オープン・イノベーションの成功事例が驚くほど少ない理由

2023年9月11日(月)6時0分 JBpress

 本連載は、マッキンゼーとBCGという世界の2大コンサルティングファームで活躍してきた現代の知の巨人、名和高司氏が満を持して上梓した新著『桁違いの成長と深化をもたらす 10X思考』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)から一部を抜粋・再編集し、桁違いの成長をもたらす「10X思考」のエッセンスをお届けする。

 第5回となる本稿では、新規事業開発のアプローチとして近年流行りの「オープン・イノベーション」が、なぜイノベーションの中心地であるシリコンバレーでうまくいかないのか、環境変化に強く、進化できる組織・できない組織のタイプを解き明かし、さらにリアルとバーチャルの融合を加速させるメタバースの先にある世界まで見通す。

<連載ラインアップ>
第1回 Googleに桁違いの成長をもたらした「10X思考」は何がすごいのか
第2回 リクルートも実践する新市場創造の発想法「既・非・未(不)」とは何か
■第3回 大流行のバックキャスティングに潜む「3つの落とし穴」
■第4回 マイケル・ポーターが提唱する「バリュー・チェーン」の盲点とは

■第5回 オープン・イノベーションの成功事例が驚くほど少ない理由(本稿)
■第6回 味の素が実証、PBR1倍割れを3倍に跳ね上げた「無形資産」重視経営の真価
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オープン・イノベーションという魔法の杖

 このような流れの中、2003年に、前にも少し触れた「オープン・イノベーション」という概念が登場してきた。著者はヘンリー・チェスブロウ教授。同じUCバークレー校の教授だが、実はこの本を書いたのは、直前までいたハーバード・ビジネス・スクール時代だった。まさにボストンとシリコンバレーという二都の盛衰の目撃者でもある。

 当時はグーグルの検索が出回ったころで、本書出版前に「オープン・イノベーション」を検索したところ、ほとんどヒットしなかったという。しかし、今や年間5億回近いヒットを数える極めてホットな経営用語である。その本の中で、オープン・イノベーションは次のように定義されている。

「組織内部のイノベーションを促進するために、意図的かつ積極的に内部と外部の技術やアイディアなどの資源の流出入を活用し、その結果組織内で創出したイノベーションを組織外に展開する市場機会を増やすことである」

 オープン・イノベーションは、シュンペーター流の「異結合」の実践そのものということもできよう。しかし、シリコンバレーにおいてすら、企業間の人の移動やM&Aは盛んに行われているものの、オープン・イノベーションの成功事例は、驚くほど少ない。それはなぜか。

 まず、「異」質性についていえば、シリコンバレーは、実は極めて同質性が高い。みなデジタル技術を追いかけている。デザイン・シンキングもお手の物。しかし、そのような同質的な知恵を掛け算しても、非連続なイノベーションは起こらない。

 さらに「結合」が起こるためには、双方の深い信頼関係やパーパスの共有が不可欠となる。地理的な距離が近いほうが有利だが、デジタル技術を活用して、何のためにどのような価値を創造したいのかというレベルでの深い結合は、決して容易ではない。

 日本でも、オープン・イノベーションが喧伝されている割には、成功事例がほとんどないことは、前述した通りである。スマートシティ構想も、いろいろな地域で展開されているが、そこからスケール感のあるイノベーションが生まれる気配は、残念ながらない。

 企業の中においてすら、本格的なイノベーションを生み出すハードルは高い。ましてや、企業を超えた不安定な関係性のもとで、オープン・イノベーションを実現することは至難の業だ。

 そのためには、閉鎖系の企業と開放系の市場の間に、セミ・オープンでセミ・クローズドな「中間組織」を構築する能力が求められる。この点については、第8章で、さらに検討することとしたい。


閉鎖系から開放系へ

 生物学では、開放系のエコシステムが、進化を生み出す場となると論じられている。

 閉鎖系の中では、お互いが同質的になっていく。しかし同質なエコシステムは環境変化にもろい。かつて何度かヨーロッパでペストが大流行したとき、感染して亡くなる人もいれば、まったく影響のない人もいた。ヘテロな環境で生き残る人がいなければ、生態系全体があっという間に疫病で滅びてしまう。

