ザッポスはいかにして「ホラクラシー」を導入したのか、その成果はいかに?

2023年9月26日(火)4時0分 JBpress

「ティール組織」の1つのアプローチとして、1000社以上で実践されている新しい組織デザインの手法「ホラクラシー」。本連載では、「ホラクラシー」の開発者の一人であるブライアン・ロバートソン氏の著書『[新訳]HOLACRACY(ホラクラシー)——人と組織の創造性がめぐりだすチームデザイン』(監訳:吉原史郎、訳:瀧下哉代/英治出版)の一部を抜粋・再編集してお届けする。

 前編では、アパレル関連の通販事業で名を馳せる米国ザッポス創業者のトニー・シェイ氏と著者との運命的な出会いのエピソードから、ホラクラシーが生み出す価値をひも解いた。後編となる本稿では、社員1500名(2013年当時)の大企業であるザッポスが、いかにしてホラクラシーを導入し、どのような果実を得ることができたのかを見ていこう。

<連載ラインアップ>
■前編 米国ザッポス創業者トニー・シェイ氏と「ホラクラシー」の運命的な出会い
■後編 ザッポスはいかにして「ホラクラシー」を導入したのか、その成果はいかに?(本稿)
■特別編 『ホラクラシー』著者 ブライアン・ロバートソン氏 ウェビナー採録記事

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権力を人ではなくプロセスに持たせる

 ホラクラシーにおける権限の分配とは、リーダーの手から権限を取り上げて、単に他の誰かやグループに譲り渡すということではない。むしろ、権力の座はトップの人物からプロセスへと移譲されるのだ。この「プロセス」については、憲章で詳しく規定されている。ホラクラシーの憲章は汎用性が高い文書なので、この手法を使おうとするどんな組織にも適用でき、ひとたび正式に採択されると、組織の基本的なルールブックの役割を果たす。

 そのルールとプロセスが最高の拠り所であり、それを採択した人物にさえ勝る。国家でも、憲章に立脚した議会が定める法律は大統領といえども無視できないのと同じで、ホラクラシー憲章も、独裁者ではなく、合法的なプロセスに組織の権力の座を置くことを定めるのである。

 ホラクラシー憲章はオンラインで公開されているが、それを読まなければホラクラシーを学べないというわけじゃない。ルールブックを読むことが複雑な新しいゲームを学ぶための最善の道であることは、めったにないのだ。通常は、かいつまんでポイントを押さえてからとりあえずプレーを始めてみて、必要な時にルールブックを参照するほうがうまくいく。ただし、プレーヤー全員がルールブックがあることを知っていて、それに従うことに同意していることが重要だ。プレーの途中で誰かが好き勝手にルールを作れるなら、ゲームが成り立たないからだ。

 ホラクラシーの実践を決めた組織が実行する最初のステップは、CEOが正式にホラクラシー憲章を採択し、自分の権力をホラクラシーのルールシステムに移譲することだ。勇気をもって権力を手放してホラクラシーのシステムに委ねることにより、リーダーは、組織のあらゆるレベルの隅々まで権限を分配する道を切り開くのである。

 このように、個人的なリーダーシップから、憲章に従った権限の移譲へと移行することは、ホラクラシーの新しいパラダイムに絶対不可欠だ。善意あふれる偉大なリーダーをもってしても、トップダウンの権力システムでは、必ずと言ってよいほど上司と部下との間に親子のような力関係が生じてしまう。その結果、権限を剥奪された被害者意識の強い部下と、責任を一身に背負いみんなが感知したテンションへの対応も任されて、もういっぱいいっぱいの管理職、そういうよくあるパターンを避けるのはほとんど不可能だ。

 ホラクラシーはマネジャーにこう伝える。「あなたの仕事はもう、みんなの問題を解決することでも、すべての責任を負うことでもありません」と。

 また、部下にはこう伝える。「あなたには、自分の感知したテンションに対応する責任と、その権限があります」と。

 たったこれだけの方向転換で、私たちの組織文化に根強くはびこる親子のような関係から全メンバーが救い出され、自律した、自己管理できる大人同士が能力を発揮し合う関係へと導かれる。この新しい関係においては、それぞれが組織のパーパスにかなったロールを担い、自分のロールを実行するための「リーダー」となる権限を持っている。

