スウェーデンでは「充電道路」建設へ、急速に進化するEV技術は「報われる」か
2023年5月29日(月)6時0分 JBpress
(桃田 健史:自動車ジャーナリスト)
この2年ほどの間に欧州や中国で急速にEVの普及が進み、日本でも国内外メーカーが続々と新型EVを発売している。
そうした中、今後のEV技術について自動車メーカー、自動車部品メーカー、そして大学などの研究者らが協議する国際カンファレンスが開催された。2023年5月22日から3日間、パシフィコ横浜(神奈川県横浜市)で開催された「EVTeC(電動車両技術国際会議)2023」(主催:公益社団法人自動車技術会)である。
EVTeCは2011年に、日本のEV技術・研究に携わる人たちが中心となり第1回が開かれた。2011年当時、EVはまだ自動車産業界においてはユーザーはもとより、自動車メーカーの技術者としても少数派だった。
それから12年の月日を経た今、自動車産業界では、CASE(コネクテッド、自動運転、シェアリングなどの新サービス、電動化)の流れが加速すると同時に、グローバルで2050年カーボンニュートラルに向けた大きなうねりが起こっており、それに伴ってEVの存在感が一気に強まっている状況にある。
その中でEVTeCは、EV技術の今後の動向を知る上で極めて重要な場であると言えるだろう。
ノーベル賞研究者・吉野彰氏が描く2050年の世界
EVTeC2023は3日とも、午前中に基調講演であるプレナリーセッションが行われ、午後は各分野の発表を基に聴講者を交えた議論が進んだ。
例えば、リチウムイオン電池の研究で2019年にノーベル化学賞を受賞した吉野彰氏は、リチウムイオン電池の量産化に向けた初期研究に触れた後、未来のEVのあるべき姿について動画を見せながら説明した。
動画は2050年の未来を想定した設定で、2020年代時点で議論されているCASEやMaaS(モビリティ・アズ・ア・サービス)が社会実装されている姿を描いた内容だった。
あくまでもイメージ優先の動画なのだが、EVやスマートフォン向けのリチウムイオン電池の初期研究者である吉野氏が案内することによってリアリティが増し、「未来がこうなったらいいな」というより「未来は本当にこうなっているのかもしれない」という感想を持った。
日産の電池開発戦略
自動車メーカーからは、日産、トヨタ、ホンダが登壇した。
グローバルでいち早くEVの大量生産を実現した日産は、専務執行役員でアライアンスシニア・バイスプレジデント・パワートレイン&EV技術開発本部担当の平井俊弘氏が、日産のEV関連技術やビジネス戦略の詳細を説明した。
その中で、EV普及に向けた重要項目として、充電インフラとして出力350kWの急速充電器を開発する可能性を示唆した。
現在、日本国内では出力150kWが最大である。出力350kWを採用するとなると、対応する電圧を現状の400Vから2倍の800Vに引き上げる必要がある。800V/350kW型の大出力充電について、ドイツのポルシェ等が欧米の充電器メーカーと2010年代から研究開発を進めているが、日産でも近い将来の実用化に向けた開発が進んでいることが分かった。
また、リチウムイオン電池の価格については、バッテリー容量1kWhあたり100米ドルという現状の具体的な数字を明示した上で、今後は技術や調達の工夫などによってコスト削減を目指すという。
一方で、電解質が従来の液体から固体となる全固体電池についても、すでに発表しているように、2024年に試験的な製造ラインを稼働させ2028年の量産化を目指すことを改めて説明した。
EVが走りながら充電できる高速道路
そのほか、プレナリーセッションに登壇した海外からの参加者の発表で、筆者は次の2件に注目した。
1件目は、中国の政府系自動車研究機関「中国汽車技術研究中心(CATARC)」による、国家基準に関する発表だ。
EVなど中国が「新エネルギー車(NEV)」と呼ぶ次世代車に対する国家基準が、2021年から2022年にかけて大量に制定されたことを紹介したのだ。
例えば、欧州で義務化の議論が進んでいる、蓄電池の素材の生産・精製・製造・利用・廃棄までのプロセスをデータ化する「バッテリーパスポート」について、中国はいち早く国家基準を設けた。また、環境・社会性・ガバナンスの観点から投資先を選別するESG投資に関しても国家基準を設けていることが分かった。
2件目は、スウェーデンの政府機関「スウェディッシュ・トランスポート・アドミニストレーション」の電動化プログラムディレクターによる「Electric Road System(ERS)」についての発表だ。
ERSはいわゆる走行中充電のことで、EVを充電する際に従来のような定置型の普通充電器や急速充電器ではなく、高速道路などを走行しながら充電を行う技術だ。技術的には、電車のように車体上部にパンタグラフのような機器を装着する接触型の充電方式や、道路にコイルなどを埋め込む非接触充電方式など、民間企業が様々な仕組みを研究開発している段階である。
スウェーデンでは、大型トラックにパンタグラフ型の機器を装着した車両を、高速道路の一部で一般の交通と混在する形で走らせる実証試験を2016年からスタートし、これまで国内4ケ所で実証実験を行ってきた。直近でも2つの実証試験が2024年まで続けられている。
こうした実績を受けてスウェーデンでは、長距離トラックの交通量が多い高速道路「E20」の一部を、EVが走行しながら充電できる道路に造り変える社会実験を始めるべく議論と準備を進めているという。また、スウェーデン政府はドイツやフランスともERSの実現に向けた協議を行っていると説明した。
ただし、スウェーデン国内を含めて、ERS実現に向けて実際にどの技術を導入し、予算をどう確保するかといった具体的な計画は、現時点では公表されていない。
政治的な思惑に大きく左右されるEVの普及
このように、EVは2020年代に様々な新技術が初期導入される公算が高いと考えられる。2050年には、吉野氏が描いた未来の世界が本当に実現しているのかもしれない。
だが、EVの普及は政治的な思惑に大きく左右されるという現実がある。たとえば、欧州連合(EU)が2035年以降も合成燃料の使用を容認して欧州グリーンディール政策を軌道修正したり、アメリカが「インフレ抑制法(歳出・歳入法)」で中国に対して事実上の経済的牽制を行うといった事例からもそれは明らかだ。
そうした中、EVTeCで研究者らが議論しているEV関連の新技術がいつ、どこで、どのような形で社会実装されるのか、道筋をはっきりと見出すことは難しいとも言える。
筆者:桃田 健史