税引前利益は2倍、株価は4倍に、米家電量販店大手ベスト・バイの復活劇

2023年10月24日(火)4時0分 JBpress

 近年、戦略の複雑化が進み、企業はさまざまな分野で高度な戦略を展開している。だが、多くの企業が高収益を上げ、従業員に対する手厚い報酬を提供できているわけではない。なぜ戦略と実行が、一部の企業には成功をもたらし、他の企業にはもたらさないのか。本連載では、ハーバード・ビジネス・スクールで教えらている最先端の戦略理論「バリューベース戦略」を紹介した『「価値」こそがすべて! ハーバード・ビジネス・スクール教授の戦略講義』(フェリックス・オーバーフォルツァー・ジー著/東洋経済新報社)より、一部を抜粋・再編集。戦略を簡素化し、圧倒的な成果につなげる新たなアプローチを解説する。

 第2回目は、米家電量販店大手ベスト・バイの業績回復が物語る、バリューベース戦略の威力と主要原則について見る。

<連載ラインアップ>
■第1回 ハーバード・ビジネス・スクール教授が教える圧倒的な成果を上げる戦略とは?

■第2回 税引前利益は2倍、株価は4倍に、米家電量販店大手ベスト・バイの復活劇(本稿)
■第3回 米家電量販店大手ベスト・バイに学ぶ、競合を置き去りにする戦略と実行力
■第4回 米旅行予約サイト大手エクスペディアは、なぜ激しい競争を生き抜けるのか(11月7日公開)

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 WTPとWTSの差、つまりバリュースティックの長さが、企業の生み出す価値になります。ある調査によると、優れた財務パフォーマンス(企業の資本コストを超えるリターン)は、より大きな価値を創造することができるかどうかに依存していることが示されています。そして、付加価値を創出する方法は、WTPを高めるか、WTSを低くするかの2つしかありません。

 戦略は概念的にシンプルなものです。そして、よりシンプルな戦略的思考こそがより良い結果につながると私は確信しています。


リニュー・ブルー

 このアプローチの威力を示すケースとして、米国最大の家電量販店であるベスト・バイ(Best Buy)の例をあげたいと思います。

 2012年末、同社は新しいCEOを募集していました。自分がこの役割を担うことを想像してみてください。成功することは、とうてい不可能だと思うことでしょう。実際、私たちの多くは、ベスト・バイは絶望的だと考えていました。というのも、アマゾン(Amazon)は、幅広い品揃えと積極的な価格攻勢でオンライン事業を成長させることに成功しており、ベスト・バイはその犠牲になっていたからです。それと同時に、ウォルマート(Walmart)をはじめとする大型小売店は、大量に販売できる人気の高い電子機器や家電製品に注力し、市場シェアを奪っていきました。さらに、顧客の間でショールーム化、つまり、店舗に足を運んで気に入った商品を決め、オンラインで購入する傾向が高まったことも、おそらく最悪の事態を招きました。

 このような猛攻撃にさらされたベスト・バイのパフォーマンスが芳しくなかったのは当然のことです。2012年、同社は第1四半期で17億ドルの損失を計上します。そして、長らく低迷していたものの10%台後半を維持していた投下資本利益率(ROIC)は、ついにマイナス16.7%にまで急落しました。

 サンフォード・C・バーンスタイン(Sanford C. Bernstein)のアナリスト、コリン・マクグラナハンは、「ベスト・バイは死んだほうがいい」(Best Buy Should Be Dead)と題する『ビジネスインサイダー』の記事のなかで、「まるでベスト・バイがナイフを持って銃撃戦に臨んでいるかのようだ」と述べています。

 元戦略コンサルタントで、直近ではホテル・旅行業を営むカールソン・カンパニーズ(Carlson Companies)のCEOを務めていたユベール・ジョリーが、このチャレンジに挑みました。ジョリーとかれのチームは、この悲惨な状況を認識し、〝リニュー・ブルー〟(Renew Blue)と名付けた再建計画を策定します。その核心的なアイデアは、WTPの向上と知覚価値の改善により、より多くの顧客価値を創造することでした。ベスト・バイの1000を超える店舗を、競争の足枷となる負債と考えるのではなく、その役割を再考し、資産に転換したのです。今後、店舗は4つの役割を果たすことになります。販売拠点(従来の役割)、店舗内店舗を持つブランドのショールーム、受け取り場所、そしてミニ倉庫です。

 ベスト・バイは2007年から、アップル(Apple)がベスト・バイの店舗内で独自のショールームを運営することを許可しました。ジョリーはこのプログラムを拡大し、2013年にはサムスン・エクスペリエンス・ショップとウィンドウズストア、その1年後にはソニーストアを追加しました。

 アマゾンですら、最終的にはベスト・バイの店舗に売場を開設しました。店舗内店舗というコンセプトは、同社に新たな収益源と、より充実した買い物体験を提供しました。当時のCFO、シャロン・マッカラムは次のように説明しています。

