「いじめられ役」に徹するほうが好都合…失職した斎藤元彦前知事が"味方ゼロ"の演出を続けるしたたかな理由
2024年10月1日(火)8時15分 プレジデント社
写真=共同通信社
兵庫県庁で記者会見する斎藤元彦知事。失職を選び、出直し選挙に出馬すると表明した=2024年9月26日午後 - 写真=共同通信社
■逆境に負けない「鋼のメンタル」
兵庫県議会9月定例会初日の9月19日に全会一致で不信任決議が可決された斎藤元彦知事(46)は、30日午前0時に失職した。
失職後50日以内に行うと規定されている知事選は「10月31日告示、11月17日投開票」に決まった。その出直しの知事選に、いち早く斎藤氏は出馬表明した。
斎藤氏はメディアからの批判や厳しい世論にさらされたものの、県議会全員一致の不信任決議にも動じることなく、再び県政運営へ強い意欲を見せた。
この出馬表明で、逆境に負けない「鋼のメンタル」の持ち主であることを有権者に示すことになった。
出直しの知事選に向けて斎藤氏の選挙戦略を見れば、したたかな政治手法の持ち主であることがわかる。選挙戦を勝ち抜くためにしっかりと布石を打っているのだ。
兵庫県議会は「反斎藤」の強烈な姿勢を見せてきたが、それだけでは出直し知事選で斎藤氏に勝つことはできないだろう。
いったい、どういうことなのか見ていく。
■なぜ「県議会解散」を選ばなかったのか
まず、斎藤氏が「失職」を選択して、県議会解散を見送ったことはあまりにも不可解だった。
県議会すべての会派、無所属の議員86人すべてが知事不信任決議案に賛成した。つまり、県議全員が一致して、斎藤氏に「知事失格」の烙印を押したことになる。
パワハラ、おねだりなどのさまざまな「疑惑」が浮上した斎藤氏だが、何らかの決定的な犯罪行為をおかしたわけではない。
疑惑を告発した文書を巡る一連の対応について、斎藤氏は知事としての正当性を主張して、すべて適切だったと繰り返した。
つまり、県議会の対応にこそ問題があり、県政混乱の責任は知事ではなく、県議会にあると考えていた。
その主張の筋を通すならば、斎藤氏は「県議会解散」を選んでいたはずだ。
ところが、「最初から県議会解散は選択肢になかった」ととぼけ、「失職」を選んだ。
■県議に「肩透かし」を食らわせた
いちばん重要なのは26日まで「辞職」「県議会解散」「失職」のいずれを選ぶのか、手の内を明かさなかったことである。
ふつうに斎藤氏の手の内を読めば、「県議会解散」の可能性が高いと見ておかしくない。県議会へしっぺ返しを食らわせる「反撃」は唯一、「県議会解散」しかないからだ。
その「反撃」を想定して、県議全員が自分たちの選挙戦に奔走せざるを得なかった。選挙準備に大忙しとなった。
斎藤氏は、県議たちの思惑を外して肩透かしを食わせたのである。
それだけではない。「失職」となれば、すぐに知事選となる。県議たちはその動きについていけなかった。
6月に百条委員会が設置され、7月に疑惑を告発した元西播磨県民局長が死亡。その直後、県政混乱の責任を取って片山安孝副知事が辞職している。
その後も斎藤氏への批判は収まらず、9月19日に不信任決議案が可決、知事選となるのは確実だった。
それなのに、各党各会派の動きは鈍かった。
前回選で斎藤氏を推薦した自民党、日本維新の会などはそれぞれ独自候補の擁立を模索しているが、いまとなっても知事候補を決められず、不透明な状況が続いている。
「県議会解散」を斎藤氏が選ぶと考え、知事選はそのあとと考えた。県議会議員たちは自分たちのことで精いっぱいとなり、知事選どころではなかった。
兵庫県議会Facebookより
9月県議会の様子。斎藤知事は議会解散を選ばなかった - 兵庫県議会Facebookより
■斎藤氏の「予想外の動き」
発行部数約40万部の神戸新聞は、兵庫県政を巡る混乱について、ほぼ2カ月前の8月2日から4日まで「瓦解 斎藤県政3年」と題する連載記事を掲載した。
