国内外で年間250店、トリドールHD粟田社長はなぜ新規出店の意思決定を人に任せるのか?
2024年12月10日(火)4時0分 JBpress
一軒の焼き鳥屋から始まり、「丸亀製麺」の大ヒットから東証プライム上場を果たしたトリドールホールディングス(HD)。今や国内外に約20の飲食ブランドを持つまでに成長したグローバルフードカンパニーは、なぜ次々と繁盛店を生み出せるのか。本連載では『「感動体験」で外食を変える 丸亀製麺を成功させたトリドールの挑戦』(粟田貴也著/宣伝会議)から、内容の一部を抜粋・再編集。「外食は最も身近なレジャー」をコンセプトに快進撃を続けるトリドールの戦略ストーリーと、成功の源泉とも言える独自の経営論について、創業社長・粟田貴也氏が自ら明かす。
第6回は、粟田氏が意識する「弱者の経営」について紹介する。国内外で年間250店もの新規オープンがあるトリドールにおいて、そのスピード感を実現している“人任せ”の経営スタイルとは?
大きな目標を達成したいから、すべてを自分で握らない
私は海外展開が本格化してから、ふとした時に「今日もどこかの国でトリドールの店がオープンしているのだ」とはっとすることがあります。
世界各地にいるトリドールのグループ企業の社員やローカルバディ、店で働くスタッフの方々が、今この瞬間にも食の感動体験を生み出している。アメーバが増殖するように、トリドールの食の感動体験が世界中を覆って広がっていくようなイメージが頭に浮かぶのです。
現在のトリドールでは、国内外合わせて1年で約250店を出店しています(2023年度実績)。そのすべての意思決定を私が担っているのか。
答えはノーです。私が細部まで逐一確認することはできないので、各業態の責任者に任せています。特に海外店舗は、私が判断するよりも現地の経営者に任せたほうが、正確かつスピーディーに出店できます。その後の成功確率も上がるのです。
世界で通用するグローバルフードカンパニーになる、という夢は途方もなく大きいものです。尋常な手段では、目標までの距離を縮められません。私一人でコツコツやっていたら、生きているうちに達成できるかわからない。限りある時間で最大限の跳躍を試みるには、複数人で、複数業態、複数戦略を走らせなければ間に合わないのです。
トリドールをホールディングス化して、業態ごとに事業会社として分社化したのも、こうした考えからです。一人の人間が考える付加価値は一方向になりがちです。複数の人間がそれぞれの付加価値を生み出せば、成長の速度が速まるだけでなく、リスクヘッジにもなります。
例えば、丸亀製麺とコナズ珈琲は客層も戦略もまるで違う業態です。客単価は丸亀製麺が約700円、コナズ珈琲はその約3倍です。来店頻度でいえば月に何回も来てくれるお客様が多い丸亀製麺と、2、3ヶ月に1回のコナズ珈琲では、集客の考え方も変わります。
世界観も「製麺所の風情を感じながらセルフうどんを楽しむ」と「一番近いハワイで日常を忘れてくつろぐ」では大きくかけ離れていて、店内に置く椅子の単価から何から大きく違うのです。
コナズ珈琲の椅子を丸亀製麺に置こうとしたら、採算がとれません。しかし、コナズ珈琲はお客様の店内滞在時間が長く、ハワイの民家のような店内で時間を忘れてコナコーヒーとハワイアンフードを楽しんでもらうというコンセプトであるため、インテリアにはお金をかけても良いのです。
こうした複数の業態を私一人で見るとなると、必ずどちらかを優先してしまうでしょう。それぞれのチームが独立して、自分の業態を成長させるために戦略を考えて、それをたゆまず実行しているからこそ、どちらも大きく伸びているのです。
任せているとはいえ、戦略の方向性やある程度の額以上の案件は私が承認しているので、何が起きているかは把握しています。月次報告や経営会議で報告を受け、大筋が間違っていないことが確認できれば、あとは任せるという方針です。
正直に言うと、「すべてをコントロールしたい」「思いのままに動かしたい」という欲求はあります。途中までは、調理に接客、店舗開発、業態開発、人材採用・開発、すべてを自分でやっていたわけですから。創業社長は誰しもそういう気持ちを持っているのではないでしょうか。マイクロマネジメントをしそうになるのを、ぐっとこらえることがあります。
すべて自分でやるというのは、お山の大将になるということです。それはそれで、目の行き届く範囲は全てコントロール下にあり、安心で気分がいいことでしょう。しかし、自分が大将になれる山の高さはたかが知れています。それは、小成に安んずるということ。世界最高峰を目指すのであれば、視野を広げて人の力を借りたほうがいい。
お山の大将になりたいという本能的な欲求がありつつ、最終的には「飽くなき成長」に重きをおいて決断しています。
海外の経営者と一緒に会社経営している感覚
