米家電量販店大手ベスト・バイに学ぶ、競合を置き去りにする戦略と実行力

2023年10月31日(火)4時0分 JBpress

 近年、戦略の複雑化が進み、企業はさまざまな分野で高度な戦略を展開している。だが、多くの企業が高収益を上げ、従業員に対する手厚い報酬を提供できているわけではない。なぜ戦略と実行が、一部の企業には成功をもたらし、他の企業にはもたらさないのか。本連載では、ハーバード・ビジネス・スクールで教えらている最先端の戦略理論「バリューベース戦略」を紹介した『「価値」こそがすべて! ハーバード・ビジネス・スクール教授の戦略講義』(フェリックス・オーバーフォルツァー・ジー著/東洋経済新報社)より、一部を抜粋・再編集。戦略を簡素化し、圧倒的な成果につなげる新たなアプローチを解説する。

 第3回目は、価値創造に優れた企業が大切にするWTP(支払意思額)とWTS(売却意思額)の差を最大化する方法と、戦略のシンプルさがいかに実行スピードを上げるかについて見る。

<連載ラインアップ>
■第1回 ハーバード・ビジネス・スクール教授が教える圧倒的な成果を上げる戦略とは?

■第2回 税引前利益は2倍、株価は4倍に、米家電量販店大手ベスト・バイの復活劇
■第3回 米家電量販店大手ベスト・バイに学ぶ、競合を置き去りにする戦略と実行力(本稿)
■第4回 米旅行予約サイト大手エクスペディアは、なぜ激しい競争を生き抜けるのか

<著者フォロー機能のご案内>
●無料会員に登録すれば、本記事の下部にある著者プロフィール欄から著者フォローできます。
●フォローした著者の記事は、マイページから簡単に確認できるようになります。
●会員登録(無料)はこちらから

価値創造に優れた企業は、WTPとWTSに正面から取り組む

 すべての重要なイニシアチブは、カスタマーエクスペリエンスを向上させる、つまり、消費者のWTPを高めるか、あるいはベンダーや従業員にとってその企業で仕事をする魅力を高める、すなわち、WTSを低下させるようにデザインされています。このテストをクリアできないイニシアチブは、棄却されます。たとえば、ベスト・バイは、アマゾンのようなマーケットプレイス(サードパーティベンダーが自社製品を販売できるようにする取引所)を廃止しました。価値創造に失敗したためです。

同業他社より優位に立つ企業は、模倣が困難な方法でWTPを上昇させ、WTSを低下させる

 ベスト・バイの最も特徴的な資産は、その大規模な店舗ネットワークです。実店舗で提供されるクオリティの高い公平なサービスは、ベスト・バイの競合他社が追随することは困難です。アマゾンには同様のリアルな店舗がありません。ウォルマートはハイタッチ・サービスを提供することで知られているわけではありません。アップルは顧客への公平なアドバイスに消極的です。

シンプルさは、創造性と幅広いエンゲージメントの余地をもたらす

 ジョリーは、リニュー・ブルー戦略を最もシンプルな言葉で表現しています。「私たちの使命は、テクノロジー製品、サービスを提供する場所となり、その権威となることです。私たちは、お客様がテクノロジー製品を発見し、選択し、購入し、ローンを組み、起動し、楽しみ、そして最終的には買い換えるお手伝いをするためにここにいます。また、オンラインと店舗の両方でテクノロジー製品の最高のショールームを提供し、パートナーであるベンダーのマーケティングを支援します※1
※1 Hubert Joly, "Best Buy Earnings Call," Thomson Reuters Street Events, edited transcript, November 19, 2013.

 ここで博士号は必要ありません。大切なのは、顧客のWTPとベンダーと従業員のWTSだけです。

 ベスト・バイの再建ストーリーを見ると、その動きの速さや、何十ものイニシアチブをすばやく立ち上げ、実行に移していること、そして、ここで述べることができないそれ以外の多くのことに驚かされます。猛烈なスピードで実行するには、戦略がシンプルであることが重要です。WTPを高める方法、WTSを低くする方法についてアイデアを持つすべての役員、店長、従業員は、企業を正しい方向に導く手助けをしていると確信することができるのです。

成功した企業の多くは、業界動向よりも業界内で競争力のあるポジションを築くことを重視する

 ジョリーは次のように説明しています。「かつて当社から発信されるメッセージは、業界の逆風についてばかりだったことを思い出してください。しかし、いまでは、逆風について語ることはありません……全体的な動向よりも、私たちが何をするかのほうがインパクトが大きいと思っています」

