすい、フレキシブルな社会に移行せざるをえないのかもしれない。


American Psychological Association. (2023). 2023 Holiday Stress Survey Data Topline.
Dsouza, K. J., & Shetty, A. (2024). Tourism and wellbeing: curating a new dimension for future research. Cogent Social Sciences, 10(1), 2319705.
Ray, T. K., & Pana-Cryan, R. (2021). Work Flexibility and Work-Related Well-Being. Int J Environ Res Public Health, 18(6).
Vada, S., Prentice, C., Scott, N., & Hsiao, A. (2020). Positive psychology and tourist well-being: A systematic literature review. Tourism Management Perspectives, 33, 100631.
Wen, J., Zheng, D., Hou, H., Phau, I., & Wang, W. (2022). Tourism as a dementia treatment based on positive psychology. Tourism Management, 92, 104556.


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西多 昌規(にしだ・まさき)
早稲田大学教授 精神科医
東京医科歯科大学卒業。自治医科大学講師、ハーバード大学客員研究員、スタンフォード大学客員講師などを経て、早稲田大学スポーツ科学学術院教授、早稲田大学睡眠研究所所長。精神科専門医、睡眠医療総合専門医などをもつ。専門は睡眠、アスリートのメンタル・睡眠サポート。睡眠障害、発達障害の治療も行う。著書に『休む技術2』(大和書房)『眠っている間に体に中で何が起こっているのか』(草思社)など。
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(早稲田大学教授 精神科医 西多 昌規)

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