矢部太郎「大家さんや入江くん、いろんな人からもらったプレゼントのおかげで、今の僕がある」

2024年3月27日(水)12時30分 婦人公論.jp


お笑い芸人の矢部太郎さん。最新コミックエッセイ『プレゼントでできている』が刊行した(撮影◎本社・奥西義和)

初めて描いた漫画『大家さんと僕』(2017年)が第22回手塚治虫文化賞短編賞を受賞したお笑い芸人の矢部太郎さん。さらに舞台やドラマで俳優として活躍しており、現在はNHKの大河ドラマ『光る君へ』で、吉高由里子さんが演じる主人公・まひろの従者・乙丸役を熱演中だ。そんな矢部さんの最新コミックエッセイ『プレゼントでできている』が刊行。芸能界を離れた相方への思い、『光る君へ』の裏話などとともに、何かを「もらう」「あげる」ことを通じて、矢部さんが感じている人とのつながりについて語っていただいた。(構成◎内山靖子 撮影◎本社・奥西義和)

* * * * * * *

自分は誰かからのプレゼントでできている


このところ何回か引っ越しをする機会があって、その度にたくさんのものを整理したことが今回の作品を描くきっかけになりました。ひとくちに「もの」と言っても、簡単に処分できるものとなかなか捨てられないものがあって。で、捨てられないのは人からいただいたものが多いなと気がついたんですね。自分で買ったものは金額もわかるし、もう充分使ったから元は取ったという気持ちになれるんですけど、誰かからもらったものはありがたさと同時に、捨てることへのうしろめたさもあったりして……。

そこから、「プレゼントって何だろう?」って考えるようになったんです。目の前に積まれたものをひとつひとつ見つめ直していくうちに、そのプレゼントをもらったときの気持ちや、贈ってくれた人とのつながりで自分はできているのだと思うようになって。そもそも、人間は親から命をもらって生まれてくるわけですし、言葉を習得することができるのも周りの人たちが自分に話しかけてくれるから。

もっと大きな話で言えば、日々、太陽からエネルギーをもらって生きている。つまり、生まれたときから数々のものもらってきたおかげで、現在の自分ができている。それは決して僕だけの話じゃなくて、この世に生きているすべての人がそうなのだと。そんな思いを伝えたいと思って、今回の作品を描いたんです。

なぜか、ものをもらいやすい体質です


今回の作品でも描きましたが、僕はものをもらいやすい体質です。お米、渋柿、鹿の角、炊飯器や冷蔵庫といった家電や、モンゴルロケでお世話になったご家族からは高級そうな絨毯も。なぜなのか、その理由はよくわかりませんが、やっぱり「何か足りない」感じがあるのかもしれません。見た目も痩せているので、「食べていないんでしょ」って、絶対言われるし(笑)。とくに、若い頃は今ほど収入もなかったので、「何かあげなきゃ」って周囲の方に思わせる空気を自然と醸し出していたんでしょうね。

もらって嬉しかったのはお米です。お笑いの舞台を見に来てくれたお客さんがくださって。持って帰るのは大変でしたけど、こんなに重いものをわざわざ持ってきてくれたことが本当にありがたかった。

反対に、困ったのはピアノです。当時出演していた『進ぬ!電波少年』というバラエティ番組のプロデューサーが引っ越しをするときに、「これ、全部やるよ」と、大量の不用品を勝手に僕の家に運び入れ(笑)、その中に電子ピアノと五段飾りのお雛様があったんです。お雛様は僕よりも女の子のもとにあるべきと思い、ネットオークションで売ってそれなりの値段がつきましたけど、ピアノはずっとうちにあったまま。結局、テーブル代わりに使っていました。

機織りが趣味の母が次々と送ってくる手織りの布も、何に使っていいのか、正直な話、困りましたね。でも、「もう送ってこなくていいから」って伝えたら、ぱったり送ってこなくなっちゃって。もしかして取り返しのつかないことをしちゃったのかもと思っていたら、「最近は、目が悪くなって機織りをしていない」とか。

だったら、これからは僕が母にプレゼントしようと、姉と一緒に、時折、母が着てくれそうな服を送っています。出演した番組のロケでもらった『旅猿』と胸元に大きく書いてあるパーカーも、実家に送ったら母が普段着として着てくれている。自分では恥ずかしくて着られなかったんですけどね。

そう考えると、プレゼントって、お金で割り切れるものとはまったく別の形のやりとりだと思うんです。贈ってくれた相手の思いが込められた、コスパやタイパとは対極にある、その人だけにしか価値がないもの。そういうものを見つめ直していくことで、自分にとって本当に大切なことや、大切な人がわかるんじゃないかと思います。


「プレゼントって、お金で割り切れるものとはまったく別の形のやりとりだと思う」と話す矢部さん(撮影◎本社・奥西義和)

相方には幸せであってほしい


そもそも、僕が芸能界で仕事をするようになったのも、高校の同級生だった入江くんが「コンビを組んで、芸人になろう!」と誘ってくれたから。僕にとっては、ある意味、それもプレゼントだったのかもしれません。

