「神様に守られているから健康保険は必要ない」日本語が通じない異常な義家族から嫁が受けた恐怖の呼び出し

2024年5月4日(土)10時15分 プレジデント社

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/urbancow

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現在40代の女性は26歳で結婚して以降、近くに住む夫の家族に翻弄され続けた。ある宗教の信者である義母や義兄は「タメになる話をしてあげる」と女性に何度も“聖書”を復唱させるなど折檻した。夫の出張を見計らって、「牧師先生」と面会させられそうになった女性がとった行動とは——。(前編/全2回)
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ある家庭では、ひきこもりの子どもを「いない存在」として扱う。ある家庭では、夫の暴力支配が近所に知られないように、家族全員がひた隠しにする。限られた人間しか出入りしない「家庭」という密室では、しばしばタブーが生まれ、誰にも触れられないまま長い年月が過ぎるケースも少なくない。

そんな「家庭のタブー」はなぜ生じるのか。どんな家庭にタブーができるのか。具体的事例からその成り立ちを探り、発生を防ぐ方法や生じたタブーを破る術を模索したい。


今回は、26歳で結婚して以降、義母や義きょうだいたちから非現実的な扱いを受け続けている、現在40代の女性の家庭のタブーを取り上げる。彼女の「家庭のタブー」はなぜ生じたのか。彼女は「家庭のタブー」から逃れられたのだろうか。


■夫との出会い


関西地方在住の行田優芽子さん(仮名・40代)は、工務店を経営する父親と看護師の母親のもと、3人姉妹の次女として誕生。行田さんは生まれつき肝臓病を患い、疲れやすい体質だったが、成長に伴い活発性格に成長した。


やがて高校を卒業すると、行田さんは派遣会社に登録。短期のヘルプ要員としてレジャー系企業で1カ月間働くことに。そこで教育担当になった2歳年上の男性は、まだ19歳の行田さんに優しく丁寧に仕事を教えてくれた。


働き始めて2週間ほどで交際に発展し、まもなく同棲を始め、2カ月ほど経った頃、初めて彼の実家に遊びに行くことになった。


当日、彼と2人で実家を訪れると、「こんにちは! どうぞ、上がって!」と母親は優しく出迎えてくれた。持参したお菓子を渡し、少し会話をした後、もともと彼が使っていた部屋を見せてもらうことに。しばらく彼と2人で話していると、母親が飲み物やお菓子を手に、数分ごとに現れては去っていった。


1時間ほどして帰ることになり、去り際に行田さんは来たときは緊張のあまり見落としていたことに気付く。家の中の至る所に宗教的なものが置かれていたのだ。


その帰り道、思い切って彼に言った。


「○○くんの家さあ、宗教の物がたくさんあったけど、そうなの?」


すると彼は答えた。


「ああ。俺も子どもの頃は母さんに連れられて通っていたけど、俺はもう信仰してないよ。それに母さんもきょうだいも、絶対に勧誘して来ないから大丈夫だよ」


行田さんは、彼が嘘をつく人ではないことを知っていたため、安心した。しかし、彼はただ、自分の母親やきょうだいのことをわかっていなかっただけだった。


■スープの冷めない距離


行田さんは25歳になった頃、久しぶりに自分の実家に帰る。すると母親から、「将来のことを2人で考えているの?」と言われる。彼と暮らすマンションに帰った行田さんが彼にそのことを話すと、「じゃあ籍入れたら良いやん」と彼。


休日、彼は行田さんの実家に改めて挨拶に向かった。行田さんの両親は和やかな雰囲気で祝福してくれた。


その後の週末は、彼の実家へ。彼の母親は、「俺ら籍入れる事にしたから」と言われると、「え? そうなの?」と一瞬面食らったかのような反応の後、取り繕うように喜んでみせた。


行田さん26歳、彼28歳で入籍。以降、義母は頻繁に連絡してくるようになった。2人が暮らすマンションの契約更新が迫っていることを知った義母はこう言った。


「私たちが暮らす賃貸マンションは、親子で契約したら、子世帯は家賃が半額になるのよ」


彼は「半額ならいいな」と乗り気。しかし行田さんは、義実家との距離が数分程度になることに嫌な予感がした。だがそれを彼には言えず、2人で内覧へ行くことに。


実際の間取りを見た夫は気に入った様子。しかし契約書に書かれた金額を見ると、明らかに半額ではない。行田さんが担当者にたずねると、「半額になるという制度はない」と言う。


2人は「半額じゃないなら断る」ということが恥ずかしく、結局契約してしまった。


その後、義母は、「私は半額になるなんて言ってない」と言い張り、帰宅後、変に思った行田さんが「絶対に言ったよね!」と憤ると、彼は「母さん、天然だからなあ」と笑った。


