高賃金企業はここが違う 「人手が足りない」と嘆く経営者に必要な発想の転換

2024年5月21日(火)5時55分 JBpress

 近年、大手のみならず中小企業にも賃上げの動きが見られる一方、業績改善を伴わない人材確保のための「防衛的賃上げ」に踏み切る企業も少なくない。高収益と高賃金を両立するためには、どのようなアプローチが必要なのか。経営コンサルティング、組織コンサルティングングを手掛けるカクシン代表取締役社長CEOの田尻望氏は、営業利益率50%超・平均年収が2000万円を超えるキーエンスの報酬戦略に解決のヒントがあると語る。2023年12月に書籍『高賃金化 会社の収益を最大化し、社員の給与をどう上げるか?』(クロスメディア・パブリッシング)を出版した同氏に、高収益と高給与を同時に実現するための経営手法や報酬制度について話を聞いた。(前編/全2回)

■【前編】高賃金企業はここが違う 「人手が足りない」と嘆く経営者に必要な発想の転換(今回)
■【後編】平均年収400万円ダウンから奮起したキーエンス社員、3年でV字回復できた勝因
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「高収益を目指せば高賃金にできる」という単純な話ではない

——著書『高賃金化』では、賃金を上げない日本企業が抱える問題点を指摘しています。高収益と高賃金を実現するために、経営者はどのような考えを持つ必要があるでしょうか。


田尻望氏(以下敬称略) 賃金について議論をする際は、収益と賃金は相反する要素であることを前提とする必要があります。会計の仕組み上、利益を上げるためには人件費を下げた方が良いですし、人件費を増やせば利益は下がるからです。「高収益を目指せば高賃金になる」という単純な話ではないのです。

 では、このような構造を踏まえてどのように高賃金化を進めればいいのか。そこで求められるのは「最小の資本と人で最大の付加価値を上げる」という発想です。これは、私がかつて在籍していたキーエンスの経営理念でもあります。キーエンスは「営業利益率50%超」という高い利益率と、「平均年収2000万円超」という高賃金を両立することで知られています。

 ここで言う「付加価値」とは、お客さまのニーズを叶えたり、ニーズの裏側に潜む感動を提供したりすると生まれるものです。より多くの利益を出し、高収益を実現する上では「いかに多くの付加価値を生み出すか」が重要になります。

 しかし、多くの資本と人を投入して付加価値を生めば高賃金にできるかというと、そうではありません。高賃金化を図るためには、できるだけ優秀な人を雇い、できるだけ優秀な社員に育て、1人当たりの労働時間を減らすことが必要です。

——投入する資本と人を最小化するためには、社員にも理解を求めて納得感を持たせる必要がありそうです。

田尻 そのためにも、社員が働く上での考え方を「お金をもらって、仕事をする」ではなく、「仕事をして、お金をもらう」へと改めなければなりません。つまり、仕事をして生み出した付加価値にお金を払ってもらうということです。日本企業で働く多くの社員は「お金をもらって、仕事をする」という思考になっているのではないでしょうか。


賃金は「労働の対価」という考え方は間違っている

——日本企業の多くの社員が「お金をもらって仕事をしている」という状態になっている原因は何でしょうか。

田尻 年功序列が慣習化したことで「自己研磨をしない社員」が増える土壌ができてしまった、ということではないでしょうか。お客さまに提供する付加価値を向上させるための教育を行っていたのであれば、状況は変わっていたはずです。

 しかし、年功序列によって明確な成果が出なくても収入と地位が上がる環境が出来上がり、社員が付加価値について学ばない状態が続いたことで、「最小の資本と人で最大の付加価値を生み出す力」が失われていったのだと考えています。

 加えて、付加価値という重要な観点が忘れられたことで、「給与の源泉は何か」という問いに対して、経営者と社員が共通認識を持てていないのではないでしょうか。給与の源泉とは、一人一人の社員が生み出した付加価値の額です。それが給与に反映されていることを意識できているかどうかが大切です。

 社員の多くが「お金をもらって仕事をしている」と考える企業では、賃金は「労働の対価」と認識されているのでしょう。賃金は「労働の対価」ではなく「価値の対価」であるべきです。こうした前提に気づき、経営者と社員が「付加価値こそが給与の源泉」という共通認識を持つことが、高収入と高賃金を両立する第一歩だと考えています。

