期日前投票は不正の温床か、ユルユル本人確認で簡単に「なりすまし」が可能に
2023年6月3日(土)6時0分 JBpress
選挙における投票は国民の権利の行使であり、民主主義の根幹を司る重要な行為である。したがって、もちろん不正は厳しくチェックされている——はずと思いきや、どうやらそうでもないようだ。
以下は大阪市内の有権者が経験した4月に行われた投一地方戦での経験談だ。
期日前投票をしてみて感じた違和感
「この前の統一地方選の直前、区役所の近くに用事があったので、ついでに期日前投票をしようと投票所に行ったら入場券を忘れていたのに気が付いたんです。家まで戻るのも面倒だし時間もかかるので、念のために係員の女性に『入場券を忘れてきたので投票はできませんよね』と尋ねたら、『住所とお名前と生年月日、そして自分を証明するものを持っていますか』と言われたんです。でもそのとき、身分証明書も持っていなかった。それで『身分証明書も忘れたんですけど』って言ったら『それでも、大丈夫ですよ』って言うんです。びっくりしたけど実際にそれで投票できたんですよ」
「えっ? 身分証明書を提示しないでも大丈夫だったの?」
私の知人で大阪市天王寺区に住む40代の主婦Yさんの言葉に耳を疑った。
「私も投票をしながら、こんなやり方ではなりすましの投票ができるんじゃないかと疑問に思ったのよ」
住所と姓名と生年月日を伝え、それが自治体が把握している選挙人名簿と合致し、その年齢に近い風貌であれば、「なりすまし」の投票が可能である、というのだ。
この4月の統一地方選では実際に大阪府で2人がなりすまし投票をしたのが発覚し詐欺投票容疑として逮捕されている。吹田市に住む逮捕された自営業者は自分の会社の従業員になりすまして投票しようとしたが、職員が不審な態度に疑問を持ち警察に連絡したことで事件が発覚した。ほかにも各地で、期日前投票制度の「抜け穴」を利用しようとして逮捕された人が何人もいる。
入場券がなくても「性善説」によって投票を認めている
だが、本当にYさんが言うように、期日前投票の本人確認はガバガバなのか。誰かの住所、氏名、年齢を告げれば、その人になりきって投票することが可能なのか。天王寺区の選挙管理委員会に訊いてみた。
——投票所入場券を持ってこなくても期日前投票はできるんですか?
「一応身分証明書を見せてもらいますが、それが無い場合でも投票ができます。ただ不審な態度の方とか、おかしいなと思う方には詳しく家族構成などの質問をします」
——それをクリアができたら投票用紙が貰えるワケですね。それではなりすまし投票が可能ということになりませんか?
「パソコンに入っている選挙人名簿をチェックしていますので、既に投票済みの方は把握していますから二重の投票にはならない仕組みになっています」
投票所に行くと係員がパソコンにある選挙人名簿をチェックしていることはご存知の事だろう。別人が自分の名を騙って投票ができないようにしているのだ。
投票率アップのためにガバガバの運用?
——いやいや、そうではなく二重でない場合のチェックというのはしていないんですか?
「ええ、それはしていません。二重の投票者はどちらかがなりすましということになるワケです」
——選挙人名簿でチェックをしていても、二重にならなければなりすましの方が投票していることを見逃していることも考えられるのではないですか?
「まあ、性善説ということで投票に来た方を信用しているんです」
まさか職員から「性善説」という言葉が出るとは思わなかった。それでは絶対に投票に行けない重病で伏せている方や選挙の期間に外国に出張している方になりすまして投票をすることは可能だということになる。またもっと悪質なのは選挙人名簿を手に入れることができれば住所や姓名、そして生年月日が分かるのでなりすまし投票はやりたい放題になる可能性もあるのだ。
まるでこれではなりすまし投票ができますよと犯罪を後押ししているような気にもなる。選挙というのはこんなザルな方法でやられていたのか。一般の人はこの実態をほとんど知らないことであろう。
「世間では選挙の度に投票率が低いのが問題になっています。国政選挙でも50%以下なのがザラになっていますから、投票率を上げるためにかつては理由を書かなければできなかった期日前投票も2003年ごろからハードルが低くなって旅行に行くとか遊びに行く理由でもOKになりました。それも投票率を上げるために施行されたんです。
入場券が無くても投票できるようになったのも投票率引き上げを意図したものかも知れませんが、しかし、だからといってなりすまし投票ができる状態はなんとかしなければいけないでしょう。一票の格差が問題になっているのに、なりすましの一票の不正を正さなければならないと感じます」(全国紙・社会部デスク)
顔写真つき身分証明書での確認は要件にはなっていない
これは大阪府だけの特別な対応だとも思ったが、選管の職員によればそうではないという。
「府内も日本中も同じ対応だと思いますよ。ただ自治体によっては身分証明書の提示が必要であるところもあるし、それも要らないというところもあるようです。マイナンバーカードでも証明書になります」
そこで選挙を管轄する総務省の選挙管理課に見解を伺った。
「入場券を持って来ない方に対しては住所・氏名・生年月日が合っていて身分証明書があれば投票をすることが可能です。身分証明書は健康保険でもいいですし、マイナンバーカードでもいいんです。免許証でなくても大丈夫ということになっています」
——となると顔の確認ができなくてもいいということですか?
