「沿線格差」の頂点!?路線が長くもなく観光地もない東急電鉄が「セレブ路線」として扱われるようになった背景とは…戦前から貫かれる<東急グループの基本戦略>

2024年3月27日(水)6時30分 婦人公論.jp


東急グループは、一般人の「沿線」にかんするイメージをつくり出したそうで——(写真提供:Photo AC)

『沿線格差』という言葉を目にすることが増えましたが、フリーライターの小林拓矢さんいわく、「それぞれの沿線に住む人のライフスタイルの違いは、私鉄各社の経営戦略とも深くかかわっている」のだとか。今回はその小林さんに、東急電鉄沿線の魅力と実情を紹介していただきました。東急グループは一般人の「沿線」にかんするイメージをつくり出したそうで——。

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東急電鉄沿線の魅力と実情は?


「沿線」「沿線格差」「私鉄沿線」と聞いて、多くの人がイメージするのはおそらく東急電鉄沿線ではないだろうか。

もちろん、そうなるのも仕方がない。一般人の「沿線」にかんするイメージをつくり出したのは東急グループだからだ。

鉄道があり、商業施設があり、住宅があり、そしてその地域から都心の職場や学校に通う——つまり、「沿線」というものを意識してビジネスを展開したのは、関東では東急グループが最初である。

そもそも東急グループの前身「田園都市株式会社」は、渋沢栄一(しぶさわえいいち)が郊外住宅地の開発のために創設した会社であり、鉄道事業とあわせて事業を展開しようとしていた。

当初は関西にて沿線ビジネスを確立していた小林一三(こばやしいちぞう)に手伝ってもらっていたが、鉄道事業のために五島慶太を推挙し、目黒蒲田電鉄ができることになった。

それ以来、五島慶太は路線網の延伸や近隣路線の買収・統合により、鉄道事業の規模を拡大させるだけではなく、住宅開発や百貨店事業の展開、それらを含めた沿線ビジネスの複合展開を行なうことで、企業規模を発展させていく。

学校の誘致にも積極的で、通学需要も生み出し、それらの学校の存在が鉄道路線の価値を高めるという状況になっていった。

東急グループの基本戦略


東急グループがターゲットとしたのが、高等教育を受けたファミリー層である。

戦前の教育制度の時代には高等教育を受けた人はいまよりもずっと少なかったが、そういった層に鉄道サービスと住宅サービス、その他商業サービスを提供するという方針を貫いてきた。

鉄道を中心に地域をまるごと開発し、そこに豊かな層が暮らせるようにすることで沿線価値を発展させる、というのが東急グループの基本戦略である。

沿線にある世田谷区の保坂展人(のぶと)区長は、元社民党の国会議員という経歴を持っており、地域の中心人物でもなければ、保守的でもないタイプの政治家は首長になりにくいという傾向があるにもかかわらず、2023(令和5)年の統一地方選挙で4期目の当選を果たした。

社民党経験のある自治体のトップで知られるのは、ほかに兵庫県宝塚市の中川智子市長の例があるものの、こちらは阪急沿線となっている。

ブランド力の高い沿線に、そのような層が集まるのは興味深い。

多摩田園都市


「沿線格差」関連の話題で、東急電鉄がセレブ路線として扱われるのには、背景の経済的豊かさと、知的豊かさが理由となっていると考えていいだろう。

そのあたりを極限まで突き詰めたのが、戦後の成長期に東急が中心となって開発した多摩田園都市である。


東急沿線にもタワーマンションが多く建つエリアがある(写真提供:Photo AC)

広い住宅地、商業施設の完備などに力を入れ、多くの大卒者たちがそこで家庭を持ち、子どもを中学受験させた。

この沿線には都心からかなり離れていても中学受験の塾が多くある。そして、東急電鉄の沿線ファミリーは、再生産されていく。

近年、高学歴・高所得層は、タワーマンションに暮らしているということもよくいわれる。東急沿線にもタワーマンションが多く建つエリアがある。東急東横線の武蔵小杉駅周辺だ。

このあたりは京浜工業地帯のなかで、かつては電気関連や新聞輪転機関連の工場が立ち並んでいたが、工場は郊外に移転し(もっとも、これらの工場ができたときには武蔵小杉周辺は郊外だった)、その跡地がタワーマンションとして再開発された。

工業地帯は土地こそ広いものの、田園都市線沿線のように地盤がしっかりしているわけではない。そこを技術力で克服し、巨大なマンションがいくつも建つようになっていった。

このあたりのタワーマンションを選ぶ人たちは、もともと東急沿線に生まれ育った人たちが多いのではないかとを考えることも可能だ。

沿線格差


東急沿線の豊かさを示すエピソードに、コロナ禍でテレワークが盛んになった時期の話がある。

東急沿線は、ほかの私鉄沿線に比べてテレワーク可能な企業や職種の人が多いため、利用者が大きく減ったということになった。これはいまでも完全には戻っていない。

しかし、テレワーク可能な企業や職種は、大企業のホワイトカラーであり、しかも経営判断が合理的なところである。

コロナ禍で確かに東急電鉄の鉄道事業収入は減ったが、このような現象が起こったこと自体、東急沿線でのライフスタイルの豊かさを示すものといえないだろうか。

創業当時から、「沿線格差」を意識して鉄道と関連事業を行ない、経済的にも文化的にも豊かな層が求めるものを提示し、多くの人を引き寄せてきたのが、東急グループである。

路線が長いわけでもなく、観光地などもないため、有料特急のような鉄道そのもので華がある事業はできないものの、鉄道事業、そして関連事業の発展が、地域社会の発展にも大きく貢献してきた。

東急電鉄は「沿線格差」の頂点に立ったといっても過言ではない。

※本稿は、『関東の私鉄沿線格差: 東急 東武 小田急 京王 西武 京急 京成 相鉄』(河出書房新社)の一部を再編集したものです。

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