ハイエンドアマチュア無線機「TS-990」が、米どころ山形県鶴岡市のふるさと納税返礼品になった理由

2023年12月15日(金)10時33分 PR TIMES STORY

生まれ故郷や応援したい自治体に寄附ができる「ふるさと納税」。寄附受け入れ額は全国で1兆円近くにおよび、各地の自治体がこぞって自慢の地場産品を返礼品として紹介しています。

今年(2023年)、山形県鶴岡市はユニークな返礼品の取り扱いを開始しました。JVCケンウッド製アマチュア無線機のハイエンドモデル「TS-890」です。高額な寄附返礼品にもかかわらず、掲載から1ヶ月も経たないうちに、申し込みや問い合わせが多数寄せられ、テレビやSNSなどでも話題を呼びました。

そしてこのたび、鶴岡市は同社アマチュア無線機のフラッグシップモデル「TS-990」をふるさと納税の返礼品として取り扱いを開始しました。なぜアマチュア無線機の最高級モデルは、ふるさと納税の返礼品になったのでしょうか。鶴岡市のふるさと納税担当者に聞きました。

JVCケンウッド製アマチュア無線機のフラッグシップモデル「TS-990」

【プレスリリース】鶴岡市で最高寄附額の返礼品が登場! JVCケンウッド製アマチュア無線機のフラッグシップモデル「TS-990S」を出品しました

ふるさと納税における「地場産品」のあいまいな基準

鶴岡市でふるさと納税の返礼品登録を担当する五十嵐佳祐(総務課)は、「鶴岡市のふるさと納税の特徴は、返礼品の多種多様さです」と話します。

──全国的にはお肉や果物といった「食品」が人気の返礼品です。

五十嵐「そうですね。鶴岡でもメロンやお米は人気の返礼品です。一方、市内には複数の工業団地があり、高度なものづくりが行われています。ここで生まれた高品質な製品も、かねてから鶴岡の地場産品としてもっとアピールしたいと思っていました。ですが、製品の一部を市内の工場で作っているだけでは、返礼品として認められないんです」

──どういうことでしょうか?

五十嵐「総務省の告示によれば、ふるさと納税の返礼品として認める地場産品を『返礼品の製造、加工その他のうち主要な部分を行うことにより相応の付加価値が生じているもの』(告示第5条第3号)と定めています。ようするに、その製品の《部品》を作っているだけではダメなんです」

──「主要な部分」とは、かなり曖昧な表現な気がします。

五十嵐「そうなんです。なので、国は『重量や付加価値のうち、半分を一定程度以上上回る割合』という判断基準を示しました」

──「地場産の程度」は定量化できるのでしょうか。

五十嵐「最終的な組み立てを行う工場は、大消費地である首都圏近郊に立地が集中します。ふるさと納税のなかで、地方で努力しているものづくりの価値が認められなくなってしまうのは、制度本来の目的から離れてしまいます。地場産品の厳格化はたしかに必要ですが、価値を定量的に測ることが難しいのも事実です」

鶴岡市ふるさと納税の返礼品登録を担当する五十嵐佳祐

──そうしたなかで、JVCケンウッドの無線機が返礼品になりました。

五十嵐「JVCケンウッド山形は鶴岡中央工業団地にある事業者です。ここで作っている無線機『TS-890』と『TS-990』は、組み立てから最終的なパッケージまでひとつの工場で完結しています。だから鶴岡の地場産品として返礼品に登録することが認められました。胸を張って《メイドイン鶴岡》と言える製品ですね」

この場所ならではの「ものづくり」で、鶴岡の地場産品として認められたJVCケンウッドの製品。では、ハイエンドな無線機はどのように作られているのでしょうか。JVCケンウッド山形の工場でお話をうかがいました。

稲からカセットデッキへ──半世紀前に誕生した鶴岡中央工業団地

さかのぼること半世紀前、ハイグレードな国産オーディオ機器が市場を席巻し、日本は空前のオーディオ・ブームに沸いていました。当時は高度経済成長期のさなか。米どころの庄内地方では、減反政策による農地の転換や、機械化にともなう離農労働者の雇用問題の解消が喫緊の課題になっていました。一方、都市部では公害や人口の集中が問題となり、企業を地方へ分散することが推奨されていました。そのような状況を背景に、鶴岡駅の北側に「鶴岡中央工業団地」が昭和48(1973)年に誕生します。

「かつてオーディオ御三家のひとつ、トリオ製品のカセットデッキはここでつくられていました」。そう教えてくれたのは、JVCケンウッド山形・取締役社長の渡辺幸司さんです。

渡辺さん「ブランドとしてはもう存在しないんですけど、80代くらいの方なら、トリオは絶対にご存知のはずです。それくらい有名なメーカーでした」

取締役社長の渡辺幸司さん

かつて昭和のオーディオ・ブームを牽引したのは、アンプの山水電気、チューナーのトリオ、スピーカーのパイオニアの「オーディオ御三家」と呼ばれる国内メーカーでした。そのひとつ、トリオ株式会社の出資によって鶴岡中央工業団地に「東北トリオ株式会社」が1981(昭和56)年に設立します。

