杉咲花「尊敬するのは母。見返りを求めない愛を捧げる姿に、こうありたいと思う。家族の愛を求める役を演じて」

2024年2月14日(水)12時0分 婦人公論.jp


撮影◎米田育広

『湯を沸かすほどの熱い愛』で第40回日本アカデミー賞最優秀助演女優賞を受賞。その後も多くの映画賞を受賞するほか、『とと姉ちゃん』『おちょやん』など、ドラマでも幅広い役に挑戦している杉咲花さん。2024年3月1日公開の映画『52ヘルツのクジラたち』では、主人公の三島貴瑚役を演じる。両親からの虐待や搾取に苦しみ、大きな喪失をも経験する難しい役どころに挑んだ杉咲さんが、作品を通して伝えたい想いを語る。
(構成◎碧月はる 撮影◎米田育広)

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原作を購入したタイミングでのオファー


町田そのこ氏による長編小説『52ヘルツのクジラたち』(中央公論新社)が原作である本作では、虐待やヤングケアラー、トランスジェンダー当事者が晒される差別など、多くの社会課題が描かれている。杉咲さんが本作の主人公・三島貴瑚役のオファーを受けたのは、驚くべきタイミングだった。

本作で牧岡美晴役を演じた小野花梨さんとは、もともと友人なんです。読書家の花梨に、ある日おすすめの本を聞いたら、原作である町田そのこさんの『52ヘルツのクジラたち』を教えてくれて。その時、「主人公の貴瑚役は、花に合っている気がする」と言ってくれていたのですが、まさかそこから本当にオファーをいただけるとは思っていなかったので、驚きました。

原作を購入したタイミングでお声がけいただき、さらには作品をすすめてくれた花梨に貴瑚の友人である美晴役のオファーが届くという——運命めいたものを感じる瞬間が多い作品でした。

原作では、「三島貴瑚」という人間が痛みを感じながらも、自身も周りの誰かを傷つけてしまう姿が描かれていて、これは現実社会でも起きている話だと感じました。貴瑚には、少々がさつなところがあるのですが、不器用ながらに起こした行動が、根っこにある気持ちを相手に響かせられるような瞬間というものがあるのだな、と感じたりもしました。貴瑚という人物に思いを馳せていると、善と悪の境界線はとても曖昧であることを実感しますし、ハッとさせられることが多かったです。

知識を蓄えることと現場の空気、どちらも大切に


杉咲さん演じる貴瑚は、両親からの虐待と義父の介護を強いられる日々の最中、友人の美晴とアンさんに出会い、大きな転機を迎える。印象に残った場面、役作りにおける杉咲さんの姿勢とは——。

今回、貴瑚という役を演じるにあたり、貴瑚のようにネグレクトやヤングケアラーとしての経験を持つ当事者の方や、有識者の方々に取材をさせていただきました。当事者の方々が生きてきた暮らしの実状がうつるような物語に対しては、特にできる限り知識を深めて準備をしていきたい気持ちがあります。

ただ、役柄における内面的なことに関しては、撮影現場の空気感や、その時々で見える景色、対面する相手によって生まれてくるものを真実として捉えていたい気持ちがあるので、事前に準備をしてプランを持ち込むということはあまりしていません。


クランクインして3日目に撮った居酒屋でのシーンは、特に印象に残っています。貴瑚の精神がギリギリの状態からはじまるシーンだったので、その感覚をどこまで自分の中に落とし込めるだろうかという緊張感がありました。撮影なので、当然ながら繰り返し演じるわけですが、鮮度を保ちながら演じなければいけないプレッシャーもある中で、内容的にも非常に体力のいるシーンでした。

貴瑚の新しい人生がはじまる瞬間でもあったので、その扉をアンさん(岡田安吾)演じる志尊くんや花梨や現場の皆さんと開いていくことのできた感覚があり、とても印象深いシーンです。

旅先で出会ったエッセイと、“母”への想い


ドラマや映画の撮影で多忙な日々の中、新たな趣味を楽しんでいる杉咲さん。プライベート時間の充実に一役買っているのは、運転する時間だという。

昨年免許を取ったのですが、最近はとにかく運転が楽しくて。何かにつけて車で出かけています。岩手の盛岡に1人旅をした時も、レンタカーをしてドライブしました。車って、1人の空間のまま移動できることがすごいですよね。感動しました。自分のタイミングでぶつぶつ独り言を言ってもいいんだ、みたいな。(笑)

盛岡は、本当に素敵な土地でした。旅行中、「BOOKNERD」という書店さんにお邪魔したのですが、そこで出会った本もすごくよかったんです。向坂くじらさんの『夫婦間における愛の適温』というエッセイなのですが、暮らしの中で感じる眩しさや切ないこと、幸福であることをこんなにも豊かに書き起こせる方がいるんだ、って。本当に愛おしい1冊で、読み終わってすぐにもう1度読み直してしまいました。

“他者と共に生きていく”ことに対して、向坂さんの視点がすごく素敵だなと思ったんです。起こった事象をどう捉えて、どう表現するのかという部分に向坂さんのオリジナリティが溢れていて。表紙の装丁もとても可愛らしいんです。


“家族”という観点でいうと、私が1番尊敬しているのは母親です。見返りを求めない人で、愛を捧げ続ける姿に尊敬を抱きます。母に接するたび、自分もこうありたいなと思います。

仕事に限らず、出会った方々と関わっていくことが、自分自身の感覚や価値観を見つめ直すきっかけにもなっています。そういった変化は、生活や関わる作品にも反映していくものだと思うので、これからもひとつひとつの出会いを大切にしていきたいです。

1人でも多くの観客に居場所を見つけてほしい


アンさんと美晴との出会いを通して、新たな人生を踏み出した貴瑚。しかし、その後に大きな喪失を経験し、誰にも告げず失踪してしまう。引越した先で、貴瑚は愛(いとし)という少年に出会う。愛は、母親から日常的に虐待を受けていた。愛に出会ったことで、貴瑚の生活は一変する。

痛みを抱えた貴瑚は、アンさんとの出会いによって人生が変わりました。でもその過程で、人を傷つけてしまうこともあって。そこで学んだことを「成長」と呼ぶことはできないけれど、間違いなく今までとは違った領域に達しているはずなんです。

そんな状態の貴瑚が「愛」という存在に向き合った時、貴瑚にしかできない関わり方をしていく。その姿を見て、寂しさや孤独の只中にいる方が1歩踏みとどまって、明日も朝がくることに希望を抱けるような気持ちになってもらえたとしたら、本作が作られたことに意味が生まれる気がします。

“痛み”は人それぞれにあるものだから、どう関わっていくかは実際すごく難しい問題だと思います。比べられるものではないし、簡単に「わかる」と言えるようなものでもない。それでも関わろうとする気持ちというのはきっと相手に届くはずですし、貴瑚にとって愛がかけがえのない存在であるように、愛にとっても貴瑚がそのような存在に変化していくことが、貴瑚の心のよりどころになっているのではないでしょうか。

世の中には、自分たちが想像し得ないようなものを抱えている方がきっとたくさんいると思うんです。貴瑚や愛やアンさんのように、52ヘルツの声を持った人も、その声に寄り添いたいと思う人も、まだその声が聞こえない人も、みんなに聞こえるヘルツで誰かを傷つけてしまったことがある人もきっといて。

そんなたったひとりの生活者たちに、温もりや気づき、希望のようなものが感じられる作品であったら嬉しいですし、1人でも多くの観客が、映画館に居場所を見つけられる作品であってほしいと願っています。


婦人公論.jp

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