「2037年リニア全線開通」に根拠なし…岸田首相の無責任発言でリニア工事がさらに遅れそうなワケ

2024年6月13日(木)7時15分 プレジデント社

リニア中央新幹線の早期開業に向け、建設促進期成同盟会に参加している知事らと面会する岸田首相(右から2人目)=2024年6月7日午後、首相官邸 - 写真提供=共同通信社

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岸田文雄首相が「2037年までにリニア中央新幹線を全線開業させる目標を堅持する」と発言したことが波紋を呼んでいる。ジャーナリストの小林一哉さんは「岸田首相の発言には根拠がない。いたずらに期待を煽り、国民をばかにしている」という——。
写真提供=共同通信社
リニア中央新幹線の早期開業に向け、建設促進期成同盟会に参加している知事らと面会する岸田首相(右から2人目)=2024年6月7日午後、首相官邸 - 写真提供=共同通信社

■具体的な根拠もなく「2037年全線開業」と発言


岸田文雄首相は6月7日、着工が遅れているリニア中央新幹線の品川—大阪間の全線開業の時期について「2037年」を堅持することをリニア沿線都府県知事に表明した。


翌日8日の静岡新聞が「首相、リニア37年開業堅持 同盟会に伝達 JRを指導、支援」という大見出しの1面トップ記事でその内容を伝えたほか、「リニア『37年開業』堅持 品川—大阪 首相、沿線首長に表明」(日経新聞)、「首相『37年開業へ支援』」(中日新聞)など各紙とも全く同じ内容を報道した。


JR東海は昨年12月、静岡工区の未着工を理由に、品川—名古屋間の2027年開業を「2027年以降」とした上で、ことし3月に正式に2027年開業を断念した。


つまり、品川—名古屋間の2027年開業はなくなったが、「2037年」を目標とする品川—大阪間の全線開業の実現に向けて、政府が積極的な支援をすることを明らかにしたのだ。


■川勝前知事の「同じ穴の狢」


6月7日に都内で開かれたリニア沿線都府県知事による建設促進期成同盟会総会で、自民党リニア特別委員会委員長から、岸田首相が全線開業の2037年目標を堅持することが紹介された。


そのあと、官邸を訪れた沿線知事と懇談した岸田首相は、2037年開業の堅持をJR東海に求める考えを示した。ただ、具体策についてひと言も言及しなかった。


6月21に閣議決定される「骨太の方針」(経済財政運営と改革の基本方針)に盛り込むようだが、政府が具体的に何を根拠にこんな発言をしたのかさっぱりわからない。


どう考えても、JR東海を指導するだけでは、2037年全線開業などできるはずもないからだ。


それなのに、「2037年開業」実現をまじめに主張するのは、「2037年開業」を無責任に唱えていた静岡県の川勝平太前知事と同じ穴のムジナとなってしまうだろう。


いったい、どういうことなのか?


■JR東海は「一括開業」を否定している


「2037年」がJR東海のリニア全線開業の目標なのかどうか、ことし1月静岡県で、大きな議論を呼んだ。


静岡県は2022年7月、リニア沿線知事による「期成同盟会」に10番目のリニア沿線県として加入した。その際、2027年の名古屋までの開業、2037年の大阪までの全線開業に賛同することが入会の条件だった、という。


その後、JR東海が2027年の開業断念を発表すると、川勝氏は「2027年のくびき(縛り)がなくなり、2037年がデッドライン(最終期限)となった。南アルプスの問題は2037年までに解決すればいい」と、2037年リニア全線開業がJR東海の目標であることを繰り返した。


筆者撮影
「2037年開業」を繰り返した川勝前知事 - 筆者撮影

このため、川勝氏の発言が多方面へ誤解を招いているとして、JR東海はことし1月24日、静岡市内で異例の会見を開き、「知事発言は事実誤認に基づいている」と見解を示した。


JR東海は「静岡県知事から2037年までに品川—大阪間が全線開通の目標となったという話があったが、品川—大阪間を一括して工事を進めるというのは資金的、経営的にあるいは工事施工能力として大変難しい。


まずは品川—名古屋間を進めていく。2037年の全線開業を目指すのではない」と川勝氏の主張した「2037年全線開業論」を完全に否定した。


■川勝前知事と同じ「事実誤認発言」


2016年に安倍政権で3兆円の財政投融資の借り入れが決まったあと、JR東海は2045年から8年前倒しの2037年全線開業を目標としたが、名古屋以西について、その完成年を含めて事業計画を作成しているわけではない。


品川—名古屋間の開業がいつになるのかわからない状況の中で、2037年が全線開業の目標など言えるはずもないからだ。


早期開業を目指すリニア沿線知事による「期成同盟会」の要望に応えて、岸田首相が川勝氏の主張に惑わされたかのように「2037年全線開業」を目標としてしまったのだ。


これでは、岸田首相は川勝氏と同様に「事実誤認に基づいた」発言をしたことになる。ちゃんとJR東海の説明を聞いたほうがよかった。


■JR東海に名古屋以西のことを考える余裕はない


ことし3月、JR東海は静岡工区の完成に着工から少なくとも、10年掛かることを明らかにした。


静岡工区の水資源保全、南アルプス保全や残土置き場など環境問題が解決しているわけではない。これから協議に入り、具体的な解決を目指すのである。


また、川勝氏の後任の鈴木康友知事は、「静岡県のメリットを示す」として、静岡空港新駅の設置について交渉していくことをJR東海の丹羽俊介社長に伝えている。


静岡県提供
丹羽社長と面会する鈴木知事 - 静岡県提供

これら静岡県のリニア問題を解決するとなると、どんなに早くても2、3年は掛かるだろう。その後に着工することになる。


また、JR東海はことし4月になって、2025年度着工の山梨県駅に6年8カ月掛かり、完成は2031年度を見込むなど、そもそも2027年開業は困難な状況だったことを明らかにした。


