“独自KPI”で企業の人材価値を見える化せよ―人的資本の魅力を数値で語る新手法
2025年5月14日(水)10時0分 PR TIMES STORY
目次
- 人手不足の時代、人材を「資本」として捉える重要性
- “独自KPI”で企業の経営戦略と人事戦略を線で結ぶ、IPO計画中の福祉サービス企業の挑戦
- 独自KPI開発の舞台裏:現場起点で磨き上げた“戦略的人材指標”
- 人事・事業・現場を横断するクロスファンクショナルな協働体制
- 人的資本を企業価値へ
人手不足の時代、人材を「資本」として捉える重要性
国内の労働人口減少による深刻な人手不足は、今や多くの業界で喫緊の課題です。
こうした状況下、単に採用を増やすだけではなく、「人的資本」すなわち従業員を企業価値を生み出す資本と捉え、その価値を最大化する経営への転換が求められています。
人的資本経営への注目は近年高まっており、国際規格「ISO30414」でも企業の人材戦略を定性的・定量的に社内外へ明示する重要性が謳われています。
企業価値の大半を占める無形資産として、人材への投資や活用戦略は経営の中核課題となっています。実際、日本では2023年より上場企業約4000社を中心に人的資本情報の開示が義務化され、人的資本は企業評価で重要な役割を担うと見込まれています。
しかし、人材の価値は財務指標のように目に見えづらく、その「見える化」(可視化)が各社共通の課題となっています。ある調査では、人的資本開示に取り組む企業は全体の2割弱に留まり、上場企業の6割がようやく従業員データの可視化段階にあるります。
データ収集・可視化を経て、定量分析や戦略立案に踏み込めている企業はさらに少なく、「何をもって人的資本の成果とするか」の定義づけ自体が難しいという指摘もあるようです。
こうした背景の中、人材に関する独自のKPI(重要業績評価指標)を設計し、経営に活用する動きが先進企業で始まっています。
KPIによる人的資本の見える化は、単なる情報開示対応にとどまらず、経営戦略と人材戦略を結びつける強力な手段となります。
本稿では、福祉サービス企業A社の事例をもとに、人的資本経営の観点から独自KPIで企業価値を可視化した革新的取り組みを紹介します。
A社は国際規格ISO30414のガイドラインも踏まえつつ、自社の戦略に直結する人材指標を開発し、部門横断の協働体制で現場に根付かせました。
その狙いとプロセスを紐解き、人的資本経営を企業価値向上につなげるヒントを探りたいと思います。
“独自KPI”で企業の経営戦略と人事戦略を線で結ぶ、IPO計画中の福祉サービス企業の挑戦
全国に約60拠点を構える従業員数500名規模の就労支援系福祉サービス企業A社では、慢性的な人手不足が経営課題となっていました。
全国各地に就労支援施設の新規拠点を継続的に開設する成長戦略を打ち出していました。特に、国の障害福祉政策との整合や自治体のニーズに応じたエリア展開に注力し、年間で15を超える拠点開設を狙っておりました。
しかし、この出店加速の実現における最大のボトルネックとなっていたのが、サービス管理責任者とセンター長人材の確保でした。福祉サービス業においては、法令で定められた資格を有するサービス管理責任者が拠点ごとに配置されていなければ、運営そのものが認可されないというルールがあります。また、出店後の現場マネジメントを担うセンター長候補が社内に十分に育っていなければ、品質の担保や現場組織の安定も期待できません。
事実、A社の当時の人材充足状況では、年間想定出店数に対して必要なサービス管理責任者およびセンター長の人数を充足できておらず、計画通りに拠点展開を進めることが困難な状況でした。特にサービス管理責任者の確保が困難で、国家資格や実務経験が必要であり、外部からの即戦力確保も、内部育成も一朝一夕には進まずに、各拠点に配置すべき有資格者を十分に採用できない状況が続いていたのです。福祉業界ではサビ管の求人倍率が2倍を超え約4,500人の人材が不足する深刻な状態であり、万一配置基準を満たせないと事業所収入が30〜50%減算されるという大きな事業リスクも抱えていました。
このように、「出店=売上成長」という戦略の前提を支える根幹にあったのが、実は人材パイプラインでした。人材不足はもはや人事部門の課題にとどまらず、事業拡大を左右する経営リスクそのものであり、A社はそれを定量的に可視化・管理する必要性に迫られていました。
