北朝鮮のミサイル発射に異変、いったい何が起きたのか
2023年5月9日(火)9時6分 JBpress
北朝鮮が2022年までに行ったミサイル実験は、飛翔中に軌道を変更するものや極超音速滑空弾など、高い技術を必要としているものが多かった。
そのうちの極超音速滑空弾についてはまだ完成には至っていないので、今年になっても実験回数が増加するのかと考えていた。
ところが、米韓合同軍事実働演習(3月20日から4月3日)とその前後を含めた期間に発射したミサイル等は、技術的にハイレベルのものではなかった。
逆に、特性や作戦運用がこれまでと異なっている。ユニークな発想で製造された兵器のようだ。
このミサイル等はどのような特性があるのか、現実的な運用はどのようになるのか、について分析する。
さらに、半島有事において、米韓日の対応、特に反撃方法について考察する。
分析するミサイルは、次の4つである。
6発発射の短距離弾道ミサイル(3月9日)
地上サイロ発射の短距離弾道ミサイル(3月19日)
戦略巡航ミサイル(3月19日・22日)
核無人水中攻撃挺(3月23日・27日、4月7日)
1.6発発射の短距離弾道ミサイル
北朝鮮は3月9日、「射撃中隊が、黄海海上に設定した目標を敵の戦闘機配置飛行場と想定して、一斉射撃を行った」と発表した。
6発発射ミサイルの評価
韓国参謀本部関係者は、次のように分析した。
北朝鮮が発射したミサイルは、低い高度で短距離を飛行した。そのミサイルは、飛翔距離が最も短い近距離弾道ミサイル(CRBM)に該当する。
また、「韓国型戦術地対地ミサイル(KTSS)」と類似した「玄武-1」クラスミサイル(射程約180キロ)である。
2023年3月9日、6発同時発射のミサイル
(図が正しく表示されない場合にはオリジナルのJBpressサイトでお読みください)
北朝鮮は、このミサイルに類似したミサイルを2022年4月16日にも発射していた。
この2つは、車両発射台、発射機、ミサイルの形状が類似している。当時、距離110キロ、高度25キロ飛翔したものだ。
このミサイルの目的は、240ミリ多連装砲の射程(40〜60キロ)からATACMS版(KN-24)(射程410キロ)や400〜600ミリ超大型多連装ロケット(KN-25)(射程380キロ)以内の範囲、つまり、50〜400キロ離れた軍事目標に命中させ破壊するものである。
南北の軍事境界線よりやや北側からこのミサイルを発射すると、ソウル、水原空軍基地、平沢の米韓連合司令部や烏山空軍基地までは、制圧・破壊することが可能である。
北朝鮮は、侵攻開始と同時に、短距離ミサイルの奇襲攻撃を確実に想定している。
射撃目標200キロ以下の範囲を射撃できるのは、「KN-09多連装ロケット砲」(射程約200キロ)とこのミサイルだけである。
今回の弾道ミサイルの口径は大きいので、軍事のコンクリート目標を破壊するのに適している。
北朝鮮が保有する各種短距離弾道ミサイルの射撃範囲
2.地上サイロ発射の短距離弾道ミサイル
北朝鮮は「3月19日、戦術核攻撃を模擬した弾道ミサイル発射訓練が行った。
そのミサイルは、800キロ飛翔し日本海の目標上空800メートルで正確に空中爆発して、弾頭の核爆発制御装置と起爆装置の動作の信頼性が再度検証された」と発表した。
3月19日に地下サイロから発射したミサイル
地上発射ミサイルの評価
このミサイルは、800キロ飛翔していることから、イスカンデル版(KN-23)よりも大型のミサイルである。
北朝鮮から発射されると、前述の図にあるとおり、九州北部および広島の呉や岩国まで、制圧することができる。
近年では、攻撃前にミサイルを移動発射台(TEL)に搭載して、サイロを出て秘匿された発射地点に移動して発射する方式がとられている。
このことは、敵国にミサイルの位置を事前に特定されないためである。
地下サイロからの発射イメージ
ところが、今回の射撃で、北朝鮮はこの今の時期に地上発射を行った。なぜなのか疑問が生じる。
地下発射サイロは、山間丘陵部に掘られた坑道式の基地であり、TELが道路から進入・進出でき、そこに入ったミサイルは垂直に立てられ、山間部の発射口から打ち出される機能がある。
ミサイルの発射口や道路に通じる進入・進出口は偵察衛星からは丸見えであり、その位置はすべて探知されている。
もしも、ミサイルが地下のサイロから出ていなければ、航空攻撃やミサイル攻撃を受ける。
つまり、ミサイルを発射する前に攻撃されるのである。
また、ミサイルの基地の麓の地上には、駐屯地があり、その中に司令部や兵舎がある。発射基地は地下にあっても、兵士の通常の生活は、地上の兵舎で営まれている。
地下サイロからの発射には、脆弱性が多い。
今、わざわざ地下サイロから発射する理由は、次の2点が考えられる。
①地下サイロが米軍情報機関から解明されていないと考えている。
