トリドールの躍進を支えたプロが解説、なぜ「ミッション」が機能しないのか?

2023年8月30日(水)4時0分 JBpress

 本連載では、丸亀製麺を運営するトリドールホールディングスの大躍進を支えた組織開発のプロ・鳶本真章氏が、「ミッション」によって社員の能力を最大限に引き出し、組織を変革し、成長に導く「ミッションドリブン」な組織づくりの秘訣を具体的に解説する。第2回は、「ミッション不在」やトップと現場との課題認識のズレがなぜ問題なのか、反対にミッションが浸透した会社では、なぜ組織の力が10倍、100倍になるのかを解き明かす。

(*)当連載は『ミッションドリブン・マネジメント〜「なんのため?」から人を活かす〜』(鳶本 真章著/技術評論社)から一部を抜粋・再編集したものです。

<連載ラインアップ>
■第1回 丸亀製麺の大躍進を支えた組織開発のプロが指南、ミッション経営の神髄
■第2回 トリドールの躍進を支えたプロが解説、なぜ「ミッション」が機能しないのか?(本稿)
■第3回 ファストリを世界一のアパレル企業に押し上げた「ミッション」を読み解く

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ミッションより現状の課題解決に意識が向きがちな経営者

 さっそく「ミッションを作りましょう」と言いたいところですが、その前に考えておきたいことがあります。

 そもそも、ミッションとは何なのか?
 本当に必要なのか?

 僕は経営者のミッションづくり(再定義)をお手伝いすることも多いですが、いきなりミッションを作り始めることはしません。まずその必要性をわかってもらうことが先です。というのも、経営者は常に会社のことを考えているので、あらためて定義して現場に落としていく必要性をあまり感じていないことが多いのです。

 たとえば、玩具メーカーの経営者Aさんはこう言います。

「日本中の子どもたちを笑顔にするというミッションは社員に伝えているし、そういう気持ちでやっていると思うよ。でも、競合が多い中、独自性のある企画がなかなか出てこなくてね。いい人を採用できるなら、もっとそこに費用を割いてもいいと思うんだが。それとも、もっと斬新なアイデアが出せるような場を作るべきか」

 ミッションはすでにあるんだし、それより現状の課題を解決したいと思ってしまうのです。しかし、さまざまな問題が「ミッション不在」から生まれています。いまの例で言えば、独自性のある企画が出てこないのも、いい人を採用できないのも、ミッション不在だからです。社長の思っているミッションは、現場にきちんと届いていません。そのままの状態でいくら採用に費用をつぎこんでも、事態は変わらないでしょう。

 ミッションを現場に浸透させていくには、仕組みも必要ですが、経営者の覚悟も必要です。本気で信じ抜く気概がなければ、浸透させられません。ですから、最初にミッションの必要性について、経営者が心から納得していることが重要なのです。

 ミッションの検討をすっとばしてしまう原因は「現場は気持ちをわかってくれているし、自分は現場のことをよくわかっている」という勘違いもあるようです。そう思いたい気持ちはわかるのですが……、十中八九、勘違いです。経営者が考えている課題と、現場で考えている課題にズレがあることは日常茶飯事です。現場をよく視察している経営者であっても、「そのときだけよく見せている」ことに気づいていません。


多くの会社で力が分散している

 それでは、なぜそれほどミッションが重要なのでしょうか。そもそも、会社にとってミッションの明文化が重要なのは、自分1人でやっているのではないからです。会社といっても、1人会社なら必要ありません。自分がやっていること=会社がやっていることであり、ブレは出ません(自分が目指しているものを忘れてしまうことはあるかもしれませんが)。

 ただ、1人の力には限界があります。数字を使って考えてみましょう。10の力を持った人が、100%力を出すことができれば、10のアウトプットになります。でも、当然ながら1人だと限界があります。めちゃくちゃ頑張って120%の力を出しても、12にしかならないわけです。

 だから人が集まって、1人ではできない大きなことをやろうとします。10の力を持った人が10人集まれば、100のことができるのです。いえ、単純な足し算にはならず、かけ算も含まれるかもしれません。1000にも10000にもなる可能性だってあります。大きな夢を描くことができるのです。

 ところが、多くの会社でこれと逆のことが起きています。10の力を持った人が北へ進み、もう1人の10の力を持った人が東へ進み、合わせて20になるはずが、14にしかならない。それどころか、逆方向に進んでいる人がいて、0になってしまった……。そんな足の引っ張り合いが起きています。

 部署間でもそうです。企画部門と営業部門で足を引っ張りあった結果、それぞれの力が相殺されてしまう。せっかく能力を持つ人が集まったのに、なんとももったいない結果です。もちろん、みんなだれかの足を引っ張りたいとは思っていないでしょう。そのような自覚もないと思います。ただ、それぞれの力が発揮しきれない不全感のようなものを抱えるのです。

「自分はこんなに頑張っているのに、評価されない」
「何のためにやっているのかわからない」

 そんな不満も出ます。なぜ、力が分散しているのか。それは、ミッションという1つのベクトルに向かっていないからです。方向性が同じでなければ、あちこちで力が相殺され、総量が少なくなるのは当然です。

