なぜ経営トップは、5年以上職にとどまってはならないのか?

2024年5月7日(火)4時0分 JBpress

「自由と秩序」の両立によって機能不全から蘇り、飛躍の途へ——。そんな理想を体現した企業が世界には存在する。ルールによる抑圧的な管理を放棄し、人と組織を解き放った革新的なリーダーたちは、何を憂い、何を断行したのか?  本連載では、組織変革に成功したイノベーターたちの試行錯誤と経営哲学に迫った『フリーダム・インク——「自由な組織」成功と失敗の本質』(アイザーク・ゲッツ、ブライアン・M・カーニー著/英治出版)から、内容の一部を抜粋・再編集。

 第6回は、企業の解放を始めるにあたってのポイントと、解放を主導するリーダーのあるべき姿を解説する。

<連載ラインアップ>
■第1回 松下幸之助が40年前に喝破していた「科学的管理法」の弊害とは?
■第2回 金属部品メーカーFAVIの新しいCEOが目指した「WHY企業」とは?
■第3回 夜間清掃員が社用車を無断使用した“真っ当な理由”とは?
■第4回 13年連続赤字の米エイビス、新社長はなぜ経営陣を現場業務に就かせたのか?
■第5回 利益率9%を誇る清掃会社SOLには、なぜ「清掃員」が存在しないのか?
■第6回 なぜ経営トップは、5年以上職にとどまってはならないのか?(本稿)

■【特別寄稿】『フリーダム・インク』ゲッツ教授が解説、ゴアがデュポンより多くのイノベーションを生み出す理由(前編)
■【特別寄稿】『フリーダム・インク』ゲッツ教授が解説、ゴアがデュポンより多くのイノベーションを生み出す理由(後編)(5月21日公開)

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■組織を解放する哲学とリーダーシップ6

 解放企業を支える哲学には定形のモデルはないと思われる。実際、専門性やセクターや地域など、その組織が置かれるさまざまな文化的文脈に沿った方法で社員のニーズに応えようとすれば、その社員たちこそが、自社らしい適切な組織モデルをデザインする方法を知っているからだ。

 だからこそ、企業の解放を始めるにあたっては、まず会社の中で実現したい価値観やルールについて社員に尋ねるべきなのだ。答えは企業ごとに異なるだろう。なぜなら、たとえば「本質的な平等へのニーズ」を表現する価値観は、「敬意」「信頼」「善意」「傾聴」「よきユーモア」「公平性」などさまざまに存在するからだ。

 こうした価値観に全員の同意が得られたら、次のような問いを考えてみよう。

 「私たちの価値観に反しているため、これから取り除くべき慣行や象徴は何か。そして価値観を促進するために採用すべき慣行や象徴(シンボル)は何か」

 こうして会社ごとに独特の文化的文脈を反映する多様な組織形態が出現する。

 たとえば、フィンランドの解放企業で清掃サービスを提供しているSOLの全社を貫く唯一の価値観は、「CEOも含めた社員の誰にも、個人のオフィスや社用車、専用駐車場、ビジネスクラスといった『特権』がない」というものだ。しかし、リチャーズ・グループ(アメリカ最大の非上場広告会社)では、同じ平等主義的な価値観ではあるが、社歴の長い社員向けに専用駐車場と景色のよい席が用意されている。

6. Isaac Getz, “L’entreprise libérée est une question de philosophie, ses créateurs des antibureaucrates,” LeMonde.fr, June 5, 2015. http://www.lemonde.fr/emploi/article/2015/06/04/l-entrepr ise-liberee-est-une-question-de-philosophie-ses-createurs-des-anti-
bureaucrates_4647696_1698637.html.