未着工の静岡工区以外にも沿線では工期の遅れが目立つが、JR東海はすべての進捗状況を説明しているわけではない。


つまり、JR東海は、名古屋までの工事で手いっぱいで名古屋以西のことを考える余裕など全くないのだ。


■国家予算投入なくして開業時期繰り上げは不可能


また名古屋以西でも、土地買収などを行わないで済む大深度地下の利用、すなわち地下トンネルを使うことが想定される。


トンネルを専門にする工事業者に依頼するしかないが、当然、トンネル工事専門業者にも限りがある。


現在の状況からは、早くても2037年くらいに名古屋までの開業となればいいほうだ。


そのあと、名古屋—大阪間の工事に入り、2047年以降に全線開業となるのが、妥当性は高いだろう。


JR東海の「品川—大阪間を一括して工事を進めるというのは資金的、経営的にあるいは工事施工能力として大変難しい」の説明に対して、政府がどのような対応ができるのか?


当時の安倍晋三首相の肝いりで、2016年に3兆円の財政投融資の借り入れが決まり、工期を8年間前倒しした経緯がある。


もし、3兆円の財政投融資に追加して、さらなる財政支援に踏み切るのであれば、7日の時点で、岸田首相はどのようなスキームかを説明していたはずだ。


つまり、政府による新たな財政支援などないと見るのがふつうである。おカネの手当てなしで何ができるのか不思議である。


■「静岡県のメリット」もいまだ示されていない


岸田首相はリニア沿線知事に「国家プロジェクトとして1日も早い全線開業に向けた取り組みを進める」と述べた。「国家的プロジェクト」ではなく、整備新幹線と同じ「国家プロジェクト」の位置づけのようだ。


ただ「国家プロジェクト」で何をするのか全く見えない。


環境影響評価手続きを大幅に短縮できなければ、工事着手はできない。


国が、JR東海に品川—名古屋間のリニア建設の指示をしたあと、環境影響評価書の公告までに約3年掛かっている。


もし、2037年開業を標榜するならば、環境影響評価の手続きを大幅に短縮するしかないが、本当にそんな荒業が可能か、疑問が多い。


実際にはリニア問題に対して、岸田首相の無責任さが際立っている。


昨年1月4日、岸田首相は「リニアの全線開業に向けて大きな一歩を踏み出す年にしたい」と宣言した。


未着工の静岡工区に触れて、地元との調整、国の有識者会議の議論を積極的に進めていくとした。


その切り札として、リニア問題の解決を念頭に、リニア開業後の東海道新幹線駅の停車頻度の増加についてシミュレーション結果などから「静岡県のメリット」を示したいと発言した。


昨年10月、国交省は「静岡県のメリットを示す」報告書を発表した。


筆者撮影
JR東海のリニア紹介パネルの一部 - 筆者撮影

リニア開業によって、のぞみの需要が3割程度減ることを想定して、静岡県内の駅のひかり、こだまの停車数が1.5倍程度に増えることを予測した。


これによって静岡県外からの来訪者増など地域にもたらす経済波及効果を1679億円と試算、雇用効果は年約15万6000人を生み出すとしている。


他にも企業立地や観光交流など地域の活性化への期待などもあるとしている。


この報告書に対して、川勝氏は「10カ月も掛けてやられたことに、お粗末であり、あきれている」、「1.5倍にすれば、どれだけになるかと算数の計算を、子どもにさせるようなことを、大官僚組織がやるほどのことかと改めて思う」など「お粗末」を計4度も繰り返して、徹底的にけなした。


この件では、ほとんどの県民が川勝氏を支持した。


リニアが開業すれば、ひかり、こだまが増えることは当たり前である。


岸田首相の政治力で、ひかり、こだまの本数が増えることを見せても、「静岡県のメリット」だと誰も納得しない。


それで、静岡県のリニア問題を解決させようとする発想のあまりの貧困さにあきれてしまった。愚策以外の何ものでもない。


■無責任な発言は全線開通を遅らせるだけ


結局、国交省はムダな仕事を1つ増やしただけで、何ら実効性のない報告書をつくっただけである。


今回も、岸田首相は「国家プロジェクト」として、「2037年全線開業の実現」をアピールするだけで、実際の中身はなく、リニア推進のムードを盛り上げる意図だけが透けて見える。


新聞紙面を恣意的に使った岸田首相のごまかしを見抜けないほど国民はバカではない。


日本国をバックにした岸田首相による茶番劇を見ていれば、リニア問題の解決どころか、新たな難題が出てきて、全線開業など夢のまた夢となるだろう。


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小林 一哉(こばやし・かずや)
ジャーナリスト
ウェブ静岡経済新聞、雑誌静岡人編集長。リニアなど主に静岡県の問題を追っている。著書に『食考 浜名湖の恵み』『静岡県で大往生しよう』『ふじの国の修行僧』(いずれも静岡新聞社)、『世界でいちばん良い医者で出会う「患者学」』(河出書房新社)、『家康、真骨頂 狸おやじのすすめ』(平凡社)、『知事失格 リニアを遅らせた川勝平太「命の水」の嘘』(飛鳥新社)などがある。
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(ジャーナリスト 小林 一哉)

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