■日本語が通じない


入籍を機に行田さんは、かねてから興味のあった金融系の会社へ転職。ある日、彼に保険に入っているか確認したところ、彼は保険が何かもわからない様子。しかたなく行田さんは義母に電話する。


「本人に聞いても分からないって言うんですが、○○くんは国保に入っていますか? 義兄さんの扶養に入っているのでしょうか?」


彼の父親は彼が中学生の頃に行方をくらまし、以降はすでに成人していた義兄が家計を支えてきたと聞いていた。すると義母はこう言った。


「あのねぇ、優芽子ちゃん、あの子は母子家庭育ちなの! 年金も払わなくても貰えるの! あの子は神様に守られてるの! 病気もケガもしないから国保なんて入らなくて良いの!」


一気にまくしたてると、義母は電話を切った。


「神様に守られてるから年金や国保に入らない……? 目の前が真っ暗になりました。日本語が通じないのです。もう怖くてたまりませんでした」


埒が明かないので、彼より6歳上で、東京で働く義兄に電話してみる。


「○○くんの公的医療保険に扶養として入りたいのですが、○○くんが今どこの保険に入ってるか分からなくて……。お義兄さんの扶養ですか?」


すると義兄はこう言った。


「扶養はあいつが20歳になった時に外したぞ。そこからはあいつが自分で社保に入っていない限り、どこにも入っていないんと違うか? でもな優芽子ちゃん、あいつは神様に守られてるから入らなくても良いよ」


「こいつも話が通じない……」そう思った行田さんは、結局、市役所や年金保険事務所に自分で足を運び、2年分の保険料を納め、健康保険証を入手。国民年金に関しては、未納分を一気に払うことが不可能だったため、分割払いにすることに。行田さんは結婚資金を使い果たしてしまった。


写真=iStock.com/show999
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/show999

■恐れていたことが始まる


彼の実家と同じマンションに引越ししてからというもの、義母から毎日のように呼び出されるようになった。用事の内容は、洗濯物や掃除などの家事から、「あれ買ってきて」という使い走りまでさまざま。そして、恐れていたことがついに始まる。


いつものように電話で呼び出されて行くと、義母から「今日は優芽子ちゃんのタメになるお話をしてあげるからね」と言って“聖書”を渡される。


行田さんが戸惑っているのも気にせず、「はい。じゃあ、00ページ開けて〜」と始めようとする姑に、「お義母さんすみません。私、宗教に興味ないので……。○○くんにもこういうことはしなくて良いって言われてるんです」と言うと、


「それ、○○ちゃんの本心と違うわぁ。優芽子ちゃんに気を遣っているのが分からない? 可哀想な○○ちゃん」


とバッサリ否定。その後も何度も断っているのに、固くて冷たいフローリングの上で正座をさせられ、約1時間半、義母に“聖書”を復唱させられた。


それから数日後。再び義母から呼び出しがあったため義実家へ行くと、「おぉ、来たか」と義兄が出迎えた。義母曰く、行田さんのためにわざわざ東京から来たのだという。


「お義兄ちゃんからたくさん学んだらいいわあ。優芽子ちゃん変なことばっかり言うからお義母さん本当に悲しい!」


いつもテンション高めの義母がこう言うと、「優芽子ちゃんの中は『罪』だらけなんだろうな」と義兄。


その日も聖書を読み、フローリングの上で3時間正座し続けた。


ところが終わりが見えたとき、行田さんは少し足を崩してしまう。瞬間、行田さんの耳に鋭い音が聞こえ、しばらくして右の頬に激痛が走った。右の頬を抑える間もなく、今度は左の頬に激痛が走る。


「優芽子ちゃん、駄目だよぉ。俺がせっかくこんなにも愛を持って優芽子ちゃんの中の罪を償うお手伝いをしているのに〜! 何でそんな態度するの? おかしいでしょ〜!」


義兄がビンタしたのだ。義兄は涙を流しながら笑っていた。義母も笑っていた。何度か殴られた後、行田さんは義実家に閉じ込められ、その日は自宅に帰してもらえなかった。


写真=iStock.com/RichLegg
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「赤く腫れ上がった顔を彼に見られないためだと思います。私は自宅から数分しか離れていない場所で、恐怖に怯えながら気を失うように眠りました……」


■摂食障害


義兄に殴られてからというもの、行田さんは常に何かに怯えるようになった。


「義兄は東京に帰った!」と自分に言い聞かせても、「またいつ突然帰省するか分からない……」と思うと怖くて、自宅に閉じこもりがちに。就いたばかりの仕事も退職してしまった。