 同様に、何らかの環境変化が起こったとき、異なるDNAを持っていることは極めて重要だ。閉鎖系は効率もよく以心伝心で伝わるメリットはあるが、環境変化には大変もろい。変化が常態化した現在、閉鎖系から開放系へと組織の仕組みを転換することが、生き残りの前提条件となる。

 しかし、多様性だけでも有機的な関係性は生まれない。むしろ多様であればあるほど、一体感を醸成しなければコラボレーションを育むことはできない。

 閉鎖系から開放系に向かうことで多様性を担保する。その一方で、志や信念を共有化することで一体感を醸成する。そのような柔軟かつハイブリッドな思考方法を身につけられるかどうかが、空間軸上のチャレンジとなる。


ようこそ、トランスバースへ

 2022年はメタバース元年といわれた。前年、フェイスブックが社名を「メタ」に変えたこともきっかけとなり、市場は今にもテークオフする気配を見せている。

 リアルとバーチャルが融合する世界が、すぐそこまで来ている。空間軸上にまったく新しい次元が拓かれていくことになるだろう。さらに時間軸すら複線化されていく。自分の分身(アバター)が、同時性の中で、異質な世界で異質な体験をしていくからだ。1日24時間しかないという有史以来の制約を、軽々と超えてしまうだろう。

 私もARやVRは試してみたものの、正直、まだまだハードルが高いと感じた。これは技術の未完成性のせいというよりも、私の思考パターンが、このような異次元の世界に簡単には馴染めないからだろう。今のZ世代や、その先のメタバース・ネイティブの若者の感性についていくのは並大抵ではない。もっとも、PCやインターネット、そしてモバイルが登場したときのように、あと数年もすると、すっかり快適に楽しんでいるかもしれないが。

 それがどのような世界になるのか。これも正直、まったく実感がない。ただ、1つだけ確実なことはありそうだ。それは、閉鎖系から開放系に向かうときと同じように、柔軟かつハイブリッドの思考方法がいっそう求められるだろうということである。だとすれば、今からそのような思考法を身につけておくことは、未体験を楽しむうえで、役に立つに違いない。

 ただし、「メタバース」という言葉では、未来を正しく捉えられない。「メタ」とは「超」を意味する。したがって、「メタバース」とは超現実宇宙ということになる。

 われわれは、「非」現実を「超」現実として、あこがれる性向がある。超人、超能力などの熟語がすぐ思い浮かぶ。しかし、それらが空想の世界から現実の世界になるためには、前述したように「超」宇宙ではなく「未」宇宙として、捉え直す必要がある。

 同時に、それは1つではなく、無限な広がりを持つものとして捉えなければならない。「ユニバース」は文字通り、「ユニ」。すなわち1つの宇宙を指す。それに対して、メタバースでは、無数の宇宙が広がっている。ちょうど、ロールプレイゲームを同時に何面も楽しんでいるように。それに今「ユニバース」と呼ばれている現実の世界から、逃避することもできない。

 したがって、未来の空間は「メタバース」ではなく、「マルチバース」(正確には「Multiverses」と複数形)として捉える必要がある。そして未来のわれわれは、その「マルチバース」の間を、自由に行き来できる能力が求められる。

 その意味では未来に生きるわれわれは、「トランスバース」人間を目指さなければならないのである。「トランスジェンダー」は、現代に生きる未来人のアーキタイプ(原型)なのかもしれない。

<連載ラインアップ>
第1回 Googleに桁違いの成長をもたらした「10X思考」は何がすごいのか
第2回 リクルートも実践する新市場創造の発想法「既・非・未(不)」とは何か
■第3回 大流行のバックキャスティングに潜む「3つの落とし穴」
■第4回 マイケル・ポーターが提唱する「バリュー・チェーン」の盲点とは

■第5回 オープン・イノベーションの成功事例が驚くほど少ない理由(本稿)
■第6回 味の素が実証、PBR1倍割れを3倍に跳ね上げた「無形資産」重視経営の真価
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筆者:名和 高司

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