【映画と仕事 vol.20】アートディレクター石井勇一が語るポスター&パンフレットのデザインの世界

2023年3月5日(日)18時30分 シネマカフェ

アートディレクター石井勇一

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学生時代、ひとり暮らしの部屋に貼っていたお気に入りの映画のポスター、ずっと捨てられずにいまも手元にある思い出の映画のパンフレット、映画館に足を運ぶたびに集めたスタイリッシュなデザインのチラシ。

映画の楽しみは映画そのものだけではない。劇場に足を運んでもらうための宣伝ツールであるポスターやチラシ、作品への理解を深め、映画の余韻を味わうための(もちろん、映画会社にとっては売り上げにもつながる)パンフレットもなくてはならない映画のカルチャーの一部である。

そんな映画ポスター、チラシ、パンフレットの分野で近年、邦画・洋画を問わず、次々と話題作のビジュアルデザインを担当しているのがアートディレクター、デザイナーの石井勇一である。『ムーンライト』、『君の名前で僕を呼んで』、『花束みたいな恋をした』、『Mid90s ミッドナインティーズ』、『燃ゆる女の肖像』、『わたしは最悪。』…とこれまで担当した作品を並べてみるだけで、いかに彼が映画ファンの心をくすぐる仕事をしてきたかがわかる。

ちなみに、この2月はパク・チャヌク監督作『別れる決心』、ジョージ・ミラー監督『アラビアンナイト 三千年の願い』、そして、カンヌ国際映画祭の最高賞パルムドール受賞作で、アカデミー賞作品賞、監督賞、脚本賞にもノミネートされている『逆転のトライアングル』という3本の劇場公開作品で日本版アートディレクションを担当している。

映画に携わる“仕事人”にその裏側や魅力について話を伺う【映画お仕事図鑑】。今回は、『逆転のトライアングル』の公開に合わせて、石井さんのお仕事についてたっぷりと話を聞いた。

映画のポスターやパンフレットのデザインに関わるようになった経緯

——映画のみならず、様々な分野でアートディレクター、デザイナーとして仕事をされていますが、そもそも石井さんが映画のポスターやパンフレットのデザインに関わるようになった経緯を教えてください。

独立してもうすぐ10年になりますが、それ以前のアシスタント時代に所属していた事務所がこうした映画のデザインの仕事を手がけていて、僕は補佐する立場で関わっていました。当時、一緒に仕事をさせていただいていた配給会社の方が、僕が独立して2年ほどしたタイミングで声を掛けてくださって、こうした映画関係の仕事をするようになりました。

——もともと映画はお好きで、映画に関わるデザインをしたいという思いはお持ちだったんですか?

そうですね。昔から映画は好きでしたし、最初の事務所を選んだ際も、ファッション、映画など多角的にやっている事務所だったというのが、理由としてありましたね。

あとは、ポスター文化というのはずっと前から根強くあって、特に20〜30年前くらいは映画のポスターってデザインの仕事における花形でしたので「デザイナーたるもの、ポスターの仕事をすべし」という思いはなんとなく昔からありました。ポスターを作品にできる仕事というと、意外と限られているんですけど、映画ってかなり自由に展開できる媒体なんですね。

——お仕事で関わる以前に個人的に好きな映画のデザインやポスターなどありましたか?

初めてポスターを自分で買ったのは『トレインスポッティング』でしたね。あれは強烈に刺さりました。あのカルチャー、ロンドンのぶっとんだ世界の若者たちが人生を謳歌していて、それがメッセージとして発信されていて、それらがデザインとしてカッコよく落とし込まれているんですよね。

あのポスターは迷わず買いましたし、ピチピチのTシャツまで買ってしまった覚えがあります(笑)。いまでも忘れられないデザインですね。

——奇しくも独立されて、初めてデザインを手がけた作品が、『トレインスポッティング』と同じくロンドンを舞台にした映画『追憶と、踊りながら』だったそうですね。その後、アカデミー賞作品賞を受賞した『ムーンライト』をはじめ、次々と話題作を担当することに?