A社は人材不足という難題に対し、人的資本経営コンサルティングを手掛けるITSUDATSU社の支援を受け、課題解決に乗り出しました。
独自KPI開発の舞台裏:現場起点で磨き上げた“戦略的人材指標”
人的資本の可視化を進める中で、ご支援の中で最も力を注いだのが「自社の成長戦略に直結するKPIの再定義」でした。単なる採用数や研修実施件数といった一般的な指標では、経営判断につながるA社にとって「意味のある可視化」には至らないと考えたからです。
そこで、ISO30414の枠組みを活かしながらも、現場と経営のリアルを反映したKPIの“再発明”を試みました。議論の末、出店戦略を支えるボトルネックはやはり明らかでした。
1つは、法令で配置義務があるサービス管理責任者の採用難。
もう1つは、拠点運営を担うセンター長クラスの内部育成の停滞。
この2点にフォーカスし、より実践的かつ未来志向のKPIを策定しました。
①サービス管理責任者ポジション充足リードタイム(Position Fill Lead Time for サビ管)
通常はサービス管理責任者採用成功率として設定し、必要なサービス管理責任者ポジションのうち計画期間内に採用充足できた割合を示し、慢性的なサービス管理責任者不足解消に向けた採用施策の効果を測定することが大事と考えていましたが、さらに発展させ、単なる充足割合にとどまらず、必要ポジションが空いた状態から何日で充足できたかを平均リードタイムとして定義しました。
これにより、「今期何人サービス管理責任者が採れたか」ではなく「現場が何日間業務リスクに晒されていたか」が可視化され、より現実的な人材供給能力の指標とすることができました。
また、社内ダッシュボード上で「拠点別のリードタイムのばらつき」も確認できるようにし、地域間格差や施策効果のモニタリングにも活用されています。
②戦略的人材備蓄率(Strategic Talent Reserve Rate)
拠点ごとに「●ヶ月以内に拠点長交代が想定されるか」を人事と事業部で棚卸し、それに対して内部で準備されている候補者数の過不足を算出する「備蓄率」として定義しました。単なる候補者の“有無”ではなく、「将来の空席リスクと人材育成進度のズレ」を浮き彫りにし、サクセッションギャップ(後継者不在リスク)に先手を打つ仕組みとして機能しています。
こうした戦略的KPIの確立に至るまで、A社では少なくとも5種類以上の仮説KPIが議論に上がりました。たとえば、「採用面接から入社までのコンバージョン率」「候補者の資格取得率」「副センターの滞留期間」など、多角的な数値が候補に挙がったが、最終的に経営判断につながる“意味ある数字”として採用されたのが前述の2指標でした。
現場からは「数字で人材を語るのは乱暴では?」という懸念も出ましたが、ITSUDATSUのファシリテーションのもと、KPIを“管理指標”ではなく“経営言語”として捉え直す文化が育まれていきました。
人事・事業・現場を横断するクロスファンクショナルな協働体制
A社の取り組みの成功要因として、もう1つ決定的なものとして、人事部門・事業部門・現場のクロスファンクショナルな協働体制が実現できたことにあります。
人的資本KPIを設計・運用するにあたり、同社は縦割りの組織の壁を越えたプロジェクトチームを編成し、人事部門の人材戦略担当者、事業部門の経営企画・現場統括責任者、そして各サービス拠点の現場マネージャーから代表メンバーが集い、定期的に議論と検証を重ねました。
このクロスファンクショナルチームでは、まず経営戦略上の人材課題を共有し合い、KPIの意義や目標をすり合わせた。事業部門は成長戦略の観点から「いつまでに何拠点拡大するには○○人のセンター長が必要」といった要求を提示し、人事部門はそれを受けて「ではサビ管を○○人採用し、○○人の副所長を育成しよう」と具体的な人材プランに落とし込み、現場のマネージャーは最前線の知見から、人材像の要件や育成上のハードルをフィードバックし、指標運用に現実味を持たせる役割を担いました。例えば「地方ではサービス管理責任者の母集団形成が難しい」といった現場の声が上がれば、人事と事業側で採用手法の地域別見直しや支援策を検討するといった具合です。