——著書では「人手不足の現場に人員を増やす」という対応策の問題点を指摘しています。人手不足だと感じる場合には、どのような発想の転換が必要なのでしょうか。

田尻 確かに「人手が足りない」という声をよく耳にしますが、人ではなく「知識」が足りていないケースも多いのではないでしょうか。付加価値を高めるために必要な知識を身に着ければ、対応策も変わってきます。

 例えば、人手不足であっても受注価格を変えようとしない企業が存在します。そうした企業の経営者は、顧客に対して「現場のリソースがいっぱいなので、その価格では注文を受けられません」という一言が言えないのではないでしょうか。発注先が「本当に必要で価値があるものだ」と判断すれば、価格を上乗せしてでも支払おうと思うものです。

 価値に合った価格で仕事を受注できれば、収益が増えて、それが給与の支払い原資にもなります。多くの日本企業には、価値に対して価格が払われるのだという視点が欠けていると思います。市場の需要と価値のバランスを見極めることこそが、今の日本企業に求められているのではないでしょうか。


仕組みで業績向上を実現するキーエンスの「全社業績連動型報酬」

——著書では「最小の資本と人で最大の付加価値を上げる」ための打ち手として、キーエンスの報酬戦略を紹介しています。同社の「全社業績連動型報酬」は、一般的な「インセンティブ制度」と何が違うのでしょうか。

田尻 一般的なインセンティブな制度では、個人の成果に応じて個人に報酬が支払われます。一方で、全社業績連動型報酬は、会社全体の付加価値向上によって生まれた利益を、社員みんなで配分するシステムと言えます。

 全社業績連動型報酬の優れている点は2つあります。1つ目は、社員全員が目標をぎりぎりまで高く設定するようになることです。例えば、「目標売上7000万円」に対して「実績6500万円」では目標未達となります。一方で、「目標売上4000万円」に対して「実績4500万円」では目標達成となります。

 高収益を実現したいならば、たとえ目標未達でも高い実績を残した方がよいでしょう。しかし、多くの企業では「目標を達成したかどうか」によって評価が左右されるため、社員は達成しやすい後者の目標を選び、「実績4500万」という結果で満足してしまいます。

 全社連動型業績報酬の場合、全社の業績に応じて報酬が配分されるため、実績が高い方が社員に分配される報酬も高くなります。つまり、社員は低い目標を達成するよりも高い目標を掲げ、それを達成できるように自分自身の成長を志すようになるのです。

 2つ目は、各自が持つノウハウをチームで共有する風土をつくれることです。例えば、5人のチームがあったとして、自分が稼いだ粗利は1億円、他4人の稼いだ粗利は各3000万円とすると、賞与の原資は1億円+1億2000万円で合計2億2000万円となります。

 一方、自分のノウハウを共有することで、他の人の粗利が5000万円まで伸びたとすれば、賞与の原資は1億円+2億円で合計3億円となります。他の人のパフォーマンスが低いと自分の賞与も低くなるため、ノウハウを共有せずに自分だけのものとしておくよりも、他の人を育成してチーム全体の売り上げを大きくするほうが合理的なのです。

 加えて、全社連動型業績報酬ではメンバーの成長を支援する機会が増えることで、個人よりも組織を重視する文化が醸成されます。それに対して、インセンティブ制度は個人優先の仕組みであるため、ノウハウの共有は進みづらく、優秀な社員ほど独立や転職する傾向にあります。

 さらに、キーエンスの全社連動型業績報酬が秀逸な点は、成果を上げてから給与や賞与に反映されるまでの期間が短いことです。年1回だけ賞与が支払われる場合、自分が成果を上げた時期と賞与を受け取る時期には最長1年程度のずれが生じます。「頑張ったからこそ高い賞与を得られた」という実感は薄れてしまう人もいるでしょう。キーエンスでは全社で挙げた成果が、短いサイクルで社員の報酬として支払われる仕組みとなっており、仕事の成果と報酬ができるだけリアルタイムに反映されることで、モチベーションを維持できるように配慮されています。

 このように、全社業績連動型報酬を導入することは、企業側と社員側の双方にメリットを生み出します。企業側は業績向上と人件費の最適化を実現することができ、社員側は自主性と責任感を高めることができるため、経営上のメリットも大きい仕組みと言えるのではないでしょうか。

【後編に続く】平均年収400万円ダウンから奮起したキーエンス社員、3年でV字回復できた勝因

■【前編】高賃金企業はここが違う 「人手が足りない」と嘆く経営者に必要な発想の転換(今回)
■【後編】平均年収400万円ダウンから奮起したキーエンス社員、3年でV字回復できた勝因
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筆者:三上 佳大

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