ディズニーホテルは、なぜオンラインチェックインを導入しても、客室をハイテク化しないのか?

2024年12月17日(火)4時0分 JBpress

 モノ消費からコト消費への移行を追い風に、日本のテーマパーク業界で圧倒的な強さを見せる東京ディズニーリゾート。“夢がかなう場所”での体験は多くの消費者の心を捉え、その唯一無二の空間とホスピタリティは、リゾートとその近隣エリアにある6つの「ディズニーホテル」でも再現されている。本連載では、ディズニーホテルの運営会社ミリアルリゾートホテルズを率いるチャールズ・D・ベスフォード氏が自身の考え方を明かした『ホテルの力 チームが輝く魔法の経営』(チャールズ・D・ベスフォード著/講談社)から、内容の一部を抜粋・再編集。ディズニーブランドとその顧客を徹底的に意識した独自の経営スタイルに迫る。

 第4回は、ディズニーホテルにおけるテクノロジー導入のポイントを解説する。


テクノロジー化は「2つの目線」のバランスで進める

 いまの時代、避けられない話題と言えば、IT化(特定の業務のデジタル化)やDX化(企業全体のビジネスのデジタル変革)に代表される、最新テクノロジーへの対応です。

 これはホテル業界だけでなく、あらゆる分野で急速な変革を起こしている重要なテーマですよね。たとえばAIという最新技術に、どう向き合っていくべきか、頭を悩ませている経営者の方も多いのではないでしょうか。

 最新テクノロジーの導入は、まさに「顧客目線」と「経営者目線」の「2つの目線」のバランスが肝心になる観点だと思っています。

「経営者目線」で考えてみれば、最新テクノロジーはぜひ積極的に取り入れたいもの。なぜなら、お客さまの利便性が向上するほか、従業員の業務が効率化し、人手不足の解消にもつながるからです。導入にはある程度のコストはかかるかもしれませんが、それ以上の大きなメリットがあります。とくに人員不足が叫ばれて久しいホテル業界においては、最新テクノロジーを使った業務効率化は急務だと言えます。

 ここで、わたしたちディズニーホテルが実践しているIT化の実例をいくつかご紹介しましょう。

 もっとも力を入れているのは、チェックイン、チェックアウトの手続きのオンライン化です。チェックインでは、すでに多くのゲストがオンラインを選択してくださっています。ゲストのスマートフォンを使い、オンラインで手続きを行うことで、フロントで宿泊台帳を記入することもなく、お部屋に入ることができるのです。 

 それは、従来のシステムでチェックインするゲストの待ち時間短縮にもつながっています。

 もちろん、チェックイン、チェックアウト業務も大幅に削減することができました。

 もうひとつ、近年導入してすでに好評をいただいているサービスに、レストランのモバイルオーダーがあります。

 ゲストがスマートフォンで予約注文すると、指定した時間にレストランに行けば温かい食事がすぐに受け取れる。そんなサービスです。

 モバイルオーダーは、フロリダにあるディズニー・リビエラ・リゾートが改装工事期間中に取り組んでいたのを見て、それを参考にして取り入れました。

 前もって予約ができて、待つことなくすぐに食事ができるため、ゲストのみなさんからは、「遊び疲れて遅い時間にホテルに戻ってきて、すぐに食べることができてほっとする」「子どもが寝てしまってもちゃんと食事ができて助かる」など喜びの声をいただいています。

 また、わたしたちホテル側としても、時間指定枠を設けることでキャパシティオーバーにならないように業務量をコントロールできるほか、オーダー制なので食材のロスが出ないといったメリットもあります。

 現在では、モバイルオーダー限定のメニュー開発も行っていて、ゲストのみなさんのなかで、いつでも利用できる食事の選択肢として定着してきていると感じます。

 ただし、わたしはどんなテクノロジーも「2番手で導入する」くらいのスピード感が良いと思っています

 最新技術を早くに導入すれば大きな話題になりますし、飛びつきたくなるものです。わたしも、オンラインサービスでもロボットでも、最新のものを見ればそんな気持ちがわいてきます。