そうですね。『追憶と、踊りながら』の後、『ムーンライト』を担当させていただいたんですが、後になって聞いてみると『追憶と、踊りながら』のチラシや試写状を見てくださった配給会社の担当の方が気に留めていてくださって、1年後くらいにお声がけいただいたんです。それくらいからですね、いろんなお話をいただけるようになったのは。

——2月だけで石井さんがデザインを手がけた作品が3本公開されるなど、かなりハイペースに様々なジャンルの作品を手がけられている印象です。

まあ、この時期はアカデミー賞が3月にある関係で、作品が込み合う時期だというのはありますが、たしかに映画の仕事の割合は増えていますね。他にも、書籍の装丁やファッションのブランディングのロゴまわりのことなどもやっていまして、そちらの仕事もありがたいことに増えてはいるんですけど…。独立してもうすぐ10年ですが、徐々にやりたい仕事にフォーカスしてきているのかなと思いますね。



日本独自のポスターデザイン、完成までの工程

——ここから具体的に映画(洋画)のポスター、チラシ、パンフレットなどのデザインの仕事をどのように進めていかれるのかうかがってまいります。

まず最初にお話をいただいたら、初号試写と呼ばれる関係者・マスコミ向けの試写があるので、そこで作品を拝見した上で、引き受けられるかどうかを決めます。

そこで正式にお引き受けすることになったら、その後、1か月くらいをかけて(ポスターやチラシで使用される)メインビジュアルを開発していきます。

実は、その間にムビチケの入稿期限があることが多いので、ムビチケの画像に関しては、本国のビジュアルを使い、仮ロゴとして組んだものを入稿したりする場合もあります。なので、みなさんの手元に届くムビチケのビジュアルは、実は最終的なビジュアルやロゴとは全く違うものだったりする場合もあります。

これは余談ですが、昔の「前売券」全盛の頃は、メインビジュアルを決めて、マスコミ用の試写状を作って、その後のタイミングで前売券を作っていたんですけど、ムビチケは少し早いんですね。

その後、メインのビジュアルが決まって…と言ってもすんなり決まればいいんですが、なかなか決まりにくい作品性の場合もあって(苦笑)、そういう場合は事前に複数案を提案して絞り込んでいきます。そこで方向性が決まったら、チラシの裏のデザインに移ります。このあたりは毎回、時間がありそうで意外とないことが多くて、一番つらい時期ですね(笑)。

それを越えると、マスコミ用のプレス、映画館で販売されるパンフレットを作っていきます。

——メインビジュアルが本国のポスターなどで使用されていたものから変わることは多々あるのでしょうか?

そうですね。そこは宣伝の方向性にもよります。日本と本国で、映画の宣伝方法が異なるという部分が大きいと思います。日本だと広告性を重視していて、とにかく数を動員しないといけないという方向で動いていて、打ち出し方が広告に近いんですよね。

作品性やアート性を出し過ぎても、(ポスターの前を)素通りされてしまいがちなので、その作品からどういう感動や感覚を得られるかを説明しないと実際に人が動かないという実情は昔からあります。コピーなしのファンポスターみたいな感じでいけるかというと難しいんですね。

今回の『逆転のトライアングル』で言うと、本国のビジュアルを派生して作っているんですけど、そうじゃなく全くガラッと変えて、劇中のシーンからビジュアルを切り出して使うこともありますし、そこはわりと自由ですね。

——洋画が日本で公開される際のポスタービジュアルや邦画タイトルが、本国のものとかけ離れていたり、その作品の持っているアート性が反映されていないということがSNS上で批判を呼ぶこともあります。コアな映画ファンとなかなか劇場に足を運ばない人々がいる中で、後者を広く呼びこまなくてはいけないという部分で難しい部分、ジレンマもあるかと思いますが…。

そういう様々な意見が飛び交うのは良いことだと思いますし、批判的な意見もありがたく受け止めています。ただ、そこはおっしゃるようにジレンマもありまして、普段、あまり映画を観ないという方にもいかに劇場に足を運んでもらうか? というのが、多くの場合、映画ポスターの目的なので、ペルソナ(=ターゲットとなるユーザー像)を決めて、作っていくというのが日本独自のやり方だと思います。

——今回の『逆転のトライアングル』のポスタービジュアルは、傾いた黒い枠の中に、豪華客船に乗り込んだセレブたちがくつろいでいる姿が映りつつ、後部では炎上が起きているというゴージャスさと不穏な空気が混在した構図になっています。そして、映画を観た人ならわかる黄金の“あるもの”がポスターにもぶちまけられていて…というデザインですが、どのようなコンセプトで作られたのでしょうか?