 優れた価値を生み出す企業で、このような考え方が一般的である理由は3つあります。第1に、ほとんどの業界において、業界内の収益性のばらつきが、業界間の収益性の差を上回っていることです。※2
※2 Bin Jiang and Timothy Koller, "A Long-Term Look at ROIC." McKinsey Quarterly, February 1, 2006,

 つまり、たとえビジネスが難しいとされる業界であっても、最良の機会は、ほとんどの場合、現在の業界のなかに見出すことができるということです。業界の魅力度ではなく、業界内の競争力を重視する第2の理由は、業界の魅力度に応じて、参入コストが単純に高くなるということです。最後に、たまたま苦戦している業界にいる企業にとって、逆風ばかりに気を取られていては、従業員の士気を低下させ、生産性の低下を招く可能性が高くなります。

「これは好循環です。ひとたび勝ち始めると、人々はより興奮し、より自信を持つようになります」とジョリーは言います。ベスト・バイの社内データによると、2013年までにスタッフのエンゲージメントは2006年以降で最も高くなっています。※3

※3 Hubert Joly, "Sanford C. Bernstein Strategic Decisions Conference," Thomson Reuters Street Events, edited transcript, May 29, 2013.

 もちろん、ベスト・バイの将来については多くの疑問が残されています。

ベスト・バイは幸運だったのか?

 間違いないでしょう。輝かしいパフォーマンスが幸運を部分的にも反映していない組織を私は知りません。新世代のiPhone やビデオゲーム機など、大人気のエレクトロニクス製品がベスト・バイの業績回復に一役買ったのは確かです。サーキット・シティー・ストアーズ(Circuit City Stores)、ラジオシャック(RadioShack)、エイチエイチグレッグ(H.H.Gregg)、その他の小規模な家電量販店が閉店し、競争が緩和されたことも要因の1つでしょう。しかし、単に運が良かっただけでは、長期的な価値創造につながることはほとんどありません。ベストな企業は、それがどのようなものであっても、取り巻く環境にもとづいて構築されます。バリューベース戦略は、配られたカード自体のことではなく、そのカードを用いて有利に勝負する方法に関するものなのです。

ベスト・バイは長期的に成功するのか?

 一般的に、時間は高業績の企業には優しくありません。私が卓越した価値を創造した企業を調査したところ、平均的な企業は10年間で競争優位の約半分を失っていることがわかりました。ベスト・バイの市場では、アマゾン(家電製品)やロウズ(Lowe’s)などのホームセンター(家電製品)が引き続き市場シェアを伸ばしています。2018年、アマゾンは初めてベスト・バイを僅差で下し、米国最大の家電量販店となりました。

 コストの8割が売上原価である業界では、相対的な市場シェアが重要です。市場シェアが大きければ大きいほど、ベンダーとの交渉で有利な立場に立つことができます。「勝つためには、リードしなければならない」とジョリーは認めています。※4これらのダイナミクスは困難なものですが、かれは楽観的に次のように述べています。「私たちは消費者のオンライン支出の26%を獲得しています。これは恥ずべきことです。もし、3分の1を獲得できたとしたら、それは依然として恥ずかしいことですが、当社の成長はとてつもなく大きくなるでしょう※5

※4 Joly, "Best Buy Earnings Call," November 20, 2014.
※5 Berfield and Boyle, "Best Buy Should Be Dead, But It's Thriving in the Age of Amazon."

 ベスト・バイのケースからわかるように、バリューベース戦略は、成長の潜在的な源泉と、最大の価値を約束する機会について明確な指針を提供します。

<連載ラインアップ>
■第1回 ハーバード・ビジネス・スクール教授が教える圧倒的な成果を上げる戦略とは?

■第2回 税引前利益は2倍、株価は4倍に、米家電量販店大手ベスト・バイの復活劇
■第3回 米家電量販店大手ベスト・バイに学ぶ、競合を置き去りにする戦略と実行力(本稿)
■第4回 米旅行予約サイト大手エクスペディアは、なぜ激しい競争を生き抜けるのか

<著者フォロー機能のご案内>
●無料会員に登録すれば、本記事の下部にある著者プロフィール欄から著者フォローできます。
●フォローした著者の記事は、マイページから簡単に確認できるようになります。
●会員登録(無料)はこちらから

筆者:フェリックス・オーバーフォルツァー・ジー,原田 勉

JBpress

「学ぶ」をもっと詳しく

「学ぶ」のニュース

「学ぶ」のニュース

トピックス

x
BIGLOBE
トップへ