 解放企業の組織形態はそれぞれユニークだが、ほぼどこにでも共通している特徴が1つある。それは、業務ユニットの規模が比較的小さいということだ。「小工場(ミニプラント)」「村(ビレッジ)」「快速艇(スピードボート)」「自律型チーム」など呼び名はさまざまだが、どの単位でも250名を超えることはない。人数が多すぎると価値観を共有するのが難しくなるだけでなく、基本的なニーズを満たす慣行を維持するのも容易ではなくなるからだ。たとえば、お互いの名前や顔もわからない環境下で、メンバーが互いへの敬意と信頼を保ちながら、直接、口頭でコミュニケーションをとっていくのは至難の業だろう。だから電子メールによるやりとりが始まってしまう。

 企業の解放には定形のモデルがないし、組織づくりのレシピもない。取材した解放型リーダーの中にも、何か特定のモデルを使ったと答えた者はいなかった。SOLのリサ・ヨロネンのように、「あなたの組織形態をモデル化したい」と研究者から持ちかけられたことがあると話してくれたリーダーはいる。

 一方で、自らモデル化を試みた人たちもいる。FAVIのゾブリストは、既存の理論の扱いには注意していたが、やがて自社の組織づくりのモデル化に取り組んだ。1958年から続く解放企業のゴアでは、2000年代初めに、4名の社員が40年の歴史を誇る組織文化を体系化し始めた。

 一度総括しておくと、すべての解放企業に共通している唯一の要素は、「社内の文化や人間的文脈の中に受け継がれ、唱えられてきた哲学があり、それがユニークな組織形態につながっている」ということだ。だからこそ、企業の解放は、伝統を無視し、多様な現実に単一の理論モデルを押しつける革命ではなく、むしろ急進的な進化なのだ。

 それでは、企業の解放においてリーダーはどのような役割を担うのだろうか。一見したところ、彼らは建築家と非常に似ている部分がある。まず構想を練ってから設計を始める建築家のように、企業の解放に乗り出し、結果を保証するレシピも持っていない。その活動は、あらゆる創造的なプロセスと同じくとても複雑なので、リスクが高く苛立たしくなることも多い。だが、似たもの同士の大半がそうであるように、両者は非常に似ているがまったく同じわけでもない。

 建築家は、将来誰が建物に住むかには関与しないが、解放型リーダーは、解放企業の主な柱を社員たちと一緒につくる。それはビジョンと、共通の価値観だ(もちろんビジョンについてはまず自分で考えて皆と共有する起業家もいる)。だからこそ、解放企業は、リーダーが社員と協力して行う解放プロセスと密接不可分なのだ。

 もう一つの違いは、多くの建築家は自分の名を挙げて独自の存在として認知されようと努力する(当然それは理解できる)が、逆に解放型リーダーはそうした自我(エゴ)を持たず、自分がいなくても済む存在になろうとする、という点だ。これは、信頼、自己実現、主体性の発揮という人々のニーズに応える組織がうまくいく条件とも言える。自分がいなくても済む瞬間が訪れた時こそ、リーダーが解放企業をつくり上げたと主張できるだろう。社員が、上司でも決められた手順でもなく自分自身の自由意思と責任で、会社の将来にとってベストだと判断できる企業だ。FAVIのジャン=フランソワ・ゾブリストが、3年ごとに自分に社長でいてほしいかを社員たちに尋ねたのはこういうわけだ。エイビスのロバート・タウンゼンドは、1960年代はじめに会社を解放し、その後は後任のCEOたちに、5年以上職にとどまらないよう助言した。

 解放型リーダーは、このように自らが率いることを嫌い、官僚制を拒否する。彼の目標は、さまざまな問題が社員たちによって解決されて、自分が必要なくなることだ。これに対し、官僚的な組織のトップはさまざまな問題に対処することで、必要不可欠な存在で居続けようとする。

<連載ラインアップ>
■第1回 松下幸之助が40年前に喝破していた「科学的管理法」の弊害とは?
■第2回 金属部品メーカーFAVIの新しいCEOが目指した「WHY企業」とは?
■第3回 夜間清掃員が社用車を無断使用した“真っ当な理由”とは?
■第4回 13年連続赤字の米エイビス、新社長はなぜ経営陣を現場業務に就かせたのか?
■第5回 利益率9%を誇る清掃会社SOLには、なぜ「清掃員」が存在しないのか?
■第6回 なぜ経営トップは、5年以上職にとどまってはならないのか?(本稿)

■【特別寄稿】『フリーダム・インク』ゲッツ教授が解説、ゴアがデュポンより多くのイノベーションを生み出す理由(前編)
■【特別寄稿】『フリーダム・インク』ゲッツ教授が解説、ゴアがデュポンより多くのイノベーションを生み出す理由(後編)(5月21日公開)

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筆者:アイザーク・ゲッツ,ブライアン・M・カーニー,鈴木 立哉

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