4日付朝刊は、「『ポスト斎藤』探る動き加速」という見出し記事を掲載したが、新たな知事候補を巡る動きについて具体的な言及はなかった。
何よりも「ポスト斎藤」だから、「斎藤」は消え去るものと思っていたのだろう。
「孤立無援」となった斎藤氏が、まさか出直し選挙に出馬するとは考えていなかったのかもしれない。
斎藤氏の動きを押さえていなかったのだ。
■都合のいいこのタイミングでの「解散総選挙」
一方の斎藤氏は国政の動きも忘れていなかった。
自民党総裁選で誰が首相になってもすぐに衆院解散、総選挙で国民の信を問うのは間違いなかった。
だから、知事選を総選挙にぶつけるために、「失職」を選んだのである。
自民党総裁に選ばれた石破茂氏は9月30日、解散総選挙を10月27日(15日公示)に行うと表明した。兵庫県知事選が10月31日告示、11月17日投開票であるから、斎藤氏の目論見通り、知事選は総選挙と同時期に行われることになった。
となれば、自民党、維新ともに衆院各選挙区の候補擁立を急ぐのに必死で、独自の知事候補にどれだけ時間を割けるのか疑問は大きい。
簡単に候補を選ぶだけでは済まない。
1カ月半の短期間で、斎藤氏ほどの知名度がある候補を見つけるのはさらに難しい。
写真=iStock.com/Mari05
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Mari05
■テレビに出続けて「いじめられ役」を印象付けた
この半年間、斎藤氏はテレビ、新聞に出ずっぱりだった。知名度で言えば、どんなタレントも斎藤氏にはかなわないかもしれない。
それだけではない。斎藤氏は何よりもメディアの使い方を熟知している。
不信任が決議された翌日の20日から、斎藤知事はNHKや地元の民放番組に相次いで生出演した。
すべてインタビュー番組であり、内容もほぼ同じである。
斎藤氏は、これまでの県政改革の実績をアピールするとともに、告発文書問題の対応は何ら法に触れず、適切だったことを強調した。
パワハラ疑惑について、「ハラスメントは当事者の受け止めもあるが、法律的にそれがどういう状況で、どういう背景でなったのか、パワハラ行為がいわゆる社会通念上、踏み越えたことなのかを客観的に認定されていくので、それはいろいろなケースがある」と否定してみせた。
亡くなった元西播磨県民局長については、「お亡くなりになられたことは本当に心から悲しいし、残念な思い。内部調査は初動も含めて議決方法と公益通報者保護法との関係でも、わたしはこれまでの対応はきちっとやってきた」などと知事対応の正当性を強調した。
また「なぜここまで知事の座に固執するのか」との問いには、「自分がいままでやってきた改革、これまでの20年間の県政、既得権とかしがらみとかそういったことから抜け出した、県民の皆さんの政策をしていきたい。それを何とか続けたいというつもりで、辞職をするつもりはなかった」と答えている。
県議会が一丸となって“いじめている”姿を何度も見ている視聴者には、各局テレビのインタビューを通して、毅然とした斎藤氏の姿がリーダーとして好ましく映ったはずだ。
テレビの生インタビューは、着せられた汚名をそそぐ絶好の機会となってしまった。選挙戦を想定した斎藤氏のしたたかな戦略が根底に見えた。
■「道義的責任」はかわし続けた
極め付きは、26日の記者会見で、「失職」という出処進退を初めて明らかにしたことだ。
その知事会見は2時間20分にも及んだ。NHKなど各マスコミは地上波やYouTubeで生放送した。
記者とのやり取りはこれまでの焼き直しだったが、唯一違うのは出直し選挙へ出馬表明したことである。それが斎藤氏にとって最も重要だった。
百条委員会の席で、7月に自殺した元西播磨県民局長の告発文書を巡る一連の対応は法的に問題なく、適切だとしたが、県議会は「道義的責任」を認めるように迫った。