作品性の高さという点では、カンヌでパルムドールも獲っていて、ファンや映画好きは間違いなく動く作品だと思うので、あとは若い人たち、特に皮肉も含めてファッション文脈の多い作品でもあるので、そういうのが好きな人たちにも広げるという意味で、感度を上げていかないといけないだろうと思いました。

ファッションブランドで、フチをとって背景を白にする角版(切り抜き)をあえて内側に入れるデザインというのをよくやるんですね。黒枠は「CHANEL(シャネル)」や「CELINE(セリーヌ)」といったブランドで、昔からよくあるもので、下にシンプルにロゴをバンっと入れるというものなんですけど、意外とこのスタイルってファッションでしか見たことがなかったんですよね。あの面白い文化を上手く皮肉に落とし込めたらいいなというのが最初に思い付いたアイディアでした。

あとはこの写真をどう調理してはめるか? いくつかのパターンを提案しました。写真が斜めに傾いているのは、本国のビジュアルでも船長だけが斜めになっているものがあったので、それをあえて正対にして、全体が斜めになるようにしたら、ポスターとして貼った時に、なぜか曲がっている違和感が人間の錯視的に引っ掛かるだろうと考えました。

加えて、ポスターとして貼られた時、今回の作品でも非常に印象的な“ゲロ”がポスターに掛かっていたら、それ自体がセンセーショナルだし、そんな汚いポスターはいままでないだろうと(笑)。でも、加工されてそこまで汚くはないんですよね、シャンパンだからなのか…(笑)。あの「キレイなのにグロい」という謎の違和感を出せたら良いなということで、あえて金のインクをアナログ的に垂らして作っています。

富豪の象徴としての金(ゴールド)やシャンパンゴールドのゲロという、ポスターを見て「なんかキレイだけど、これは何だろう?」と思ってもらえて、映画を観ると手にも取りたくなくなるような(笑)、そんな二面性を出せたら面白いなと思いました。

——序盤のレストランでの「誰がデート代を支払うか?」という口論を中心とした、モデルでインフルエンサーのヤヤとカールのカップルのパート、中盤の豪華客船パート、そして、船が難破し、たどり着いた無人島でのサバイバル生活のパートと本作はパートごとに雰囲気がガラッと変わります。この豪華客船のセレブたちの姿をメインビジュアルにした決め手は?

この映画、いろんな切り口があって、おっしゃるように場面ごとに全く雰囲気も変わるので、いろんなつくり方ができたと思います。ただ、この場面が一番、これからまさに逆転が起こる直前の違和感があるんですよね。我々からしたら、豪華客船に乗ってシャンパンを飲みながらのんびりしている様子って、思い切り“非日常”じゃないですか? しかも、後ろのほうを見ると炎上しているというのは、フックとしてすごく良いレイヤードをしているなと本国のビジュアルを見て思ったんですね。

しかも、海の先には島があって、“逆転”してのし上がるアビゲイルの姿も控えていて……というビジュアル性の高さを1枚でうまく表しているんですよね。シンメトリーの構図も美しいですし、よくできたビジュアルだなと思ってこれを採用しました。

——ちなみに、洋画と邦画ではポスタービジュアルのデザインの工程、コンセプトなどは大きく変わってくるのでしょうか?

全然違いますね。同じ業界ですが、つくり方も時間も違ってきます。邦画ですと、撮影される前からお話をいただくことも多いですし、それこそ昔は台本の表紙のデザインからスタッフTシャツまで担当することもありました。

洋画はスケジュール的に、短い時で3か月、長い時でも6〜7か月ですが、邦画なら1年半前からということもあります。邦画のほうが、製作委員会があったり、関係者の数も多いですし、各俳優さんの所属する事務所の確認などもありますので、工程数も大きく変わってきます。

——先ほどお話に出たような、日本の映画興行におけるポスタービジュアルに対する批判がある一方、近年、邦画でもアート性の高いポスターやチラシが掲出され、話題を呼ぶことも増えてきました。『花束みたいな恋をした』、『はい、泳げません」などではティザーポスターで、キャストの写真を使わず、イラストを使っているのも話題になりました。それぞれの作品のキャストの豪華さ(『花束みたいな恋をした』は菅田将暉有村架純、『はい、泳げません』は長谷川博己綾瀬はるか)を考えると、なかなか稀有なケースかと…。

あのティザーに関しては、配給・製作会社がリトルモアさんだったという部分が大きいと思います。わりと文化的アプローチを好まれるプロデューサーさんが多いので、イラストを使ったりして何かしらのフックをつけて気に留めるというやり方を採用されていました。制作の時間が長いゆえに、そういう戦略が広がってきていて、それは良い傾向だなと思います。



