50歳のジョブチェンジで"普通の商人→偉人"に…100年人生の理想モデルといえる教科書に出てくる人物の名前

2024年4月29日(月)9時15分 プレジデント社

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/takasuu

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「令和100年人生の理想像は伊能忠敬かもしれない」というのは、新著『ライフキャリア』を著わした龍谷大学客員教授・原尻淳一さんだ。50代を対象にしたキャリアデザイン研修が話題の原尻さんは「今後は50歳からの10年が非常に重要。この間、定年後に“パーソナル・ビジネス”を展開する準備が必要だ。具体的には、仕事上のスキルと個人的な特技を重ね合わせる“キャリア資産融合”を実現させてほしい」という──。

■50歳からまったく違うキャリアを築いた男


桜満開の上野公園の混雑を避けて、東上野を散歩していた時、たまたま源空寺というお寺の墓地に「伊能(いのう)忠敬(ただたか)」の墓を見つけた。


伊能忠敬といえば、日本各地を測量し、地図を作った人という程度の認識だったが、墓の横に立っている看板を読むと、とても興味深いことが書いてあった。


「忠敬は延享二年(1745)神保貞恒の子として上総国に生まれる。名を三治郎という。


のち下総国佐原の酒造家・名主の伊能家を継ぐ。名を忠敬と改め、伊能家の家業興隆に精出すかたわら、数学・測量・天文などを研究。漢詩・狂句も良くし、小斉と字し、東河と号した。


五十歳の時、家督を譲り江戸に出て、高橋至時の門に入り、西洋暦法・測図法を学ぶ。


寛政十二年(1800)幕府に願い出て、蝦夷(えぞ)地(現、北海道)東南海岸の測量に着手。以来十八年間、全国各地を測量して歩いた。しかし地図未完のうちに文政元年(1818)四月十八日没す。


享年七十四歳。」


■人生を「第一幕」「第二幕」で考える


ここで私が惹(ひ)かれたのは、地図作りの偉業ではなく、彼のライフキャリアだった。彼の人生は劇団四季のミュージカルのように、見事な二幕構成なのである。


写真=iStock.com/takasuu
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第一幕は、酒造家を継ぎ、商売人として生きる。婿入りした伊能家を再興し、かなりの財産を築いた。


第二幕は、50歳を境に本当にやりたかった天文学・測量に舵(かじ)を切る。そして、日本全国を測量し、今日、教科書に載るような偉業を成し遂げるのである。


私は墓前の看板を読んだ時、この生き方こそ「人生100年時代のお手本」のように思えた。


■「キャリア」は仕事だけではない


とかく私たちはキャリアというものを仕事だけで見がちである。仕事という一幕の演劇で人生という舞台を捉えがちなのである。


しかし、伊能忠敬の二幕構成の人生は、「ワークキャリア」のみの閉塞した考えから解放してくれる。私は人生を全体で捉える「ライフキャリア」という考え方を推奨しているが、伊能の人生はまさにこの考え方にぴったりではないか。


「今こそ、日本人は、二幕構成のライフキャリアを考えるべきなのではないのかね?」


伊能忠敬のフォースゴースト(霊体)は、墓前にいる私にこう語りかけた。


■定年後の35年を退職金と年金だけで暮らせるか


多くの人は65歳の定年まで働き切って退職金をもらい、加えて年金で暮らしていく人生80年モデルに囚われたままである。


定年後35年は退職金と年金のみで暮らすことを前提にしている人には自力で稼ぐという発想がまずない。


しかし、戦争で石油が高騰し、食費や電気代も値上げされ、日本全国で地震が頻発する環境下で、本当に退職金と年金だけで安心して暮らしていけるのか、と私のような臆病者は心配でならない。


その心配を払拭(ふっしょく)する処方箋は、伊能忠敬が実践した二幕構成のライフキャリアに学ぶことだろう。


■人生はまさに「舞台」のようなもの


以下のような人生のシナリオが思い浮かんだ。


第一幕:誕生〜50歳(50年)

誕生〜学生時代:学びや趣味に打ち込んで、特技といえるものをつくれたら素晴らしい。
会社時代(20〜30代):出世や高い給与をモチベーションにして取り組むのもいい。とにかく、仕事の流れの全体を把握し、現場を任せられるようになるまで頑張る時期。
会社時代(40代):課長・部長としてチームを指揮し、事業計画の設計・運営・管理を経験。ビジネス創造資産をたくさん蓄積する。


幕間(まくあい):50〜60歳(10年)

会社の出世レースの結果が見えたタイミングで、第二幕の準備にモードチェンジする。


第二幕に必要と思われる「小商い」に必要なビジネス創造資産をこの10年で貯める。自分の特技を再度見直して、楽しみながらゆったりと10年で磨きをかける。


第二幕:60〜100歳(40年)

