なぜ電車内の迷惑行為で「座席の座り方」が1位なのか…「マナーが悪い」と思われる人が無意識にやっていること

2024年5月15日(水)9時15分 プレジデント社

■「座席の座り方」が2年連続で1位に


私鉄各社が加盟する日本民営鉄道協会は2000年から毎年、「駅と電車内のマナーに関する調査」を実施し、迷惑行為ランキングを発表している。2023年度は「座席の座り方」が2年連続で1位となった。


「座席の座り方」は数ある迷惑行為の中でも唯一、調査開始から常に3位以内にランクインしている。2004年から2008年まで5年連続で1位になって以降はトップの座を譲っていたが、2019年、2022年、2023年と近年、再び注目が集まっている。


もちろん厳密な調査ではなく、選択肢の表記は時期によって変わる上、3つまで複数回答を認めているため、上位は数パーセントの違いしかない。それでも、20年間にわたり「座席の座り方」が問題視されていることは無視できない。


■脚を広げるから悪い? それとも座席が狭い?


2017年以降は上位項目について具体的に聞いている。例えば2023年の「『座席の座り方』のうち最も迷惑に感じる行為」は、


座席を詰めて座らない(間を広く取る、荷物を置く等) 43.3%
座りながら足を伸ばす・組む 22.3%
荷物や身体が隣の人にぶつかる(大きな荷物を抱える、足・肘を広げる、腕を組む等)17.4%
お年寄や身体の不自由な方、妊婦の方等に席を譲らない 7.6%
子供が靴を履いたまま座席に立つ 4.2%

となっており、座席スペースの必要以上の占有や、他人のスペースに侵入する行為への不満がほとんどを占めている。この調査は利用地域や、在来線・新幹線など鉄道の種類を限定していないが、多くの人は最も身近な通勤電車の座席をイメージしていたことだろう。


多くは中高年男性に見かけるような脚を広げて座る人だけでなく、外国人観光客が満員電車の中、窮屈そうに座席に収まる姿もよく見かける。SNSでは「座席が狭い」という声も聞かれるが、そもそもなぜ今の座席幅に落ち着いたのだろうか。


■在来線のロングシートは「7人掛け+3人掛け」が基本


在来線普通列車の座席は、横向きのロングシート、前方を向いたクロスシート、固定式のクロスシートが向き合ったボックスシートに大別でき、用いられる地域や列車種別によってこれらを組み合わせているが、通勤電車の多くは1両すべてがロングシートとなっている。


通勤電車がロングシート主体なのは、ラッシュ時間帯の乗車効率を高め、乗降時間を短縮するためだ。通路が狭いクロスシート車は奥まで進みにくく、実際の収容力はさらに小さい。また乗客がドア周辺に密集するため、乗降に時間がかかる。


同じ20m級の中間車1両あたりの定員を比較すると、オールロングシートのJR東日本「E235系」は定員160人うち座席定員51人、オールクロスシートのJR西日本「225系」は定員145人うち座席定員46人で、ロングシートの収容力の高さが際立つ。


では一般的な7人掛け、3人掛け(車端部)ロングシートの乗客1人あたりの座席幅はどのくらいか。明治末、山手線向けに製造された最初期の電車「ホデ6110形」のロングシートは5.3mで12人掛けだから1人あたり44cm、1957年に登場した現代電車の祖と言える国鉄「101系」電車は3mで7人掛けだから1人あたり43cmだった。


筆者撮影
最初期の電車のロングシート(鉄道博物館にて) - 筆者撮影
筆者撮影
戦前昭和期の電車のロングシート(鉄道博物館にて) - 筆者撮影

■詰め込み型から快適型に合わせて座席も拡大


鉄道の仕様を定める運輸省令「国鉄構造規程」「地方鉄道構造基準」及びこれを統合した「普通鉄道構造規則(2002年廃止)」は1人あたりの座席幅を40cm以上としていた。1950年代に製造された古い私鉄車両には41cm程度の座席もしばらく残っていたようだが、これはあまりにも狭い。