今回のコミックエッセイでも、20年ほど前に、テレビ番組の企画で入江くんと一緒にアフリカロケに行ったときの思い出を描いた箇所がありますが、過酷なロケだったおかげでコンビの仲がめちゃくちゃ良くなったんですよ。現地には娯楽と呼べるものがまったくなかったので、入江くんの服のポケットにたまたま入っていた居酒屋のチラシのメニューを見て、「どれから頼む? やっぱりこれからいっちゃう?」なんて、なんにもないサバンナの真ん中で、2人で2時間以上も熱く語ったりして。(笑)

入江くんは芸能界を離れましたけど、今でも普通に会ってご飯を食べたりしています。2人で一緒にいるときは、相変わらず95%くらい、入江くんが自分の話をしているんですけどね(笑)。どんな仕事をしていても、彼にはやっぱり幸せであってほしいと思います。


現在放送中の『光る君へ』に出演している矢部さん(撮影◎本社・奥西義和)

絵巻物の従者が自分にそっくり!


現在、出演している『光る君へ』の現場でも学ぶことは多いです。当時の人たちの風俗や習慣を再現するために、「手を振って歩かない」「門をくぐるときや、家の中に入るときは必ず左足から」「姫様、殿様と呼びかけるときは、フラットな抑揚で」など、細かなところまで注意がゆきとどいてるのはさすが大河ドラマだなぁと感心させられます。まひろの家のスタジオセットも、庭にある池や草木がすべて本物で驚くほど素晴らしい。いたるところでプロの仕事に接することができるのが、同じ「何かを表現する人間」として大いに勉強になりますね。

僕は吉高由里子さんにお仕えする従者の役ですが、あるシーンの撮影の前に、当時の人たちの様子が描かれた絵巻をスタッフさんに見せてもらったんですよ。そうしたら、その絵巻に描かれていた従者のたたずまいがめちゃくちゃ僕に似ていたんです(笑)。痩せていて、頼りなさげで、お姫様の用事が済むのを待っている間、道端で居眠りしているような。その姿を見たときに、ああ、自然な感じでやればいいんだなぁって、少し気がラクになりました。

もともと、僕自身は漫画家としても役者としても“異物”だと考えていて。プロの俳優さんたちの中に自分が混ざることで何か面白い化学反応が起きればいいなという感覚で、毎回、お芝居に参加させてもらっています。

とはいえ、人前で演技をするのはやっぱり恥ずかしいですね。今の自分の演技はちょっとカッコつけてたなとか。お客さんから笑いを取ってなんぼの芸人の舞台とはまったく感覚が違います。今回の大河には、芸人仲間のロバート秋山くん(編集部注:天皇の側近、藤原実資役)やはんにゃの金田くん(編集部注:一条朝の四納言のひとり、藤原斉信役)も出演しているでしょう。

2人ともとても重要な役で、オンエアされた画面を見ていても思わず引き込まれるほどの演技力。え? ライバル心? そんなものはまったくありません。もともと僕が勝てる相手じゃないですし、2人ともすごくセリフが多い。あれを覚えるのはさぞかし大変でしょうし、僕の役はセリフが少なくてよかったなって(笑)。ちなみに、秋山くんは地毛でちょんまげを結っているそうで、「長すぎるから、髪を切って」と結髪さんに言われたとか。また、「蹴鞠が好きな貴族」という設定なので、「だから、このくらい日焼けをしていてもいいんです〜」と笑いながら教えてくれました。

これからは「あげる」立場に


振り返ってみると、やっぱり『大家さんと僕』で描いた大家さんと出会ったことが、僕の人生にとっては大きな分岐点になったような気がします。今、こうして漫画を描いているのも大家さんからいただいたものですし。でも、そのお返しをしたいと思っても、天国に旅立ってしまった大家さんにはもう何も返せない。だから、僕が大家さんからもらったものをこれからは他の誰かにあげていきたいと思っています。

吉本に、絵本作家として活動しているひろたあきらくんという後輩がいて、文学フリマに絵本の同人誌を出品したいので僕にも参加してくれないかと、先日、打診されたんです。以前の僕だったら自分のことで精いっぱいで、「忙しいから無理」って断っていたと思うんですね。もともと人見知りな性格だし、新しいことをするのも苦手だし……。でも近頃は、誰かのために何かをしたいと思えるようになりました。

決して無理をしているわけじゃなく、大家さんが言っていた「もらってくださるだけで嬉しい」という言葉の意味がようやくわかるようになったと言いますか。いつか天国で大家さんに会うことができたら、あの世の伊勢丹に2人で出掛けて(笑)、もう1度、一緒に美味しいご飯を食べたいですね。


(撮影◎本社・奥西義和)

婦人公論.jp

「矢部太郎」をもっと詳しく

「矢部太郎」のニュース

トピックス

x
BIGLOBE
トップへ