②地下サイロからでも、TELからでも2つの方法で発射できることを主張している。
3.水中および地上発射の戦略巡航ミサイル
北朝鮮は、次のような発表を行った。
3月12日、潜水艦(写真からは、新浦級潜水艦)が、日本海の景浦湾水域で2基の戦略巡航ミサイルを発射した。
そのミサイルは、約1500キロを2時間6分ほどで8字を描くように飛翔して、標的に命中した。
3月22日には、戦略巡航ミサイル部隊が、戦術核攻撃任務遂行のために地上で発射訓練を行った。
「ファサル(矢)-1型」と「ファサル-2型」と命名されており、それぞれ日本海に設定された約1500キロと約1800キロの距離を模擬した楕円および8字形飛行軌道を約2時間5分と約2時間30分間、飛翔して目標に命中した。
3月12日 戦略巡航ミサイルの水中発射状況
3月22日、戦略巡航ミサイルの飛翔状況
巡航ミサイルの飛翔イメージ
水中および地上発射の戦略巡航ミサイルの評価
・飛翔距離から、射撃範囲は日本の全域(北は北海道から南は与那国島まで)が含まれる。
巡航ミサイルの射程と飛翔イメージ
・飛翔の時速は約710キロなので輸送機と同じ速さだ。
近距離の地対空ミサイルを配備しているところに飛翔してくれば撃墜できる。近距離ミサイルは射程が10キロ前後なので、配備できていない地域では破壊が不可能である。
・3月22日の飛翔の写真では、地形に沿って飛翔できることが分かる。
巡航ミサイルは、地形の起伏のデータを設定して、これに従って飛翔できる。
敵地の地形データは、中解像度の偵察衛星などのデータから取得できるが、北朝鮮の場合はそのデータはない。
では、日韓を目標にする場合はどうするのか。
日本の場合は、国土地理院の地形図を参考にすればデータを設定できる。韓国の場合は地図データがないので、地形に沿って飛翔させるのは不可能であろう。
・戦術核攻撃任務を有するミサイルということなので、戦術核兵器が完成すれば、搭載する計画なのであろう。
とはいえ、戦術核の威力や大きさについては、不明である。
4.核無人水中攻撃挺
北朝鮮は次のように発表している。
日本海側の海岸から核無人水中攻撃艇を投入し、日本海で楕円および8字の経路を80〜150メートルの深度で先行し、設定した目標に到達して、爆発した。
3月21〜23日には約60時間、3月25〜27日には、「ヘイル(津波)1」型が約40時間で600キロ、4月4〜7日には、「ヘイル(津波)2」型約71時間1000キロ潜航した。
ヘイル1型(3月25〜27日)、ヘイル2型(4月4〜7日)
核無人水中攻撃挺の評価
・水深80〜150メートルで1000キロを潜航移動するとすれば、日本海に面する日本や韓国の港湾に向けて攻撃できる大型の攻撃挺(魚雷)である。
無人水中攻撃挺(魚雷)の発射イメージ
無人水中攻撃挺による攻撃イメージ
・時速14〜15キロで移動するので、日本海に配備される対潜哨戒機や艦艇に発見される可能性が高い。
・北朝鮮の攻撃手段の一つになるので、対応する米韓日はより複雑な対応が求められる。
・この魚雷に搭載される戦術核が成功しているのか、成功することになればどの程度のものなのかは不明である。
・北朝鮮が、ロシアの核魚雷「ポセイドン」を真似て製造したものだ。
ロシアのポセイドンは、オスカーII級巡航ミサイル潜水艦「ベルゴロド」への搭載が可能だという。
北朝鮮の場合、ヘイル1・2を搭載できる潜水艦はない。
このため、北朝鮮はミサイル発射用浮桟橋を海に沈めて、そこから発射したものと考えられる。
潜水艦発射弾道ミサイル、北極星1・3号を海中から発射した水中発射台だ。
この魚雷の最大の欠点は、大型潜水艦が建造されるまでは、水中発射台からの発射となるので、水中に沈める場合に、偵察衛星や無人偵察機によって発射位置が発見される可能性が高い。
米韓日が反撃すれば、発射前に破壊される可能性が高い。
5.新たなミサイル開発で対応が複雑化
「核〇〇」という兵器の名称からして、北朝鮮はこれらの兵器を戦術核を搭載して運用する計画だ。
戦術核については不明だが、小型で小規模な威力であっても、撃ち漏らせば被害は大きい。
米韓日の反撃能力はますます必要になってきた。
米韓合同演習を前後して発射されたミサイルの特性から見て、特異な運用である。
これらは、朝鮮半島有事において韓国や日本の全域に向けることが可能なものだ。
これらの兵器だけを見ると、技術的にはハイレベルではないが、これまでの低高度変則軌道を行うミサイルや超大型多連装ロケット砲と組み合わせれば、韓国には濃密な火力となる。
また、射程の長いミサイルや魚雷は、日本の港に向けられるものである。
今回の北朝鮮の兵器は、個別に対応できなくはないが、各種ミサイルを総合して同時に運用されると撃ち漏らす可能性が一段と高まった。
日韓は、北朝鮮の各種の奇襲攻撃それぞれに対応しなければならなくなったのだ。
筆者:西村 金一