こうした部門横断の協働により、KPIの数字に現れる課題について共通言語で議論できるようになった点は非常に大きいと感じました。
従来、人材に関する課題は属人的な勘や経験則で語られがちだったが、今や「サービス管理責任者ポジション充足リードタイム(Position Fill Lead Time for サビ管)」や「戦略的人材備蓄率(Strategic Talent Reserve Rate)」という指標を軸に全員が課題を把握できる体制となりました。
人事はデータ分析や施策立案で専門性を発揮し、事業部門は経営資源の配分を後押しし、現場は施策の実行主体となることで、それぞれが役割を持ってKPI達成にコミットする構図が出来上がりました。
例えば毎月の経営会議ではこれらKPIの進捗が報告され、人事責任者・事業責任者・現場代表が三位一体で課題解決策を協議する。KPI未達の要因が分析されれば、すぐに関係部門が連携して採用手法の改善や研修プログラムの投入など打ち手を講じる。逆に目標を上回る成果が出た現場があれば、その成功事例を横展開し全社に共有するといった好循環も生まれています。
この協働体制は、単なる情報共有に留まらず企業文化の変革にも寄与しました。これまでの人事・現場間の溝が埋まり、「A社にとって人材は経営の最優先課題であり、人事だけではなく全社として興味と関心を持ち、みんなでアクションにつなげるもの」という意識が社員間に浸透してきました。結果、リファラル採用も副次的な効果として結果に結びつき、リファラル採用での比率が昨対比で2倍まで向上もできました。
クロスファンクショナルなチームで培われた信頼関係により、現場からボトムアップで人材施策のアイデアが出やすくなり、人事部門も「経営に資するパートナー」として現場から受け入れられるようになりました。
人的資本KPIを軸にした部門横断の協働は、組織学習を促進し企業全体のアジリティ(機敏性)を高める効果も発揮していると感じます。
とはいえ、新たな人的資本経営の取り組みを軌道に乗せるまでには、障壁がありました。
最も壁だったのが「現場マネジメントの納得形成」でした。 新たなKPI導入や人材戦略の転換には、現場管理職の理解と納得が不可欠です。
当初、一部のセンター長からは「数字で現場を縛るのか」「目の前の利用者支援が優先だ」といった戸惑いの声もありました。そこでITSUDATSUは、現場目線でのメリット提示と対話に注力しました。KPI改善によって現場業務が円滑化し、自分たちの負担軽減やサービス品質向上につながる点を具体的な事例で示しました。
実際、ある拠点ではサービス管理責任者の欠員解消により現場職員の負担が減り、サービス提供時間を増やせたというデータも共有しました。またセンター長自身がKPI会議で成果を発表し称賛される機会を設けるなど、現場が主役となる運用を徹底することで前向きな参加意識を醸成しました。
人的資本を企業価値へ
このようにA社は、“人が足りない”という現場の嘆きを起点に、人的資本を単なる「採用の数」ではなく「経営の資源」として再定義し、独自のKPIを通じてそれを構造的に見える化しました。
サービス管理責任者のポジション充足リードタイムや、戦略的人材備蓄率といった、A社独自の問いから生まれた指標は、経営と現場を線で結び、組織全体に一体感のある“人材戦略”をもたらしました。
現場の納得感を丁寧に積み上げながら、クロスファンクショナルな連携と可視化の文化を根づかせたことにより、人的資本への投資が「現場の成長実感」として表れ、「経営の語れる物語」として結果に繋がっていったのです。
これは単にKPIを設計した、という話ではありません。
A社が描いたのは、“人材が成長し、企業が成長する”という物語を、データという共通言語で社内外に語れるようにする変革です。
そしてそのストーリーは、株主や投資家といったステークホルダーに対しても説得力を持つ統合的な経営ストーリーとなり、プレIPO企業としての信頼醸成にも大きく寄与しました。
人的資本KPIの開発は、ゴールではなくスタートです。
これから先も、A社は現場と経営が一体となって、組織の未来に必要な人材を見つけ、育て、活かすサイクルを回し続けていくでしょう。そしてその一歩一歩が、人に投資する企業こそが持続的に成長できることを示す、実証の軌跡となっていくはずです。
行動者ストーリー詳細へ
PR TIMES STORYトップへ