「当社のベンダーが当社の店舗に行った投資を見ると、信じられないほどです。それは、文字どおり数億ドルになります」

 ベンダーはショールームで働くベスト・バイの従業員の給与も補助しています。おそらくより重要なのは、ベスト・バイがより深い販売ノウハウを提供できるようになったことです。というのも、ベンダーのブランドのシャツを着て、コンサルタントにサポートされた店舗スタッフは、特定のブランドに専念できるようになったからです。

 店舗内店舗プログラムは、ベスト・バイだけでなく、同社のベンダーにも利益をもたらしました。

 店舗内店舗の運営は、自社店舗よりも費用がかからず、ベンダーは客足の増加による恩恵を受けることができます。よりコスト効率の良い顧客獲得方法を構築することで、ベスト・バイはベンダーの運営コストを下げ、結果としてベンダーのWTSを低下させたのです。ベスト・バイの店舗をミニ倉庫として利用することも、同様に効果的であることが証明されました。

 ジョリーのチームは、顧客が新製品を受け取るまでのスピードがWTPの重要な要因であることを理解していました。すぐに得られる満足感に勝るものはありません。従来、同社は大規模な配送センターから出荷していました。配送センターは土日は閉まっており、在庫管理ソフトも数十年前のもので、在庫切れや出荷遅れが頻発していました。

 リニュー・ブルー計画では、商品を最も早く届けられる場所から出荷することにしました。配送センターから出荷されることもありますが、多くの場合、近隣の店舗から出荷されます。2013年までに、ベスト・バイは4000店舗から出荷するようになりました。1年後、その数は1400店舗に増加し、同社は初めてアマゾンの出荷時間より短くすることに成功しました。

 オンラインで注文し、ベスト・バイの店舗で商品を受け取るという方法も、顧客から好評を博しました。数年のうちに、ベスト・バイのオンライン注文の40%は店舗から出荷されるか、店舗で受け取れるようになりました。

 ジョリーとそのチームは、同社のオンライン・プレゼンスも見直しました。多くの従来の小売業者と同様、ベスト・バイの経営陣は、インターネットを既存ビジネスの手法を代替する主要な脅威として認識していました。ベスト・バイはオンライン販売チャネルを構築していましたが、それは中途半端なものでした。ベスト・バイ・ドット・コムは商品説明が少なく、カスタマーレビューもほとんどなく、検索機能も不十分で、同社のロイヤルティプログラムとの統合もできていませんでした。また、サイトでは在庫のない商品を宣伝していることも多く、顧客から不満の声が上がっていました。

 このような状況が、ジョリーの下で一変したのです。

 同社はインターネットを既存事業を代替するものとしてではなく、補完するもの、つまりベスト・バイの実店舗の価値を高めるための投資と考えるようになったのです。

 ほとんどのカスタマージャーニーはオンラインで始まりますが、多くの消費者は購入前に製品に触れ、感触を確かめたいと考えています。ジョリーは、オンラインとオフラインの価格を一致させることで、来店客を購買客に転換させることに成功しました。オンラインで取引を完了した顧客でさえも、購入した商品を手に取ると、追加の製品やサービスプランを購入することが多く、店舗に付加価値をもたらしました。

 ベスト・バイのオンライン・プレゼンスが店舗の活動を支えていることを認識した同社は、ベスト・バイ・ドット・コムへの投資を加速させました。わずか数年で、このサイトは大手eコマースサイトに匹敵するようになり、オンライン販売も好調に推移しました。2019年までに、同社は収益の5分の1をeコマースから得るようになりました。

 リニュー・ブルーはベスト・バイに新たな息吹を与えました。ジョリーとそのチームが、顧客のWTPを上昇させ、ベンダーとスタッフのWTSを低下させることに成功したすべての方法を見てください(図1)。

 ジョリーがリニュー・ブルーの目標達成を宣言した2016年までに、ベスト・バイのROICはマイナス領域から22.7%へと上昇し、税引前利益は2倍、株価はわずか6年で4倍になりました。※1

 ベスト・バイの業績の回復は、バリューベース戦略の主要原則のいくつかを物語っています。

※1 この間、市場全体は2倍に成長しました。ベスト・バイは、リニュー・ブルー戦略の実施後、競合他社を上回る業績をあげ続けています。2016年から2020年初頭まで、同社の株価はS&P500に属する企業の株価の2倍以上の速さで成長しました。

<連載ラインアップ>
■第1回 ハーバード・ビジネス・スクール教授が教える圧倒的な成果を上げる戦略とは?

■第2回 税引前利益は2倍、株価は4倍に、米家電量販店大手ベスト・バイの復活劇(本稿)
■第3回 米家電量販店大手ベスト・バイに学ぶ、競合を置き去りにする戦略と実行力
■第4回 米旅行予約サイト大手エクスペディアは、なぜ激しい競争を生き抜けるのか(11月7日公開)

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筆者:フェリックス・オーバーフォルツァー・ジー,原田 勉

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