 私が変革を支援した企業の中でこうした方向転換が起こる時、関係者全員にとって、それは天からの啓示であり、新たな挑戦でもある。部下たちは、自分たちがもう命令に従うだけの従業員ではないことを悟る。彼らには本物の権限があるだけでなく、それに伴う責任も負う。自分の問題を解決してくれる保護者のようなマネジャーはもういない。マネジャーのほうは、管理の重責からの解放感を味わうと同時に、新しい自分自身の価値と貢献を見出し、権限を保持し行使する習慣を変えなければならない。

 私の仕事の面白いところの1つは、ホラクラシーを実践したばかりのCEOに「その意思決定をする権限はあなたにはもうありません」と釘をさすことだ。その一方で、他の人たちにはこう念押ししなければならない。

「あなたにはその意思決定をするアカウンタビリティと権限があります。何をするべきか決めるのも、あなたの決定に許しを与えるのも、ボスの仕事ではなく、あなた自身の仕事なのです」

 興味深いことに、私が支援したCEOのほとんどは、このような方向転換の後にものすごい安堵感を覚える。これを意外に思う人もいるかもしれない。

 パリ在住のホラクラシー・コンサルタントで、CEOの経験もあるベルナール=マリ・シケによると、「権力を手放すようCEOを説得するのはさぞかし難しいだろうとよく言われるが、僕の経験ではまったくそんなことはないよ」。むしろ、現状よりうまく組織のニーズが満たされるような、安全に権限を移譲できる方法があるなら、ベテランCEOの多くは彼ら個人の手にある権力を喜んで手放し、組織的なプロセスに委ねるという。

 私もその通りだと思う。ツイッター社の共同創設者で、ミディアム社も立ち上げたエヴァン・ウィリアムズが、一緒に食事をした際にこう言っていた。「ツイッター社を離れた後、別会社の起業を検討していた時、従来のCEOの役割をまた担わなくてはならないのかと思うと空恐ろしい気がしたよ」。あらゆる重責がのしかかり、一番楽しいクリエイティブな仕事が後回しになってしまうからだ。

 エヴァンがミディアム社にホラクラシーを実践した理由の1つは、彼1人の肩に重責が集中しないようにするためだった。私が説得するまでもなく、ホラクラシーを採用すると権限が分配されるという点をエヴァンは高く買っていたのだ。

 ザッポスのシェイがホラクラシーに魅力を感じたのもこの点だ。ホラクラシーは、安全で実用的な方法を用いて、憲章で規定されたガバナンス・プロセスを通じて実権を分配し、その結果、自己組織化が実現することを約束する。あのカンファレンスの後、シェイは私をオフィスに招いてチームに紹介し、ザッポス内の小さな部署にホラクラシーを試験的に実践することを決めた。その試験実践の成功を受けて、2013年には全社的にホラクラシーが実践された。私は興奮でゾクゾクした。と同時にちょっぴり不安もあった。なにしろ、それまでとは比べ物にならない規模の実践事例だったのだ。

 社員1500人規模の会社で、ホラクラシーはどのように作用するだろう? シェイが求める、どんどん自己組織化していく、都市のような協調的な環境が生まれるだろうか? もっと小さな組織では、まさにそういった環境を実現する力がホラクラシーにあることを私は知っていた。だから、この大舞台でどういう展開になるか、ワクワクしていたのである。

 実践から翌年にかけてザッポスのチームが経験したことは、彼らに先立ってホラクラシーを実践したたくさんのより小さな企業と同じで、ホラクラシーは正真正銘、社員全員に権限を移譲できるということだった。「管理職が持っていた権限は、今では社員一人ひとりにくまなく分配されています」と、実践の陣頭指揮を執ったチームの一員、アレクシス・ゴンザレス=ブラックは言う。