その後、1986(昭和61)年に同社は「山形ケンウッド」に社名変更し、携帯電話、ポータブルMDプレーヤー、カーナビなどを生産。映像・音響機器メーカーである日本ビクター(JVC)との合併によって、2013年に「JVCケンウッド山形」となりました。現在は業務用の音響機器や無線機の主力工場として稼働しています。

JVCケンウッド山形 鶴岡工場

ハードな生産管理の現場

「いま、この工場では約400機種の製品を取り扱っています。いまだに、わたしもすべて覚えられませんね」。管理部の奥山幸寿さんが、陳列されている業務用無線機を手にとりながら教えてくれました。

鶴岡・藤島ご出身の奥山幸寿さん

奥山さん「この工場で扱っている部品は約10,500品種。同じグループの工場はだいたい4,000品種くらいですから、ここは非常に部品数が多いんです。管理が大変なので、工場としては少ないほうがありがたいんですけどね」

──扱う製品が多いからこそ、部品数が多くなるんでしょうか?

奥山さん「そうです。それに加え、ロットサイズ(1回あたりの生産台数)10台以下の生産ロットが全体の30%、50台以下の生産ロットが全体の70%を占めています。いわゆる多品種少量生産ですが、この難敵を相手に改善を継続していることは、われわれの強みだと思っています」

部品類を保管している「材料ストア」の一部

──生産を管理する立場としては大変な現場ですね。

奥山さん「生産現場はもちろん、生産計画を立案する生産管理、部品を購入する調達も相当ハードです。機種がいっぱいあるからこそ、煩雑で大変です。3機種くらいだったらぜんぜん楽勝ですよ(笑)」

奥山さんが次に見せてくれたのは、SMT(Surface Mount Technology)と呼ばれる工程。列に並べられた機械から、たくさんのテープが伸びています。作動音が聞こえるものの、ここで何が行われているのか一見しただけではわかりません。

基板が機械の中を移動しながら、高速で部品が実装されていく

──ここでは何が行われているんでしょうか?

奥山さん「SMTとは《表面実装》のことです。クリーム状のはんだをプリント基板に印刷して、チップやコネクタなど小さな電子部品を自動で取り付けていきます。表面実装できない部品がある場合は、インサー(挿入)工程で人の手で取り付けていきます。TS-990や890はこの工程が欠かせないんです」

「こういう大きな部品は人の手じゃないと取り付けられないんです」と奥山さん

──手作業ですか!

奥山さん「本来であれば、すべての基板をSMTで自動的につくることが望ましいんです。ロスが出やすいので、ものづくり的にはインサー工程はできるだけ避けたいんです。でも、TS-990や890には性能面の制約から表面実装できない部品がたくさん使われています。だから、人の手によって部品を取り付ける工程が必要なんです」

SMT工程で取り付けられない部品

少しずつ部品が取り付けられた基板は、FA(Final Assembly=最終組立)工程に移ります。ここでシャーシ(枠組み)に基板やほかの部品を取り付けて、最終的な製品に組み上げられます。その後、調整や検査、梱包を経て、出荷できる状態にします。TS-990や890はFA工程だけで約4時間もかかるのだそう。

FA工程はコの字型に動線が組まれている

人の手で組み上げる

FA工程でTS-990や890の生産ラインを管理されている大川直さんに、お話をうかがいました。

大川さん「わたし、こういう組み立てみたいな作業は、どちらかというと苦手なタイプだったんです。でも、やってみようかなと思って。親がケンウッドのステッカーを貼っているくらい、幼い頃からよく知っている会社だったので、就職先を考えていたときに、『ケンウッド、いいあんね』って親からも勧められて。それから17年間、いまでも続けられています」

FA工程の管理者を務める大川直さん[写真提供=JVCケンウッド山形]

──作業はすぐに慣れましたか?

大川さん「大変でしたね。FA工程はここ3−4年くらい担当していて、最近、管理者になりました。とくにTS-990や890は他の機種と比べると大きくて重いですし、中に入れる基板もたくさん使うから、難しいですね。といっても、いきなり複雑な作業を任されるわけではありません。工数の少ない製品で慣れてきてから、少しずつ段階を踏んで、工数の多い製品や作業時間の長い製品を担当していきます。ここで組み立てをやっている子たちは、“できる子”ですよ」

TS-890の組み立ての様子[写真提供=JVCケンウッド山形]

──大変な作業ですね…。

大川さん「ここでは業務用の無線機が多いんですが、これ(TS-990や890)は個人向けの製品です。ご自身で買って大事に使っていただけるので、無事につくり終えると『ああ、やっとできた!』という感じで、出荷するときは『いってらっしゃい!』みたいな気持ちですね」