上記のように国鉄電車の43cmが標準となり、1979年に制定された日本工業規格「鉄道車両旅客用腰掛(JIS E7104)」も、ロングシートの「一席あたりの有効幅」を43cmと定めている。


変化し始めたのは1980年代末から1990年代前半にかけて。高度成長期に投入された通勤車両の置き換えにあたり、従来の詰め込み型の通勤を前提にした車両から、質的な向上を意識したものに代わってからのことだ。


例えば東武鉄道が1988年に導入した「20000系」や、営団地下鉄(現東京メトロ)が1993年に導入した「06系」「07系」、そしてJR東日本が1993年に導入し、後の通勤電車のスタンダードとなった「209系」が45cmに拡大。他社も順次、1〜2cmの拡大を図った。2000年代以降は46cmがスタンダードになり、JIS規格も2015年、46cmに改正された。


■幅はたった3cm、でも平均体重は15kg近く増加


1910年代から1990年代までざっくりと振り返ったが、座席拡大の背景には言うまでもなく日本人の体格向上がある。厚生労働省の「国民健康・栄養調査」によれば、日本人30代男性は半世紀で平均身長は10cm、平均体重は15kg近く増えていることがわかる。


1950年 160.6cm 55.3kg 40.2cm
1960年 162.0cm 56.5kg 40.5cm
1970年 163.5cm 59.6kg 40.9cm
1980年 166.1cm 62.4kg 41.5cm
1990年 168.7cm 65.3kg 42.2cm
2000年 170.6cm 68.2kg 42.7cm
2010年 171.5cm 69.6kg 42.9cm

人間のうち最も横幅が大きいのは肩だ。肩幅を身長の0.25倍で概算する人間工学に倣うと、1950年は40.2cmだった肩幅が1980年に41.5cm、2010年には42.9cmとなった。


平均体重が身長以上に伸びていることをふまえると、実際は縦にも横にも大きくなった人がもっといるだろう。その結果、隣の人と距離をとって座るようになり、7人掛けの座席に6人しか座れなくなってしまう。


1980年代以降、通勤の長距離化が顕著になると、座れるか否かが死活問題となり、もう1人座れるはずなのに詰めてくれないストレスは大きなものになる。かつては電車に乗り込めるだけで御の字という超混雑だったが、乗客は質を重視するようになった。鉄道事業者が「長い座席は7人掛けです。譲りあっておかけください」とアナウンスするだけでは問題は解決せず、不満は高まっていった。


1995年に発行された中央労働災害防止協会の機関誌『安全』によれば、千葉工業大学工学部菊池安行教授は1980年代、人間工学の行動分析を用いて定員着席を実現する方法を鉄道事業者と共同研究したという。


■座席をこれ以上拡大するのは難しい


人間はまずロングシートの両端に座る習性がある。次の人はすでに座っている人の隣は避けるので必然的にロングシートの中間に座るため、その両脇に2人ずつ座れば7人掛けは実現する。この習性を利用して、中央の1人分だけ色を変えた座席を導入した。


そのほか、ロングシートの7人分それぞれに模様を入れて着座位置を促したり、ロングシートを3人・4人に分割する仕切りを設置したりする工夫が行われたが、決定打となったのはJR東日本の「209系」だ。


それまでのロングシートは平らな長椅子だったが、209系は1人ずつ座面がへこんだバケット型のシートを採用。さらにロングシートを2人、3人、2人で分けるスタンションポールを設置し、徹底的に7人が座れるように誘導した。今までにないデザインは利用者からも好評で、私鉄にもすぐに広まり通勤電車のスタンダードになった。


これで定員着座の問題はおおむね解決したが、しっかり7人が座るようになった結果、今度は座席の狭さが気になってくる。座席幅が43cmから46cmに拡大した現在でも座席に関する不満は絶えないが、これ以上座席を拡大するのは困難だ。電車のドアは乗降を均等にするため、また近年はホームドアとの整合上、位置と間隔が決まっており、座席を広げていくと収まらなくなってしまう。