「今では、誰もが責任感をもって、自分の仕事で得られる学びを生かして会社を前進させようとしています」

 ただし、ホラクラシーに転向するのは簡単ではなかった。「マネジャーには一歩下がっているように、他のメンバーには一歩前に出るように習慣づける、そこが本当に難しいところです」とゴンザレス=ブラックは指摘する。

「ホラクラシーが実践されると、個々の社員は自分が感知したテンションに対応する権限が与えられ、それに堂々と自由に対応することができる。でもこれは誰もが自然に持っているスキルじゃない。ホラクラシーを実践するにつれて上達するものなので、そういう筋力を鍛えるトレーニングが必要なんです」

 みんなが自分の新しい権限に慣れてきた頃、ゴンザレス=ブラックが気づいたのは、「もしこれが自分の会社だったら、自分はどう行動するだろう?」と自然と自問する起業家精神がみんなに育まれていることだった。(6)
(6)Alexis Gonzales-Black's remarks are drawn from the Zappos Insights blog post "What Does Leadership in Self-Organization Look Like?," October 8, 2014, accessed October 2014; and Alexis Gonzales-Black, "Holacracy at Zappos-The First Year of Adoption," online interview by Anna McGrath, October 29, 2014.

 このように権限を分配することによって、ホラクラシーは組織内の人々を解放し、自律性とコラボレーション能力を同時に高める。ホラクラシーを実践した組織には、クライアントの1人が言っていた言葉を借りれば、「民主主義によるカオスに見えるが、実はかなり独裁的な」マネジャーたちはもういない。権限が明確に分配されていれば、懸案事項をめぐってこそこそ根回ししたり、自分たちと同じモノの見方を他人に押し付けたりする必要はない。

 こうして自由の身になった人たちは、考慮すべき事柄を十分検討することを条件に、法的なプロセスにより意思決定を行う権限が認められているので、自信を持って行動できる。それだけでなく、明確な自律性を持つ人は、助けや情報や話し合いを自由に求めることができるし、他の人たちも自由にそれに応じ、自分の意見を投げ返すことができる。

 しかもこのプロセスは、コンセンサスを得るために膠着状態に陥ったり、多忙で現場の課題から遠く離れたリーダーからの独裁的な命令にすり替わったりする危険はまったくない。権限を持つ人が、十分な判断材料を得て意思決定への確信をもったその時点で、その人物は気楽に対話を打ち切って、協力してくれたみんなにお礼を言い、決定を下すことができる。こうしたプロセス全体が、組織の中に、より優れた柔軟性と反応性と適応力を築き上げるのだ。

 また、それまでマネジャーだった人たちが持っているクリエイティブなエネルギーも、驚くほど勢いよく解放される。先ほどの例えに戻ろう。もし、人体が権限分散型のシステム、つまり、さまざまな細胞や臓器や臓器系が、明確な自律性と権限と責任とを持つシステムでなかったら、意識にはとてつもなく大きな管理負荷がかかることになるだろう。しかし実際は、私たちの意識は、刻々と下される身体機能に関わる意思決定にエネルギーを使う必要がないので、その分、クリエイティブな素晴らしい試みの数々に取り組むことができ、人類の文化が形成されているのだ。

 組織でも同じだと思う。組織のあらゆる部分のそれぞれが実質的な責任を持ち、自律的に物事に対応して成果を上げるなら、それまでの「ボスたち」を解放して、まったく違う次元の問いに集中させることができる。それは、「この組織のパーパスを、この世界で実現するにはどうしたらよいか?」という、より大きくクリエイティブな問いだ。

<連載ラインアップ>
■前編 米国ザッポス創業者トニー・シェイ氏と「ホラクラシー」の運命的な出会い
■後編 ザッポスはいかにして「ホラクラシー」を導入したのか、その成果はいかに?(本稿)
■特別編 『ホラクラシー』著者 ブライアン・ロバートソン氏 ウェビナー採録記事

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筆者:ブライアン・ロバートソン,吉原 史郎

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