「そうです。顔写真の提示は投票の要件になっていませんから」
——そうなると、なりすましの者の投票を防ぐことはできないということになるんじゃないですか?
「なりすましは可能になりますが、法令では写真の提示が要件に入っていないので…」
聞いていてバカバカしくなってきた。担当職員もこれに抜け穴があることは認識しているのに放置しているということだ。どうしてこのようなことになってしまったのだろうか。
なりすましによって選挙結果が変わることも
「免許証を持っていない方への配慮だとしか思えません。顔写真のない身分証明書しか持っていない方には入場券がなければ投票ができないようにすればいいことだと思うのですが。
人手がかかるからという言い訳をする自治体が多いようですが、期日前投票に限れば一日に何百人も入場券を持ってこないで身分証明書を提示できない方が来るわけではないでしょう。せいぜい多くて10数人以下じゃないですか。家族構成を尋ねたりして本人確認はある程度できるはずです。
また係員が自宅に行って本当にそこに住んでいるのか確かめるといったやり方もあると思います。期日前投票なら後日係員が訪ねればいいし、投開票当日なら自宅近くが投票所なので行って確かめるのも時間がかからないと思います。要は選管にやる気があるかないかです」(前出・大手新聞社会部デスク)
清き一票というキャッチフレーズがあるように投票は民主主義の根幹を支えているものである。それなのにそこに不正が入り込めるシステムにしてあるのは政治家の怠慢であって有権者の確認をしっかりしなければなりすまし投票は無くならないだろう。
「私は今回の市議選で立候補しまして当選をしましたが、市議選クラスだと次点との票差が1、2票ということも珍しくないんです。だからなりすまし投票をする者はなくならないと思いますね。問題なのは一番大事な投票前の本人確認が極めて杜撰だということでしょうね」
大阪府内の某市議となったMさんもこういって期日前投票の本人確認の甘さにクビを傾げる。
だが、「もっと大きな問題もある」と指摘するのは大阪市内のベテラン民生委員のAさんである。
貧困ビジネス業者がさらなる悪用を目論む可能性も
「路上生活者たちを集めてきてマンションの一室に押し込め、生活保護を申請させるという事例が全国にたくさんあります。私は生活保護の受給者を面接することがあるのですが、彼らの世話をしているのは“貧困ビジネス”を手掛けている“業者”で、生活保護から宿泊費や食料代を“ピンハネ”しているわけです。過去に埼玉県では1000人単位で路上生活者を集めて生活保護を受給させ、彼らの通帳やキャッシュカードを握って、そこから勝手にピンハネをしていたことが発覚してオーナーが逮捕された業者がありました。
こういう“囲い屋”の事例は全国にありますが、受給者が住居にしているところには、当然ながら選挙期間前になると投票所の入場券もどさっと送られてきます。あくどい業者なら、それを不正利用することを考える可能性は排除できません。候補者に連絡したら間違いなく高価で取引きしてくれるでしょうからね。貧困ビジネスの現場は、選挙法違反の温床でもあるわけです」
報道では、なりすまし投票が発覚して逮捕された人物が複数名報じられているが、実は発覚していないなりすまし投票はとんでもない数になっている可能性も捨てきれない。
民主主義の根幹を守るためにもなりすまし投票ができないように選挙の係員に対してなりすまし防止のマニュアルを作成して研修させるべきなのではないだろうか。それすらやっていない現状では、日本は「なりすまし天国」の汚名を着せられても反論できまい。
筆者:神宮寺 慎之介