■狭くても座りたいか、少なくてもゆったり座りたいか


ドア横のスペースを削って座席を最大限、確保する考えもあるが、出入口周辺が狭いと、ドア横に陣取る人がはみ出て乗降がスムーズにいかず、遅延の原因となるので避けたい。そのため7人掛けロングシートの座席幅は46〜47cmが限界とも言われている。


座席定員の確保と逆行するが、座席定員を減らすことで座席幅を拡大しようという動きもある。例えば2022年導入の都営地下鉄三田線「6500形」、横浜市営地下鉄ブルーライン「4000形」、今年秋にデビュー予定の福岡市地下鉄空港線・箱崎線「4000系」はロングシートの定員を6人に減らし、座席幅を47.5〜48cmに拡大した。


また日中は普通列車、朝夕はライナーとして運用する、ロングシートとクロスシートを変換可能な車両では、2人掛けのシートが3つつながってロングシートを構成するため、必然的に定員は6人になる。


どちらも座席数の確保より質の向上を優先した形だが、狭くても座席が多いほうがいいのか、定員は少ないがゆったりした座席がいいのか、利用者の判断はどちらになるだろうか。


もっとも座席の機能という点だけで見れば48cmはオーバースペックだ。東海道新幹線の「N700S」の座席幅は3人掛け中央席が46cm、両端が44cm、航空機のエコノミークラスが44〜48cm。つまり、体を座席に収めるだけなら十分の大きさがある。


■「大きい」でも「脚を広げる」でもない意外な問題点


問題は体の幅ではなく肘にある。椅子に座って自然な体勢をとり、そのままスマホを操作してみる。すると肘は肩幅よりも外にあることがわかる。というより、よほど意識して肩をすぼませて座らない限り、人間はそのような姿勢になる。


新幹線や航空機を例に出したが、これらは座席幅に加えて肘掛け分5〜6cmが加わる。また乗客は窓側、通路側に体を傾けて距離をとれるので圧迫感はなく、数字以上に広く感じることだろう。


通勤電車のロングシートの座席間に手すりは付けられないが、肘に着目した座席形状の検討はされている。ロングシートで一番人気があるのは体を預けられる両端の座席だが、利用者が身体を傾けることで隣席との間に少しでも余裕が生まれる。


筆者撮影
東武10000系(更新車)ロングシート - 筆者撮影

昔はパイプの仕切りがあるだけで、ドア横に立つ人が寄りかかってカバンが当たるなどトラブルが絶えなかったので仕切り板がつくようになった。当初は絶壁のものが多かったが、体にあわせた凹みが設けられ、2016年から大阪環状線で運行しているJR西日本「323系」は仕切り板に肘掛けを設置している。


ミリ単位のスペースをめぐる要望と改善の攻防戦だが、最終的には空間を共有する乗客同士の気遣いだ。これまで座席マナーは座り方、足の置き方に注目したものが多かったが、肘に関する呼びかけも始めてみてはいかがだろうか。


----------
枝久保 達也(えだくぼ・たつや)
鉄道ジャーナリスト・都市交通史研究家
1982年、埼玉県生まれ。東京地下鉄(東京メトロ)で広報、マーケティング・リサーチ業務などを担当し、2017年に退職。鉄道ジャーナリストとして執筆活動とメディア対応を行う傍ら、都市交通史研究家として首都圏を中心とした鉄道史を研究する。著書『戦時下の地下鉄 新橋駅幻のホームと帝都高速度交通営団』(青弓社、2021年)で第47回交通図書賞歴史部門受賞。Twitter @semakixxx
----------


(鉄道ジャーナリスト・都市交通史研究家 枝久保 達也)

プレジデント社

「迷惑行為」をもっと詳しく

「迷惑行為」のニュース

「迷惑行為」のニュース

トピックス

x
BIGLOBE
トップへ