当時、斎藤氏は「道義的責任が何かわからない」とかわした。
そんな対応が、「知事失格」となる全会一致の不信任決議につながった。
26日の会見で、斎藤氏は「道義的責任という言葉は辞職につながる。大きな責任を感じている。だから、辞職ではなく、失職を選んだ」と述べた。
道義的責任を認めれば途端に、周囲から「辞めろ」を連呼される。だから、「道義的責任は何かわからない」とごまかしただけである。
法律とは違い外的強制力はなく、倫理的な個人の問題である「道義的責任」を認めれば、2人も職員が亡くなっているという重大な事実から、斎藤氏は自ら政治責任を取らなければならなかった。
2人の県職員が亡くなったことに「道義的責任」ではなく、「大きな責任」と言い換えたところで、その中身が変わるわけではない。
ただ同じ質問ばかりを繰り返す記者たちを煙に巻くことには成功した。そして出馬表明となった。
■静岡・川勝前知事ももらった「高校生からの手紙」
出直しの知事選出馬を決断した理由について、斎藤氏は高校生から受け取った「手紙」を挙げた。
手紙には「やめないでほしい」「未来のために頑張ってほしい」などと書かれていたという。
斎藤氏は「エールをもらった」「応援してくれる人がいる」などとして「大変だと思うが頑張ってみようと覚悟を決めた」と声を詰まらせた。
高校生からの「手紙」と言えば、前静岡県知事の川勝平太氏も「18歳の高校生からの手紙」を挙げて、4期目を目指す2021年6月の知事選への出馬を決めたと会見で述べた。
斎藤氏と違い、川勝氏は「高校生の手紙」を読み上げた。
「静岡を守れるのは川勝知事しかいない。国とJRだけのためのリニア中央新幹線。中途半端で不明確な利益しか考えていないJRに負けないでください。静岡の未来のために川勝知事にいまの強い姿勢を取り続けてほしい」
高校生の「推し」もあって、川勝氏は自民党推薦候補に約33万票の大差をつけて4期目の知事選で圧勝した。
筆者撮影
■「孤立無援」の斎藤氏を止められるか
斎藤氏は高校生の「手紙」をあえて読み上げなかった。
しかし、これからの選挙戦略では川勝氏と同様に、斎藤氏も「どんなにいじめられても兵庫県政を改革する政策を進めてほしい」などと高校生の感動的な「手紙」を読み上げるかもしれない。
斎藤氏は着々と選挙準備を進めてきた。
しかし、知事選で当選したとしても、不信任決議を突きつけた県議会の顔ぶれは全く同じであり、両者の深い溝は埋められない。
だから、再選を果たしたとしても、県議会はあらためて、「道義的責任」をあいまいにした斎藤氏に不信任決議を迫ることができる。
しかし、「伝家の宝刀」は抜いたばかりであり、選挙戦に負けたあと、再び、抜くのにはそれなりの理由が必要となる。
そんなみっともない事態を招かないよう、県議会は斎藤氏を打ち負かすために相乗りとなっても強力な候補を立てなければならない。独自候補を立てれば票は分散し、斎藤氏を利する可能性は高まる。
県議会が全会一致となって、「孤立無援」の斎藤氏の再選を阻止できるのかどうか、非常に難しい状況となってしまった。
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小林 一哉(こばやし・かずや)
ジャーナリスト
ウェブ静岡経済新聞、雑誌静岡人編集長。リニアなど主に静岡県の問題を追っている。著書に『食考 浜名湖の恵み』『静岡県で大往生しよう』『ふじの国の修行僧』(いずれも静岡新聞社)、『世界でいちばん良い医者で出会う「患者学」』(河出書房新社)、『家康、真骨頂 狸おやじのすすめ』(平凡社)、『知事失格 リニアを遅らせた川勝平太「命の水」の嘘』(飛鳥新社)などがある。
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(ジャーナリスト 小林 一哉)