海外業態でも同じことが言えます。私がトップダウンで全体の出店計画を決めていたら、どうしてもMarugame Udonの出店を優先してしまいます。それぞれの業態のリーダーが自分たちの業態の強みを十分に理解して、各々の目標を掲げて邁進してくれているからこそ、同時多発的な出店が可能になっているのです。
2023年11月に実施した社員向けイベントALL KANDO CREATORS MEETINGには、アメリカ、イギリス、スペイン、シンガポール、中国、台湾、香港、フィリピン、インドネシア、カンボジア、ベトナム、マレーシア、グアムといった国と地域から、総勢約70名の海外リーダーが一堂に会しました。
イベントの中で、グループに入ってくれた海外のブランドの経営者が一言ずつ挨拶する場面がありました。そこでほとんどの人が「KANDO」という言葉を使って、自分たちの思いを伝えてくれたのです。単にグループ企業となったのではなく、トリドールと同じビジョンを描き、ミッションを共有してくれている仲間なのだと実感しました。
私は今、この海外の経営者たちと一緒に商売をしているような感覚があります。ブランドについての話を聞くと、「そこまで考えているのか」と学ぶことばかりです。私とは見ているところも経験も違う優秀な経営者が、自分で出店の意思決定をして、そのブランドを成長させていっている。世界の仲間と事業を進めるほうが、成長が速いことを実感しています。
ALL KANDO CREATORS MEETINGは、海外のグループ企業の経営者に日本のトリドールのブランドを知ってもらう機会にもなりました。可能性を感じたら自分の国で展開してもらいたい。こうしたグループ企業の横のつながりができることで、二乗、三乗の成長が可能になると考えています。
今から店舗数を1万店にすると考えたら、足し算、掛け算だけでは及びません。でも、世界の優秀な経営者が情報やベストプラクティスを共有し、アイデアを生み出せば、決して不可能ではなくなるのです。
人を頼り、人に任せる「弱者の経営」
成長を急ぎ、未来を先取りしようとするならば、一人ではなくドリームチームをつくるべき。今はそう考えています。採用についての考え方が変わったのは、上場準備の時でした。この時初めて、自分が経験したことがない仕事をする人を採用したからです。
トリドールは今や、売上収益が2320億円、国内外合わせて1950以上の店舗を持つ会社になりました。この実績が資本力と経営力への信頼となり、優秀な人材が集まってくれるようになりました。
例えば、海外事業を管掌している副社長兼COOの杉山孝史。彼はデロイト トーマツ コンサルティングに勤めた後、トリドールの「海外に4000店を出す」という無謀とも言える夢に共感して、2019年に入社してくれました。丸亀製麺の海外事業の責任者や海外事業本部でローカルバディの探索やM&Aを担当する経験豊富なメンバーを集めてくれたのです。
初めて行ったハワイで空き物件と運命的な出会いをし、勢いで出店したことから始まった海外進出。
私自身は、難破して偶然アメリカに着いたジョン万次郎のようなものです。外国語大学に通っていたけれど、いまだに英語は苦手です。そんな私でも、仲間を集めれば、グローバルフードカンパニーになるという壮大な夢が叶えられるかもしれない。私自身の力は昔から変わっておらず、さまざまな能力をもつ人材が集まることでトリドールの総合力が増していったのです。
私は、自分が非力であることを実感しています。一人では何もできないからこそ、仲間の知恵を集め、勝ち筋を見出していく。いわば「弱者の経営」というスタイルです。描いている夢に対して自分の力が足りないのは百も承知だからこそ、「力を貸してほしい」と言える。
人を頼り、人に任せられる。この弱者の経営スタイルは、実は一番強いのではないかと考えています。
<連載ラインアップ>
■第1回 「新規参入でもシェアを取れる」トリドールHD粟田社長が語る、外食産業市場のダイナミックな可能性とは?
■第2回 「製麺所の風情を手放したら丸亀製麺ではなくなる」トリドールHD粟田社長が語る“二律両立”の経営とは?
■第3回 省人化の時代に、なぜ丸亀製麺は“増人化”へ舵を切ったのか?トリドールHD粟田社長が語る「体験価値」
■第4回 トリドールHDが始めた「KANDO開拓コミッティ」とは?離職率が下がれば顧客満足度が高まるメカニズム
■第5回 トリドールHD急成長の土台、従業員一人ひとりが持つ成長哲学「トリドール3頂」とは?
■第6回 国内外で年間250店、トリドールHD粟田社長はなぜ新規出店の意思決定を人に任せるのか?(本稿)
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筆者:粟田 貴也