吉原光夫「ひたすら演技がうまくなりたいだけ」 演技への真摯な思いを持って新たなミュージカルへ挑む【インタビュー】
2024年2月14日(水)13時24分 エンタメOVO
−オファーを受けて、最初に脚本を読んだときの感想を教えてください。
最初に声かけてもらったときには、この作品知らなかったので、なんのこっちゃという感じでした。ただ、すでに何人か決定されているキャストの方がいらっしゃったので、こんな方たちとやれるんだということに驚いた覚えがあります。その後、海外でよく観劇している友人にも話を聞いたら、みんな知っていたんですよ。それで、どんな作品なんだろうと自分でも調べたら、9.11の話というので、日本で、日本人で上演するのは難しいのかもしれないですが、その山を乗り越えてでも表現したらすごい世界が待っているんだろうなと思いました。
−そうした実話を基にした作品を上演するということに対しては、どんな思いがありますか。
この作品だけでなく、これまでにもそうした作品には出演したことがあるのですが、非常にセンシティブに、慎重にやっていかなくてはいけないといつも思っています。正直にいうと、今回、ニューヨークに住んでいらっしゃる演出家の方々がこの作品のために来日されていて、当時の話を色々としてくださるんですが、それを聞いても僕たちの感覚とはまったく違うなと感じています。その出来事がアメリカ人もしくはその関係者の人たちにどういう影響を与えたのかということを伝えるために、工夫をしていかなくてはいけないなと思っています。
−今回は、兼役で何役も演じられるということですが、メインで演じるオズという役柄について教えてください。
今回は、全員がメインキャストですが、濱田めぐみさんが演じるビバリーを中心に物語は進んでいきます。その中で、オズは、ガンダーという町の、おそらくはお調子者の警察官という人物です。町の色彩を出す上では重要な役なのかなと感じています。今(取材当時)、稽古が始まって2週間ほどですが、とにかく大変なんですよ。インタビューで稽古が大変だという話をすることは結構あると思いますが、かつての俳優さんたちが大変だと言ってきたレベルとは違う大変さで…。立ち位置や動作の指定が細かくて、それを全員が覚えなくてはいけない。僕は劇団四季にいたので慣れている方だと思いますが、慣れていても苦しくなるほど大変なんです。なので、このキャラクターがどうかというところまでは、まだいけていないというのが正直なところです。ただ、ガンダーという雄大な厳しい大地のもとに育った、ちょっと天然な優しい人たちの表現として、オズという役柄は必要な要素なのかなと思います。
−ミュージカル界を代表するキャストがそろっている本作ですが、稽古場の雰囲気はいかがですか。
めちゃくちゃいいですよ。とにかく、この作品は団結しないとできないので。例えば、自分たちでイスを動かさなければいけないのですが、一つでも置き間違えたら誰かが座れなくなってしまうので、みんな常に周りを気遣っています。今まで自分のことだけ考えてきた俳優を集めて他人のことを考えさせるという、ある意味リハビリみたいなものをしている気がします(笑)。
−共演者の方々の印象は?
皆さん、色々な座組を経験、腹が座っているなと感じます。劇団四季の先輩で、僕が入団した頃からトップを走っていて、今でもトップを走り続けているハマメグ(濱田)さんと、久しぶりにガッツリと同じ作品に携われるので、それも感慨深いです。培ってきたものや経験してきたものが、彼女をどんどん彩っていろいろな役に導いている。日本のミュージカル女優の形を作ってきた人なんだなと、改めて感じています。浦井(健治)くんとは、稽古場で席が隣です。稽古が始まる前は、浦井くんと仲良くなれるはずはないと思っていましたが、今、すごく仲いいです。
−ところで、昨年は大河ドラマや日曜劇場など、映像作品でも活躍されました。映像作品での現場では、どのような楽しさを感じていますか。
映像の方は、まだ経験が少ないので、必死にやっています。ただ、座組みに恵まれているのか、映像界もすごくクリエーティブなものを作ろうとする力が強いことを感じていて、僕はそれがすごく好きです。色々なことを試してみたり、僕から出てくるものに対してきちんと意見を交わしてくれたりする世界が好きですね。
−舞台との違いはどんなところに感じていますか。
舞台と映像で演じ分ける方も結構いらっしゃいますが、僕はそれはしていないんですよ。フォーカスやベクトルの強弱の違いだと思うので、演技法を変えるということは、今のとこあまりしていません。ただ、映像は舞台と違って最初から最後まで順番に演じるわけではないので、温度を失わないようにとは思っています。僕は集中力がうまく使える方ではないので、舞台よりもしっかりと、そのシーンの前の心情に体を慣らして作るようにしています。
−以前から映像作品でのお芝居にも興味があったのですか。
そうですね。小さい頃からコアな映画を父親と一緒に見ていたので、映画は好きでした。それから、人間模様の最終形態は、舞台よりも映像のような気がしています。寄った映像で見せることでしか分からないものがあるじゃないですか。カット割りをバンバン入れることによって軸が飛んで、たくさんの情報量を提供できるのも映像だからできることだと思います。なので、そうした世界で一つの役を演じ切るということには興味がありましたし、やってみたらやっぱり面白いと思っています。
−舞台に出演する際に、映像での経験が生きていることを感じることはありますか。
自分は間違ってなかったんだなとは感じています。日本の舞台界は、演技方法がバラバラなんですよ。歌舞伎の人がいたりとか、2.5次元からきている人もいたり、ミュージカルをやってきた人がいたり、色々な人がいる。それが、一斉に集まって、ごった煮のように演技をして、みんな傷つけないようにリスペクトしたふりをしている。けれども、海外では、全員が分かるエチュードがあって、共通した方法を持っている。日本の場合は、そうしたエチュードをみんなが知らないからぐちゃぐちゃな状態で、自分が否定されたり、自分が違うのかなと思うことも多かったんです。そんな中、映像で自分の完成した演技を見たり、監督と話していくうちに、舞台でやっているものがこうして使えるのだから、自分は間違った演技方法ではなかったのかなと思えるようになりました。それに、映像に出ることで1発の集中力は出たのかなとも思います。その集中力は、舞台でも使えるのではないかなと思います。
−今後はどのような活動をしていきたいですか。
僕はあまり野望というものがなく、ただ、ひたすら演技がうまくなりたいだけなんです。うまい俳優、いい俳優になりたいという思いが強いので、そこに向かって精進するしかないと思っています。それから、45歳になり、そろそろ未来を担う若手たちの環境を考えていかないといけないなと思います。舞台界も色々な問題があります。例えば働く環境もそうですが、少しでも呼びかけをして環境を改善していくことが大事だなと思います。僕たちが頑張ってきたんだから同じ道を通れというような大人にはなりたくない。少しでもいい環境で渡してあげたいと考えています。
−最後に改めて本作の公演を楽しみにしている方にメッセージを。
9.11の裏で起きた出来事を描いた物語ですが、われわれにとっての3.11や数々の災害、困難が起こった時も同じことだと思います。自分はどこにいればいいのか分からなくなった時、周りの人たちが無条件でここにいていいと言ってくれ、寄り添ってくれる人がいるかもしれない。今はSNS上や学校などでも小さなテロやいじめ、正義を振りかざした攻撃が日々、行われていますが、攻撃する側になるのか、それとも寄り添う側になるのかを考えさせられるミュージカルになっていると思います。
(取材・文・写真/嶋田真己)
ブロードウェイミュージカル「カム フロム アウェイ」は、3月7日〜29日に都内・日生劇場ほか、大阪、愛知、福岡、熊本、群馬で上演。
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