──手が掛かるほど、思い入れもひとしおですね。

大川さん「わたし、けっこう見るんです。YouTubeで《TS-890》って検索して、製品の箱を開けて『わお!』って言っている動画。そういうのを見るとすごい感動するんですよ。だから、組み立て中も細かなところが気になってくるし、『ちゃんとやらなきゃな』って思いますね。自分としては、そういう気持ちが大事なのかなって思います」

TS-890のFA工程を担当するみなさん[写真提供=JVCケンウッド山形]

部品数が多く複雑な製品は、欠品や作業ミスで不良を発生させてしまうと、修理がとても大変だといいます。解析や修理に多くの時間を費やすことになるので、一つひとつの作業を確実に行なうことが求められています。

奥山さん「こうした人の手による作業をサポートする道具や仕掛けを《治具》といいますが、これらは当社の生産技術部隊が作製しています。治具以外でも構造面でミスを防ぐ工夫をしています。たとえば、ある線材を間違った部分に挿すと、ほかの部分に挿せなくなります。すると『どこか間違ったかな』と気づけるんです。こうした人の作業をサポートするものづくりを具現化するのが生産技術の役割です」

──膨大な作業の一つひとつは、どうやって共有しているのでしょうか。

奥山さん「生産の手順をひとつずつ指示した資料をつくっています。この資料、ぜんぶで約800ページあるんですが、工程を把握している熟練の人は、資料を見なくても作業ができるほどです。ただ、見ないで作れるからすごいというものではありません。品質管理のメンバーは、指示どおりに作業ができているか、第三者目線で実際の作業をチェックしています。出来上がった製品の検査だけではなく、作業内容も含めて品質を保証するのが当社の品質保証の特徴ですね」

部品の挿入位置や向きなどを示した資料

膨大な作業手順の一つひとつがモニターに図示される

──こと細かに作業の内容が示されていますね。

奥山さん「ネジを打つことひとつとっても、いくつかの決まりが定められています。ドライバーの握り方や向き、その注意点などをまとめた《作業標準》です。組み立ての工程だけでも37種類もあります。入社後、未経験の人はこの作業標準を2週間かけて覚えて、ものづくりの現場に入っています。こうした技術の伝承を積み重ねて、品質を維持しているんです」

ドライバーの持ち方も「標準」が定められている

設計と生産現場のコミュニケーション

工場を歩いていると、製造をしている場所とパソコンで作業している部屋がすぐ近くにあることに気づきます。「ものづくりをするうえで、やっぱり現場を知らないと、いい設計はできないですよね」と管理部の齋藤慎一さんは言います。

──ここは設計と生産の現場が近いんですね。

齋藤さん「この工場の特徴は、製造現場で実際にモノを見て話し合えるので、気づいたことがあればすぐに設計にフィードバックできることです」

生産管理や設計する部署が入るスタッフルーム(基本的に“立ち”スタイル)

奥山さん「一般的に、現場より設計のほうが偉いという感覚があるんじゃないでしょうか。『なんで俺が設計したものをつくれないんだ』、『難しい設計の製品をつくれるようにするのが現場の力だろ』って」

齋藤さん「逆に、工場の現場が怖くて行きたくないっていう設計者もいるんじゃないかな(笑) でも、ここはそうではないですよね。設計と生産技術と現場がおなじ建屋のなかにあるので、うまくコラボレーションできていると思います」

奥山さん「JVCケンウッドはそれが昔からうまくできていますよね。カーナビや映像など、それぞれの事業によってつくり方は違いますが、無線機のものづくりって、電波という目に見えない世界との戦いなので、とてもシビアなんです。だからこそ、設計と生産技術と製造現場がうまくかみ合わないと良い製品ができないんですよね」

──ぼくたちが工場に入るときも、スマホを機内モードにするようにお願いがありました。

奥山さん「無線機の基板には《シールド》と呼ばれる銀色のケースが被せてあるんですが、これは余計な電波が入らないように、あるいは飛ばさないようにするためのものです。それに、昔は配線がちょっとズレただけで、電波の飛び方が変わってしまったりして」

基板に取り付けられた銀色の躯体がシールド

──とくに繊細さが求められるんですね。

奥山さん「ところが設計が繊細すぎると、安定した品質のものをつくれません。製造現場としては、お客様に安定した品質のものを提供し続けなければならない。だから、設計や生産技術には『安定した生産ができる製品を設計してくれ』って言い続けるわけです。その意味で、ここでの無線機のものづくりは、設計と生産技術と現場とのやりとりが一番バランスよくできているのかなって思います」

熟練者による手仕事、それをサポートする生産技術や管理の工夫、シビアな設計と現場とのコミュニケーション。「TS-990」や「TS-890」という無線機は、こうした創意と知恵を丁寧に積み重ねた、鶴岡のものづくり現場を象徴する存在のようです。

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