特技とビジネス創造資産を融合させて、やりがいのある小商い(第二幕)を開始する。


これは思いっきり稼ぐというよりも、生きていくうえで、イキイキといられる場を持つことの意味が大きい。そして、小さくても収益があることで「小さな安心」を自ら生み出す。結果として「小さな自信」を持つことができ、充実した時間を作り出すことになる。


■「かつてなりたかった自分」に再挑戦する


さて再度、伊能忠敬の人生に戻ることにしよう。



原尻淳一、千葉智之『ライフキャリア』(プレジデント社)

彼の人生の第二幕を見ると、それは「かつてなりたかった自分への再挑戦」のように思えてならない。


彼は幼い頃から数学・測量・天文が好きだった。もしかしたら、天文学者・測量士になりたかったのかもしれない。


人は誰しも、幼い頃、なりたい夢があったはずだ。


しかし、多くの人は食っていくためにその夢をあきらめる。食っていくという現実を受け入れて、仕事をする人を「大人」というのかもしれない。


■50歳で19歳年下の師匠を得て、日本中を歩いて回る


しかし、伊能忠敬は違う。彼の魅力は、もう一度「なりたかった自分」に再挑戦する勇気ある行動にある。


まず驚くのは、江戸で西洋暦法・測図法を学ぶのだが、師の高橋至時は19歳年下である。


商売で成功し、名主となった男に、もしプライドがあれば、受け入れ難い要因になるはずだ。でも、彼は純粋に最新の暦法・測図法を学びたかったのだろう。年の差などものともしない。


さらに実際に測量を行い、それまで誰も知らなかった真の日本の姿を浮き上がらせる。


学んだ測量技術を使って、日本中を歩き、地図を描いていた時、彼の心は喜びで躍動していたに違いない。なんて素敵な人生なのだろうか。


筆者提供
伊能忠敬の墓は、師匠である高橋至時の墓の隣にある - 筆者提供

■会社の出世だけが「成功」ではない


100年時代というのは、ポジティブに考えれば、「かつてなりたかった自分」へもう一度挑戦できるチャンスが与えられたのだ、と捉え直すことができる。


会社で出世する島耕作のような人生がすべてではない。仕事だけの代えがきかない一幕完結の発想はもうやめよう。


まずは一幕で商売を経験してビジネス力の基盤を作り、二幕で自分の特技に磨きをかけて、それと絡めて小商いができれば、気持ち的にも金銭的にも充足された時間を過ごすことが可能だ。


■主観的な幸福感を左右するのは所得や学歴ではない


最近の厚生労働省の研究によれば、主観的幸福を感じる社会的要因は「特技や経験を他人に教える」時が高いという分析がある。


また、別の調査によれば、「自己決定」の高さが、所得や学歴よりも主観的幸福感に、より強い影響を与えているという分析もある。


これらの研究調査から見えてくるのは、他人との関わりや経験の共有、そして自己決定の権利や自己実現の機会が重要であり、それらが主観的な幸福感や生活の満足度に大きな影響を与えている、ということである。


自分の暮らしの中で自己決定する領域を広げ、会社で育んだことや特技で自分の好きなことを他者に教えることが幸せなのだとすれば、退職後、「特技や経験を他人に教える」小商いは、幸せな「福」業になる。


年金と同じくらいの収入が毎月入るサイズでいい。幸せでちょっとだけお金が稼げる、生き生きと暮らせる時間。それが人生第二幕の在り方なのではないか。


写真=iStock.com/Nikada
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Nikada

■あなたの本当の「望み」は何だろう?


伊能忠敬の墓は、師匠である高橋至時の墓の隣にある。死してなお、若き師匠と測量や天文学の話をしているようであった。


そして、2人のフォースゴーストは私たちにこう語りかけているように思える。


「心から望むものを思い出せ。そして、かつてなりたかった自分に再挑戦せよ」と。


拙著『ライフキャリア』では、私たち一人ひとりが伊能忠敬のように自分自身を再発見するための方法論を語っている。ぜひ併せてご参照いただきたい。


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原尻 淳一(はらじり・じゅんいち)
HARAJIRI MARKETING DESIGN 代表取締役 龍谷大学客員教授
1972年埼玉県生まれ。龍谷大学大学院経済学研究科修士課程修了。大手広告代理店入社後、エイベックスグループに転職。多くのアーティストのマーケティング、映画の宣伝戦略、アニメの事業計画立案を行う。現在はレコード会社、芸能プロダクション、飲料メーカーや広告代理店等、幅広い業界でマーケティングコンサルタントとして活躍している。また、大学教授として、マーケティング・エンタテインメント・教育を掛け合わせた活動もしている。ベストセラーとなった「ハック」シリーズ(東洋経済新報社)ほか著書多数。
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(HARAJIRI MARKETING DESIGN 代表取締役 龍谷大学客員教授 原尻 淳一)

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