自社都合は封印、伊藤忠が実践した「徹底したマーケットイン」の取り組みとは

2023年8月28日(月)6時0分 JBpress

 2021年3月期決算、純利益・株価・時価総額という3つの指標で総合商社トップを獲得した伊藤忠商事(以下、伊藤忠)。非財閥系・非資源分野の商社が、なぜここまで登り詰めることができたのか。前編に続き、書籍『伊藤忠——財閥系を超えた最強商人』を著したノンフィクション作家の野地秩嘉氏に、伊藤忠の強さについて語ってもらった。伊藤忠の発展の原動力となった考え方と、同社が着目する新たな事業分野とは?

■【前編】「か・け・ふ」経営で商社三冠王、徹底取材で見えてきた伊藤忠の強さの秘密
■【後編】自社都合は封印、伊藤忠が実践した「徹底したマーケットイン」の取り組みとは(今回)


「売れない商品」が生まれる理由

——ご著書では、伊藤忠の岡藤正広会長が商社発展の原動力に挙げた「マーケットイン」と「イニシアチブ」について解説されています。

野地秩嘉氏(以下敬称略) マーケットインとは要するに「ユーザーファースト」。つまり、お客さんを見るということです。岡藤会長はあらゆる場面で口を酸っぱくして「自分たちの都合で物を売るな」と言っています。「Aを仕入れてしまったから、Aを売る」では、決してお客さんは買ってくれないと言うのです。


 岡藤会長が主導した例として、「紳士服地に女性に人気な有名ブランド名をつけて販売した」というものがあります。これは、岡藤会長が紳士服を選んでいるお客さんの様子を実際に見て、「紳士服を選ぶのは女性だ」という気付きを得たことから企画されたものです。結果として、爆発的な売れ行きを記録しました。

 商社は縦割り組織になりがちなので、マーケットインを実践しようとすると壁が立ちはだかります。ここには岡藤会長も苦労したと話していますが、マーケットインを大事にする思想が浸透したことで、伊藤忠では縦割りを打開しつつあります。

 あらゆるところでマーケットインの考え方を伝えているからこそ、新たな企画が出てきたときに「これはマーケットインではない」と却下できるのです。

——「イニシアチブ」はどういう意味でしょうか。

野地 イニシアチブは、商流の主導権を握ることを意味します。先ほど紹介した「紳士服地にブランドをつける」という行為は、まさにイニシアチブの実例です。あらゆるブランドに声をかけて権利を先に押さえれば、競合他社は真似しようがなくなりますから。

 食料資源にしても同じです。例えば、伊藤忠はバナナのブランド「Dole」を自社ブランド化しました。バナナの味自体は他ブランドでもそこまで大きく変わるものではありませんよね。でも、有名ブランドが一定のシェアを持っていると、みんながそれを買うようになります。

 衣料品の分野でいうと、ユニクロの「ヒートテック」がわかりやすい例ではないでしょうか。他ブランドから似たような商品がヒートテックより安く発売されていても、ヒートテックを選ぶ人は多いはず。そういったことが「イニシアチブを取る」ことを意味します。


ファミマの経営で生かされる「マーケットインの姿勢」

——伊藤忠商事は従来型のトレーディングを進化させ、コンビニやITビジネスの領域で業界大手の企業を生み出しました。これまでにどのような挑戦があったのでしょうか。

野地 ファミリーマートは伊藤忠傘下であるものの、お客さんが求めている商品だと判断すれば、伊藤忠が扱っていない商品でも販売します。商社系列だとどうしても、親会社が企画した商品でないと取り扱いしにくいことがあるはずです。しかし、伊藤忠の岡藤会長は他社商品でも許容して、広く取り扱う道を選びました。これは一つの挑戦だったと思います。

 コンビニ業界にはセブンイレブンというトップブランドがあります。しかし、セブン&アイ・ホールディングス元会長の鈴木敏文氏が引退した今、伊藤忠の取り組み次第では業界の勢力図が変化する可能性もあります。

——競合と比べたとき、伊藤忠ならではの組織的な強みはありますか。


野地 伊藤忠の社員は「他部門への異動しやすいこと」が強みでしょう。他の総合商社では、資源分野に配属されるとそのまま資源分野でキャリアを重ねるパターンが一般的です。しかし、伊藤忠は他の総合商社より人数が少ないこともあり、その社員が「他の分野で挑戦したい」と異動希望を出せば、他部門に移ることができます。

 例えば、機械部門の人が、その次にファミリーマートの部門に異動することもあります。学閥や派閥もなく、一人ひとりが機能するような部門に配置される仕組みになっている。これは他の総合商社はない特徴ではないでしょうか。


「自分都合からの脱却」こそビジネス発展のカギ

——総合商社トップになった伊藤忠ですが、今後どのような事業を展開していくのでしょうか。

野地 今はどの企業も、環境保護やサステナビリティの視点を持ったビジネスに関心を持っていますよね。この手のビジネスが大きな新市場になるのかどうか、私にはわかりません。ただ、伊藤忠は繊維商社として始まり、繊維分野では商社ナンバーワンですから「セルロースファイバー」(新聞紙などを原料とした自然素材)の分野は取り組まなければならないと思っているはずです。

 実は、総合商社の中で繊維部門が残っているのは伊藤忠だけ。他社では独立させて、別会社として繊維専門商社にしています。でも、伊藤忠の祖業である繊維部門は、岡藤会長がトップでいる限り注力し続けると思います。

 また、「商売の芽」ということで私自身の意見を言わせてもらうと、伊藤忠は決済アプリやシステムに取り組むべきなのではないか、と感じています。現在、コンビニ大手3社で決済アプリを展開しているのはファミリーマートの「ファミペイ」のみ。

 商品展開や店舗数という側面では、なかなかセブンイレブンには勝てないのが実情でしょう。しかし、決済に力を入れていけば、新たな展開が見えてくる可能性もあります。業界の壁を超えるという意味では、伊藤忠は財閥系商社よりも新たなチャレンジを始めやすい立ち位置にいるはずです。どの企業とでもタッグを組める、という特徴を生かしてもらいたいですね。

——最後に本記事の読者に向けて、どのような視点で伊藤忠に注目すればよいか、伊藤忠から何を学ぶべきか、メッセージをお願いします。

野地 伊藤忠から学ぶといいのは、徹底した「マーケットイン」への取り組みです。これは自分都合や会社都合ではなく「ユーザーファースト」で仕事をすることにも通じます。自分都合で仕事をしないということは、売れる見通しがない企画を無理やり進めることをしないということ。

「どうしてもこれを作りたい」と思うものがある。だが、それは会社のビジネスとしての成算はない。それでもやりたいことがあれば独立して、自分でやればいい。自分の人生だから、自分らしく生きていくことがいちばんの幸せです。一方で、会社としてビジネスを成功させるのであれば、お客さんが欲しがっているものを売ることが先決です。

 私は今、画家のゴッホについて連載記事を書いていますが、正直なところ、ゴッホよりも好きな画家が他にいます。でも、その人についての本はまだ書かない。それは、読む人の数が少ないから。ゴッホのことなら読みたい人は多いでしょう。売れる期待値が高いから書くのです。これが売れれば、読者も編集者も私もハッピーですから。

 岡藤会長が取り組んだように、つねにお客さんをしっかりと見て、マーケットインを実践すること。それこそがビジネス発展の糧になるのではないでしょうか。

筆者:野地 秩嘉

JBpress

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