「使っていた車いすを一緒に棺に入れてあげたい…」ヨークシャーテリアの葬儀で飼い主の願いを住職が断ったワケとは
2024年3月6日(水)6時30分 婦人公論.jp
(写真提供:Photo AC)
環境省が公開しているパンフレット「ペットの終活ノート」によると、犬の平均寿命は約14.6歳だそう。いつかはやってくる愛犬とのお別れをどのように受けとめればよいのでしょうか。今回は、愛知県岡崎市にある圓福寺住職の小島雅道さんが、ペット供養の際に経験したエピソードとともに、愛犬の最後に私たちができることを紹介します。小島さんは、「車いすのワンちゃんの葬儀をしたこともある」そうで——。
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あの世に車いすはいらない
車いすのワンちゃんの葬儀をしたこともあります。ヨークシャーテリアの18歳のワンちゃんで、とても長生きをしてくれました。
後ろ足に二輪の車がついているタイプの車いすです。正確にいうと、後ろ足用の歩行器のようなものでしょうか。
そのワンちゃんは散歩の途中で交通事故に遭って、後ろ足を失い、車いすになってしまったそうです。それでもこの子は生きたのです。
飼い主さんは自分の不注意のせいだと自分を責めた時期もあったそうですが、足を失っても生き続けてくれているこの子を見て、元気づけられたのだといいます。
普通なら死んでしまうような事故に遭ったにもかかわらず、見事に生き抜いたのです。
足を失っても、どんな状態になっても生きる子は生きるのだということを、この子からも教えてもらいました。
出会えたことの尊さ
長生きといえば、今まで見送らせていただいたワンちゃんでもっとも長生きだったのが25歳の、これもまたヨークシャーテリアでした。
どの獣医さんに聞いても、「日本一の長老犬ではないか」と言われたそうです。
この子は白内障になっていて、目はほとんど見えなかったようです。そして、歯も全部抜けていました。ですから、もうボロボロの状態です。
最後の2年間は、ほぼ寝たきりで、立ち上がることもできない状態。飼い主さんもお世話が大変だったと思います。
「それでもこんなに長く生きてくれたのがありがたい」「素晴らしい子に出会えた」と飼い主さんはしみじみとおっしゃっていました。
何が申し上げたいかというと、ワンちゃんや猫ちゃんというのは、早く亡くなったらそれはもちろん悲しいけれど、長生きをしてくれても、思い出がたくさんあるだけにとても悲しいということです。それだけ長い時間を共に過ごしたのですから当然です。
それでも、一緒にいる時間が短くても長くても、この子と出会えたことに対する感謝と、出会えたことの尊さは同じだということをお伝えしています。
同じ出来事でもプラスに考える
車いすのワンちゃんの話に戻りましょう。
車いすができたときは、飼い主さんの喜びもひとしおでした。
事故のあと、すぐに車いすを使っていたわけではなく、最初は下半身を引きずるようにして前足で歩いていました。だから、後ろ足に車輪をつけてもらったとき、ワンちゃんも大喜び。前足を使って元気にダーッと走っていたそうです。
飼い主さんが帰宅したときも、走って迎えてくれるようになり、ワンちゃんの純粋さに、飼い主さんも感動する毎日を送っていました。
車いすがある、歩ける、走れることがものすごい喜びなのです。
どのように受け取るか、心を変えることができるかで、同じ出来事でもプラスに考えることができます。本当に人間がワンちゃんたちに教わることは多いですね。
話は少しそれますが、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』などの映画で有名な俳優のマイケル・J・フォックスさんはパーキンソン病と診断され、現在はパーキンソン病の治療支援などにも取り組まれています。
彼が常に言っているのが「感謝の心さえあれば、人はポジティブに生きられる」ということ。これは、私たちがいつもお伝えしているお念仏の教えと同じです。
お念仏とは、仏様、つまり亡くなった人や亡くなった動物やご先祖様からいつも念じてもらっている、いつも自分たちのことを思ってもらっているということに気づき、感謝の心で思わず手が合わさり、念仏するということを意味しています。
ですから病気になったり、何か苦しみや悲しみに見舞われたりしたときも、感謝をすることによって人生が大きく変わってくる、そのことに気づいていくことが大切です。
現世でしばられていたものから解き放たれる
ワンちゃんが再び元気を取り戻すきっかけを与えてくれた車いす。
よく聞かれるのがワンちゃんを荼毘(だび)に付すとき、「大切にしていたものや好きだったものを棺に入れてもいいのか」ということです。このワンちゃんの場合もそうでした。
最後の数年間は足代わりとなり、なくてはならなかった車いすを一緒に棺に入れてあげたいと、飼い主さんはおっしゃいました。
こういうことはとてもよくあります。
たとえば心臓病だったから、心臓のお薬を一緒に入れてあげたい、いちばん好きだったおもちゃを入れてあげたい、散歩に使っていたリードを入れてあげたい、など。
でもこうしたお願いはすべてお断りしています。なぜならそれらのものは「現世」のものだからです。
動物も人間も同じですが、肉体があるからこそ苦しみが生じます。もちろん、肉体があるからこそ味わえる幸せもありますが、病気になったり、年をとったりすることで、苦しみや不自由も生じます。
火葬とは、単に遺体を焼いて遺骨を拾うということではありません。
火葬をして荼毘に付すということは、美しい光となって現世でしばられていたものから解き放たれること(写真提供:Photo AC)
火葬をして荼毘に付すということは、美しい光となって現世でしばられていたものから解き放たれること。車いすを外し、薬を手放し、今まで不自由だった、苦しみであったいろいろなものから解き放たれるときなのです。
ですから、車いすが向こうに行っても必要になっては困りますし、心臓病の薬が必要になっては困るのです。
新しい旅支度
思い出の品でも同じです。思い出の品を入れてしまうと、「もっとこの世にとどまりたい」「みんなと一緒にいたい」という気持ちになってしまいます。
この世での苦しみだけでなく、喜びも楽しみもすべてから解き放たれ、この世への執着をなくすということ。そして新しい旅支度をしてあげることです。
たとえるなら、小さなお子さんを一人で旅に出すときに、
「お母さんの匂いのするTシャツを持って行きなさい」
「これ、お母さんの髪の毛だからお守りにしてね」
などと言うでしょうか。
もし本当にそんなことをしたら、ことあるごとにお母さんを思い出してホームシックになり、お母さんに会いたくなりますよね。
海外に留学するときに、日本のものをいっぱい持って行ったら日本が恋しくなりますよね。日本食をいっぱい持たせたら、「やっぱり日本がいいな、帰りたいな」となりますよね。
それではいけないよ、ということです。
この世への執着をなくし、あの世で本当に幸せに、自由に楽しくいられるようにしてあげること。それが遺された者ができることです。
※本稿は、『愛犬が最後にくれた「ありがとう」』(青春出版社)の一部を再編集したものです。
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