「義兄に殴られた日、彼は会社の研修で不在。それを知っての事だと後で分かりました。また次、彼が数日間仕事などで不在の時が来たらと思うと恐怖がずっと拭えず、私を苦しめました」


精神的に不安定になった行田さんは、その頃から摂食障害を起こし、持病の肝臓病を悪化させてしまう。それに伴い44kgほどだった体重が、5カ月ほどの間に80kg台まで激増した。


彼は心配してくれたが、行田さんは義母と義兄からの仕返しが怖くて言えなかった。


それでも義母からの呼び出しがあれば義実家に行く。義実家には義母の他に、自称“パニック障害”でニートの義弟(当時26歳)がいた。義兄に殴られて以降、義母と義弟の機嫌を損ねると、髪の毛を引っ張られたり木の棒で殴られたり蹴られたりするようになった。


■最悪の結婚式


そんな中、レストランウエディングの日を迎えた。開始前に控え室で準備をしていた行田さんたちは、受付の方で義母の怒鳴り声が聞こえてきたため、急いで向かう。


義母が参加者名簿に書かれていない自分の姉を無断で連れてきたため、受付係と揉めていたのだ。


「当日の飛び入り参加は認められないことを、事前に何度も説明してあったにもかかわらず……です。でも出席するはずだった私の祖父が体調を崩したため、運良く義母の姉は出席できることになりましたが、義母は悪びれる様子も感謝することもありませんでした」


それどころか、


「わざわざ姉が来てくれたのに気分を害した! 謝罪しなさい!」


と新婦である行田さんを呼びつける始末。


会が始まったら始まったで、彼の幼馴染がワインを飲みすぎて行田さんの友人に絡み、手を握ったり抱きついたり。困り果てた友人は途中で帰ってしまった。


「最悪の結婚式でした。このとき私は、『彼の周りには常識がない人、平気で人を傷つけるような人ばかりだ』『彼のことが好きでも、彼の”周り”がだめだ』と気が付き、茫然自失としていました」


■2時間の家出


結婚式後も行田さんは、義母に呼び出されては聖書を読まされていた。


ある日、義母が、「牧師先生」と行田さんとの面談を決めたと言う。その夜、行田さんは「牧師先生なんかと会ったらもう逃げられないんじゃないか」という恐怖から、何もかもから逃げたくなり、ぼんやりと街を彷徨(さまよ)い歩いていた。


写真=iStock.com/SeventyFour
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/SeventyFour

ふらふらと歩いていると携帯が鳴る。見ると夫からの着信とメールが何件もある。時計を見ると日付が変わっている。行田さんは自宅から歩いて2時間ほどかかる所まで来ていた。


電話に出ると、夫は心配していた様子で、車で迎えに来てくれると言う。


夫の車に乗ると、行田さんは泣きながら、引越してきてから義母や義きょうだいたちにされてきたことを話した。


堰を切ったように話し続ける行田さんに対し、突然夫は叫ぶように言った。


「もういい!」


びっくりした行田さんは、何も言えなくなってしまう。


「優芽子ちゃん、母さんや兄貴たちのことボロカスに言うけど、母さんたちがホンマに勧誘してくるん? 何でこんなことになるん?」


夫は自分の母親と兄の正体を何ひとつわかっていなかった。それを聞いた行田さんは笑いながら叫んでいた。


「何でって、あんたの親兄弟が異常やからやん! 私が話した事は嘘じゃない! 全部あんたがいないところでされてきた! 結婚パーティーで怒鳴るお義母さん見てるはず! それでも私を疑うなら疑えば良い!」


気づけば初めて夫を「あんた」呼ばわりしていた。(以下、後編に続く)


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旦木 瑞穂(たんぎ・みずほ)
ノンフィクションライター・グラフィックデザイナー
愛知県出身。印刷会社や広告代理店でグラフィックデザイナー、アートディレクターなどを務め、2015年に独立。グルメ・イベント記事や、葬儀・お墓・介護など終活に関する連載の執筆のほか、パンフレットやガイドブックなどの企画編集、グラフィックデザイン、イラスト制作などを行う。主な執筆媒体は、東洋経済オンライン「子育てと介護 ダブルケアの現実」、毎日新聞出版『サンデー毎日「完璧な終活」』、産経新聞出版『終活読本ソナエ』、日経BP 日経ARIA「今から始める『親』のこと」、朝日新聞出版『AERA.』、鎌倉新書『月刊「仏事」』、高齢者住宅新聞社『エルダリープレス』、インプレス「シニアガイド」など。2023年12月に『毒母は連鎖する〜子どもを「所有物扱い」する母親たち〜』(光文社新書)刊行。
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(ノンフィクションライター・グラフィックデザイナー 旦木 瑞穂)

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