テレビ解説者・木村隆志のヨミトキ 第88回 『志村けん』アーカイブ特番の好評で見えたフジテレビのあるべき姿…「バラエティのフジ」を印象付けておく重要性
2025年2月25日(火)13時38分 マイナビニュース
●Xで関連ワードがトレンドに続出
24日夜、『国民が選ぶ! 志村けんの爆笑ベストコント30』(フジテレビ)が放送され、X(Twitter)のトレンドランキングに番組名のほか、「だいじょうぶだぁ」「ひとみばあさん」「芸者コント」「志村けん ビートたけし」「田代まさし」「いしのようこ」「松本典子」などが飛び交った。
さらに特筆すべきは「今も昔も面白い」「普通に再放送してほしいなあ」「懐かしすぎて泣いた」などのポジティブな声が多くを占めたこと。中には「志村けんさんが亡くなって、もう5年経つのに番組作れるって、フジってこういうのできるのってすごい」とまで称えるものもあった。
もちろん志村けん個人の人気は大きいが、何をやっても叩かれるフジテレビの現状を踏まえると、ここまで好反響だったことに驚かされる。現在、「フジテレビで放送されているCMは大半が自社系コンテンツのPR」という苦況が続き、明るい兆しは見えていない。「CM収入が得られない」という制作費の危機が叫ばれる中、このようなコメントは今後に向けたヒントになるのだろうか。
もちろん3月末に予定されている第三者委員会の調査結果に向き合っていくことは前提だが、ここではフジテレビが現在の危機を乗り切っていく上で番組制作上のポイントをテレビ解説者の木村隆志が挙げていく。
○「やっぱり面白い」と思わせる戦略
苦境を乗り切っていく上で、今回のようなアーカイブを活用していくことは最善策と言っていいかもしれない。
実際、『志村けんの爆笑ベストコント30』は、コントの面白さはもちろん、ビートたけし、松田聖子、中森明菜、西田敏行、菜々緒、二階堂ふみらとの共演シーンには「この番組でしか見られない」という希少価値が感じられた。
何より大きいのは「フジテレビはやっぱり面白い」と再び思ってもらうきっかけになり得ること。また、局員たちにとっても自局のあるべき姿を再確認し、苦境を耐えて踏ん張る力になるのではないか。
しかも、今回のような視聴者が選ぶ形式を用いることで「番組に参加している」という感覚が芽生え、ひいてはフジテレビへの愛着につながっていく。ちなみに同番組の投票期間は、ちょうどフジテレビに危機が訪れた今年1月からの1か月間だった。そのためフジテレビへの愛着や期待感がある人々からの投票だった感があるが、このような「問題さえ解決されたら、かつてのように楽しませてほしい」というムードをどのように高めていくかが重要だろう。
今回は『志村けんの爆笑ベストコント30』と題して、『ドリフ大爆笑』『志村けんのだいじょうぶだぁ』『志村けんのバカ殿様』の3番組を対象にした総合企画だった。今後、本気でアーカイブをフル活用していくのなら、企画の切り口、演出と出演者などの工夫は必要だが、それぞれの番組で特番を制作していいかもしれない。
番組ジャンルで言えば、コントだけでなく、その他のお笑い系バラエティ、トーク、クイズ、音楽などのアーカイブも活用できるだろう。例えば『クイズ ドレミファドン!』は現在ドラマの番宣特番として活用されているが、イントロクイズやその他の音楽ゲームの過去映像を編集して見せるなどもアリではないか。
●GP帯で特番枠を持つフジの強み
アーカイブを活用するメリットは予算面だけではなく、クレーム予防という側面も見逃せない。
現在フジテレビが手がける番組は常に「人権を侵害していないか」「これはハラスメントではないか」という厳しい目にさらされている。しかし、アーカイブの場合は「昔の映像だから」とある程度スルーしてもらえるだろう。
また、今回は冒頭に「この番組は、志村けんさんのコントの足跡をたどり志村さんの歴史の集大成を視聴者の皆様と振り返るという主旨で制作しており、当時の映像をそのまま使用しております。」というテロップを表示させていたこともあってか、批判の声は少なかった。
「過去映像とはいえフジテレビはなりふり構ってる場合ではない。もっとやれ!」というコメントもあったように、単純に笑える番組を求めている人は多い。もちろん選んだ映像や編集が面白くなければ、「人権侵害?」「ハラスメント?」などの批判を受けやすいだけに、作り手のセンスが問われている。
そもそもアーカイブを生かした番組は「ひさびさに見ても面白い」のが前提条件であり、選択や編集を間違えなければ「何度見ても面白い」ものでもある可能性が高い。「ポジティブなマンネリ」として楽しんでもらえるため、うまく活用できれば当面の苦しい時期はしのげるのではないか。
また、それらを放送する上で見逃せないポイントは、フジテレビが民放主要4局のゴールデン・プライム帯で唯一、レギュラーの特番枠を持ち、しかも『土曜プレミアム』(土曜21:00〜)、『カスペ』(火曜20:00〜)と2つもあること。
これまで特番が「フジテレビのバラエティは面白い」というイメージを作り、レギュラー番組の供給源にもなってきたのは間違いないだろう。それだけに苦しい現在においても、いかにこの特番枠を有効活用して「やっぱり面白い」「今後も期待したい」と思わせられるかが大切ではないか。
○鍵を握る重点投資する番組の選択
もちろんアーカイブの活用ばかりではすぐに飽きられ、「過去の遺産にすがる」などと揶揄(やゆ)されてしまうだろう。
新規コンテンツを作ることが予算・人員的に難しいのであれば、どうしていけばいいのか。既存番組の中から「これ」というものに絞って予算を投入していきたいところだ。言わば「制作費のメリハリをどうつけていくか」がこれまで以上に問われている。
ネット上に「今年は難しいのではないか」という声が出ていた『ENGEIグランドスラム』の3月8日放送が発表されたとき、Xのトレンドにランクインし、歓喜の声が上がっていた。次の放送が待望される『ザ・細かすぎて伝わらないモノマネ』『IPPONグランプリ』『THE CONTE』なども同様の現象が起きるかもしれない。
既存特番でも予算の削減は避けられないが、「こういうときだからこそ放送することに意義がある」というコンテンツを多数持っていることもフジテレビの強みだろう。ロケへの協力要請にも支障が出る中、「スタジオで完結できる」などの条件も含め、重点投資する番組の選択が人々の印象や愛着を左右していくのではないか。
それがうまくいけば、悩ましい日々を送る社員にも「フジテレビはやっぱり面白い」「まだまだ大丈夫ではないか」というポジティブなムードが生まれるかもしれない。同局の人々と取材や雑談で話していると、「そこまで言われるほど悪い会社ではないと思う」「自分も周囲も悪いことはしていない」と悔しさを漏らす人がいて、彼らにとっても笑いのある番組は必要に見える。
第三者委員会の調査結果を筆頭に先行きは不透明だが、視聴者に笑いをもたらし、「バラエティのフジ」を印象付けておくことは重要だろう。
木村隆志 きむらたかし コラムニスト、芸能・テレビ・ドラマ解説者、タレントインタビュアー。雑誌やウェブに月30本のコラムを提供するほか、『週刊フジテレビ批評』などの批評番組にも出演。取材歴2000人超のタレント専門インタビュアーでもある。著書に『トップ・インタビュアーの「聴き技」84』など。 この著者の記事一覧はこちら