 実際、僕が新入社員として入社した会社は日本を代表する大企業の1つですが、「この仕事って意味あるのかな」と疑問に思うことが多くありました。僕は自分の力を100%発揮して会社に貢献したいと思っているのに、上の人たちはどうもそうではないようです。上司によって、あるいは部署によって言うことが違い、「結局、どうすればいいの?」と混乱しました。

「これは何のためですか?」
「採用時に言われたことと違うんですけど」

などと、僕は思ったことをついストレートに言ってしまうので、煙たがられるというおまけつきです。だいたい、「オレが新入社員の頃はもっとこうだった、ああだった」と説教されました。これは、方向性がそろっていないのだ、と感じました。

 その会社にミッションがなかったのか? いいえ、かっこいいミッションがありました。ただ、具体的な行動の指針にまで落ちていなかった。だから、能力のある人が集まっているのに、力が分散していました。

 これは、ほとんどの会社に多かれ少なかれ共通している問題だと思います。素晴らしい経営者がいて、優秀な社員がいて、1人1人の能力は素晴らしいのに、もったいないことが起きている。力が分散してしまい、会社としては成長しない。逆に言うと、今いる社員たちが会社のミッションという同じ方向に向くことができさえすれば、すごいパワーで進んでいくことができるはずです。


成長したいのに成長できない理由

「個人が持つ10の力を、100%発揮できるかどうか?」という観点もあります。10の力を持っていても、「8でいいや」「5くらいで十分だ」と思ったら、アウトプットが少なくなるのはもちろん、その人自身が成長できません。

 じつは、多くの人が会社を辞めたいと思う大きな理由は「成長できないから」です。人間だれしも「成長したい欲求」を持っているものです。高い目標に向けて頑張ることで、100%以上の力を発揮し、成長した実感を持てます。これは、会社にとっても個人にとっても幸せです。目指したいのは、「個人個人が成長した結果、会社として大きく成長できる」ことでしょう。

 ところが、「何のためにやっているのかわからない」「何に向けて頑張ればいいのかわからない」状態では、成長しようがありません。「言われたとおりにやればいいか」と、力をセーブしながらやり過ごすようになります。そして、あるとき「このままでは成長できない」と気づいて、会社を辞めていきます。ミッションがなければ、100%以上の力を発揮して仕事をすることができず、成長することができないのです。

 同じ仕事に就いていてもミッションがあるかどうかでその後が全然違うというのは、イソップ寓話「3人のレンガ職人」でも有名です。舞台は中世のヨーロッパ。ある旅人がいかにもしんどそうにレンガを積んでいる3人の職人に出会います。旅人が1人目のレンガ職人に「何をしているのですか?」と質問すると、面倒くさそうにこう答えました。

「見ればわかるだろ。レンガを積んでいるのさ。親方の命令だからな」

 2人目に出会ったレンガ職人は辛そうではありませんでした。同じように質問すると、こう答えました。

「レンガを積んで壁を作っているのさ。大変だけど、賃金がいいからやっているんだ」

 3人目は楽しそうにレンガを積んでいました。同じように質問すると、こう答えました。

「私たちは歴史に残る大聖堂を作っています。完成まで100年かかりますが、ここで多くの人が祝福を受け、悲しみを払うことができるのです。そんな仕事に誇りを持っています」

 言うまでもなく、3人目の職人はミッションに共感し、イキイキと力を発揮して仕事をしているのです。

 ここまではよく「目的意識の大切さ」として引き合いに出されるのですが、じつはこの話にはさらに続きがあります。10年後、この3人のレンガ職人はどうなったか。旅人は再び彼らの様子を見に行ったのです。

 1人目は、相変わらず不満を言いながらレンガを積んでいました。2人目は、賃金が高いけれど危険な屋根の上での仕事をしていました。3人目は、現場監督として多くの人員をまとめ、完成した大聖堂に名前が彫られました。

 つまり、3人目がもっとも成長していたわけです。「だから3人目のような人になりましょう」と言いたいわけではありません。ここで僕が思うのは、「彼らを採用した大聖堂建設の会社があるとしたら、その会社はミッションドリブンではない」ということです。

 1人目は「いつまでもここにいても成長できない」と言って辞めていくだろうし、2人目は給料が高い職場へ転職していきます。もちろん、3人目は理想的です。自らミッションに向かえる逸材だったようです。力を発揮しながら幸せに仕事をし、成長することができていました。そのような人材ばかりであれば、企業は成長しないはずがありません。しかし、おそらくこの大聖堂建設会社には珍しいタイプだったので、完成した大聖堂に名前が彫られたのでしょう。

「1人目、2人目がダメ」ということではありません。企業は、社員全員が3人目のように仕事ができるよう、努力しなければならないのです。

<連載ラインアップ>
■第1回 丸亀製麺の大躍進を支えた組織開発のプロが指南、ミッション経営の神髄
■第2回 トリドールの躍進を支えたプロが解説、なぜ「ミッション」が機能しないのか?(本稿)
■第3回 ファストリを世界一のアパレル企業に押し上げた「ミッション」を読み解く

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筆者:鳶本 真章

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