「買いたい!」となるようなものを日本オリジナルで

——改めて、石井さんが考える映画ポスターの役割、デザインする上で大切にしていることを教えてください。

僕の中でポスターって、それこそ昔『トレインスポッティング』を思わず買ってしまったように、昔は1000円くらいで劇場などで売っているものだったんですよね。いま思うと、すごく良い時代だなと思うんですけど、そういうのが理想としてありますね。

思わずほしくなって「買いたい!」となるようなものを本国のものではなく日本オリジナルで作ることができたらという思いはあります。(観客の興味を惹くための情報を伝えるという)機能は持ちつつ、憧れの存在としての映画のポスターというものは保っていきたいなと思っています。

——その一方で、パンフレットは基本的に映画を観た人が、さらにお金を出して買うものであり、あちこちに掲出されるポスターとはまた役割や意味が違うものだと思います。パンフレットをデザインされる上で意識していることはどんなことですか?

やっぱりパンフレットって映画を観て、作品性を理解した上で読まれるものなので、劇場を出てもそのまま手元に取っておきたくなるようなものであってほしいなと思っています。

僕自身、いまだに捨てられない映画のパンフレットってあって、何度か引っ越すタイミングで「捨てるか?」「いや、これは捨てられないよなぁ…」と(笑)。そこがパンフレットの寿命なんですよね(笑)。そこで何十年も取っておきたくなるものにしたいし、いろんな思いがあったり、当時の自分につながっているものだったりするので、その思いに寄り添える媒体でありたい。それが、あえてフィジカルなパンフレットの面白さですよね。

——先日、公開を迎えた『別れる決心』のパンフレットもTwitter上などで話題になっています。茶封筒に入っていて、しかも絆創膏で留められているという…映画を観た人にはたまらないつくりになっていますね。

『別れる決心』に関していうと、「捜査資料」というポイントでまとめることができたので封筒というアイテムが使えるなと考えました。じゃあ封を留める必要があるな…なにか留める文脈ってあったかな? 映画の中に絆創膏が出てきたけど、あの登場人物なら絆創膏で留めてもおかしくないなと。そうやって、キャストの存在も含めた作品性、文脈にうまくハマると、こういうことが起きるんですね。毎回、そうやってモヤモヤと妄想を広げながら、つながる部分を見出していく感じですね。

——そして『逆転のトライアングル』のパンフレットもちょっと変わったつくりになっていますね。雑誌をモチーフにしているようですが…?

これは豪華客船の船内誌をイメージしています。飛行機でよく見る前の座席の網棚の部分に置いてあるなんとも言えない独自のラグジュアリー感、かつ販売をしてない媒体というあの皮肉さを本作のシュールな違和感のあるビジュアルとハメたら面白くなるだろうと思いました。架空のロゴも含めて一冊の船内誌としてまとめてみました。

その上で“謎のマガジン”感を思いきり出しています(笑)。表紙はヤヤの水着姿ですが小口折の二面になっていて、180度逆転したら、裏も表紙になっていて、こちらは表紙とは正反対の島で苦労するヤヤのビジュアルを載せています。

前後には広告がたくさんあるのもこういう機内誌の特徴ですけど、実際の劇中の写真もライフスタイル系の広告っぽい写真なんですよね(笑)。リゾート地ってファッションの撮影でよく使われますけど、そこに思い切りハマるんですよね。これを使わない手はないなと。面白おかしく謎の船内誌に仕上げています。

——最後にデザイン分野で映画の仕事を志す若い人たちにアドバイスや大切にしてほしいことなどメッセージをお願いします。

映画が好きな人は、劇場に足を運んでいろんな作品を観ていると思いますが、作る側になるなら、それ以外のいろいろなことを“体験”として知って、理解していないと表現にまで落とし込めないと思います。

僕も、これからまたパリのコレクションにも足を運ぶ予定なんですけど、現地に行き、各国の富裕層を目の当たりにして、どういう感覚でその人たちが世界で動いているのを見て、フィルターして語れないといけないと思います。

そこから表現がにじみ出てくるものなのだと思うので、いろんな体験、経験にお金を惜しまずに投資していってほしいですね。逆にデザインや映画に注力し過ぎない方がいいと思います。様々な体験が財産としてのちのち活きてきます。

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