 しかし、ローンチ直後はたいていなんらかの技術的問題がつきもの。少し待てば、不具合が出ないように改善されたり、導入費用もある程度抑えられたりするのが一般的です。

 だれよりも早く最新技術を取り入れるよりも、慎重に検討し、確実で安全に運用できる技術を取り入れていくほうが、結果として満足度の高いテクノロジー化になるはずです。


当たり前のところに当たり前のものを置く

「顧客目線」でも、ハイテク化について考えてみましょう。

 ホテルにさまざまな技術が導入され、ハイテク化していくことは、便利でうれしい気持ちがある反面、どこか味気ない感情も残るものではないでしょうか。

 たとえば、オンラインチェックインが導入されたからと言って、フロントにほとんどキャストがいなかったらどうなるか。レストランやパークについて質問したくても聞くことができません。オンラインチェックインのやり方がわからない人は途方にくれてしまうし、慣れていなければ「これで大丈夫かな?」と不安に思う方も多いはずです。

 あるいは、チェックアウトのとき。オンラインで手続きできるからと言って、キャストのだれとも顔を合わせずにホテルをあとにするのは、すこしさみしさを感じるものではないでしょうか。キャスト側も「今回の滞在はいかがでしたか?」と直接おしゃべりをして手を振ってお見送りできる。その温かさが、ゲストの想い出を美しく締めくくってくれるはずです。

 つまり、これから先、どれだけテクノロジーが進化したとしても、お客さまは「ヒューマンタッチ」も求めていると思うのです。人と人、直接顔を合わせた体温の伝わるコミュニケーションは、普遍的で必要不可欠なものでしょう。

 最近はお孫さんと一緒にいらっしゃるシニア層のゲストも増えているため、パークでの過ごし方に不安をお持ちの方々も多いのではないかと思います。

「あのアトラクションはどう行ったらいいのだろう?」「見たいショーのスケジュールがわかるかしら?」「アプリでエントリーってどうやるんだろう?」

 そういった不安やちょっとした疑問を、手早く確実に解消するには、明るい笑顔のキャストと直接会話をするのがおすすめです。

 そして、テクノロジー化においても忘れてはならないのが、「わたしたちのお客さまにとって」という観点です。

 たとえば、照明やテレビ、ラジオをつけたり、カーテンの開閉をしたり、香りを演出したり、お部屋のなかのすべてをタブレット端末1台でコントロールできるようなハイテクなホテルもあります。

 しかし、ディズニーホテルでは、そのようなハイテクノロジーを導入しても、利便性の向上どころか、ゲストの不便を招く可能性の方が高いのです。

 わたしたちディズニーホテルでは、ほとんどのゲストが1泊のみのご利用です。「3日使ってようやく使いこなせる」高度すぎるテクノロジーはふさわしくありません。

 ランプにスイッチがついている。トイレの前にスイッチがある。そんな「当たり前のところに当たり前のものがあるわかりやすさ」がなによりも大切です。小さなお子さんから、おじいちゃんおばあちゃんまで、どんな世代の人も使いやすいつくりでなくてはいけません。

 ですから、なるべくシンプルな設計を心がけています。

 以上の実例と考え方を踏まえ、最新テクノロジーに対してわたしたちディズニーホテルがとっている方針はこうです。

「待ち時間が長い」といったゲストの不満を解消したり、キャストの業務が効率化できる最新テクノロジーは積極的に導入する。そして、効率化したぶんの時間を使って、ゲストとのコミュニケーションを増やし、ゲストの不安を解決する。

 ただし、積極的に導入するとは言っても、ゲストに合わせて、過剰ではないテクノロジーだけを導入しています。

 もちろんこれは「すべてのホテル」にとっての正解ではありません。あくまでも「わたしたちディズニーホテル」にとっての暫定解です。

「顧客目線」と「経営者目線」、どちらかに偏ってテクノロジー化を推し進めてしまえば、ビジネスを転覆させるきっかけになりかねません。「2つの目線」の両面からバランスよく考えて、「わたしたちのお客さまにとって」より良いサービスを提供する。それが最新テクノロジーの導入におけるもっとも大切なポイントだと思っています。

<連載ラインアップ>
■第1回 ディズニーホテルの経営トップは、なぜ「ホテルめぐり」を続けるのか?
■第2回 ディズニーホテルの経営トップが、他のホテルを視察する時に守っている「2つのポリシー」とは?
■第3回 全てのホテルにプールが必要なわけではない ディズニーホテルにとっての「ラグジュアリー」とは?
■第4回 ディズニーホテルは、なぜオンラインチェックインを導入しても、客室をハイテク化しないのか?(本稿)

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筆者:チャールズ・D・ベスフォード

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