『おっさんのパンツがなんだっていいじゃないか!』と『不適切にもほどがある』を観て思う事。アップデートは必要だ

2024年3月29日(金)12時30分 婦人公論.jp


写真提供◎AC

貧困家庭に生まれ、いじめや不登校を経験しながらも奨学金で高校、大学に進学、上京して書くという仕事についたヒオカさん。「無いものにされる痛みに想像力を」をモットーにライターとして活動をしている。第63回は「おっパン 才能や人格と加害は別」です。

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最終回を迎えた《おっパン》


先日最終回を迎えた『おっさんのパンツがなんだっていいじゃないか!』、通称おっパン(東海テレビ・フジテレビ系、練馬ジム原作)は、とても誠実なドラマだった。51歳の主人公・沖田誠(原田泰造)はお茶は女性がいれたほうが美味しいといった、性別役割分担意識丸出しの発言を繰り返し、同性愛に露骨に嫌悪感を示す。そんな主人公は「趣味は家族」と言うほど、家族を大切に思い仕事に励んできた。しかしある日、可愛いものが好きな息子を否定する発言をした際、「僕はお父さんみたいな人には絶対なりたくない!」と言われてしまい、大きなショックを受ける。その出来事をきっかけに、自らの価値観をアップデートしていくという物語だ。


写真提供◎AC

このドラマの素晴らしさについては、他の記事でいくつか書いたが、最終回を終えて、改めて書きたいことがある。

ある日、誠の職場に、誠以上の昭和おやじ・古池正則(渡辺哲)がやってくる。古池は会社を大きくした功労者だが、口を開けば、「女なのにほーーんと可愛げがないなあ」と女性を馬鹿にする発言をし、「なんでもかんでもコンプラ、コンプラって」と今の時代の常識につっかかる。失言オンパレードな古池に、誠の部下たちはストレスが溜まり、誠に古池をどうにかするように懇願する。

そんな折、誠の職場で、顧客からリース用のコピー機に不具合が発生したと言いがかりを付けられるというトラブルが発生。部下たちは自分たちに落ち度はないと分かりながらも、謝罪対応するしかないと誠に言う。そんな中、古池だけはそれはおかしいと言い、20年来の飲み友達で、コピー機製造会社の専務・鍋岡(佐野史郎)に会いに行く。鍋岡はむかしのよしみでアドバイスをくれ、そのおかげでトラブルは無事解決する。

心から感動したセリフ


部下たちからは昔からのやり方に固執したり、古い価値観を振りかざすことで煙たがられていた古池だが、古いやり方も間違いだけではなく、役に立つこともあることが示された。誠は、古池の働きに、「古池さんの粘りと根性のおかげです」と感謝する。しかし、その後こう言うのだ。「でも、だからと言って古池さんの態度が許されるわけでもない」。

古池は驚くが、誠は続ける。


3月に刊行された『死ねない理由』(著:ヒオカ/中央公論新社)

「女性がお茶を入れる、妻は夫を立てて家事を全て担う。社会人たるものプライベートより仕事を優先する。男は男らしく。それが常識だった時代もありましたよね。だから、私も古池さんも、部下に、家族にそれを強いたのは、社会がそうだったからだと、自分が自分を擁護することができる。社会のせいだ、俺は悪くないって。でも、その価値観を押し付けられた人は、誰も嫌な思いをしなかったとは言えんでしょう」。

このセリフに、心から感動した。よく、今はダメでも昭和ではOKだった発言や振る舞いが話題になる時、「そういう時代だったから仕方ない」という声があがる。その時は許されていたし、みんなやっていたのだから、今さらそれを責めるのはどうなのか、というのだ。この議論で忘れてはいけないのは、いくら当時OKとされていた言動でも、それによって傷ついていた人たちがいる、ということだ。誠の言うとおり、時代や社会のせいにしても、傷つけられた人がいる、という事実はなくならない。

なによりこのシーンで感動したのは、その人の良さや功績と、ハラスメントなどで人を傷つけた事実を切り分け、人を傷つける言動は改めるべきだと言っているところだ。それまで悪役だった古池のいいところにスポットがあたり、言動は酷いけどいいところもあるよね、という流れになりかねない回だった。でも、それはそれ、これはこれ、と古池の数々の言動をなぁなぁにはしなかった。

今の社会では、才能がある人、周囲に愛される人のハラスメントが発覚すると、「それでもあの才能が潰されるのはもったいない」「悪いことはしたかもしれないけど、人に優しい一面もあった」という擁護の声があがる。でも、才能があること、それによって人々を元気づけたり、救ってきたという事で、誰かを傷つけた事実が薄まったり軽くなるわけではない。また、誰かを傷つける人は1から10まで悪人というわけではない。“普段はいい人”が人を傷つけるのだ。その人の才能やいいところと、人を傷つけてしまったことは、あくまで別のこととして考える必要があるのではないだろうか。

同じテーマを描くもう一つのドラマ


一方、今季放送され、おっパンと同じく昭和と令和の価値観の違いを描いているドラマ『不適切にもほどがある!』(TBS系)は、その点でおっパンと真逆だったように思う。昭和から令和にタイムスリップしてきた小川市郎(阿部サダヲ)が主人公なのだが、市郎はセクハラ発言やパワハラを平気でやってしまうザ・昭和のおやじ。ドラマ全体を通して、不適切な言動を繰り返す市郎が、娘思いで人情のある人として描かれることで、まぁ言動はハチャメチャだけど憎めないいいやつ、という感じに持っていかれる。決してその言動が正面切って裁かれることはない。そんなドラマを貫く雰囲気が、明確に言語化されたシーンがある。

9話で、市郎の孫・犬島渚(仲里依紗)が職場の部下からいいがかりに近いかたちでパワハラを訴えられ休職することになる。そんな折、渚が同じマンションに住む人のゴミ出しの仕方を注意すると、相手から「そんなだからパワハラで訴えられるんですよ」と言われてしまう。それを見ていた渚の父・犬島ゆずる(古田新太)は「そんなんだからってどんなだ」と割って入る。

そしてこう続ける。「あんたに娘の何が分かる。渚はパワハラなんかしてない。絶対にしてない。もし仮に、万が一、ワンチャンそうだったとしても、俺にとってはたった一人の大事な娘だ。34年間見てきた。ほんの一部分だけ見て、切り取り、パワハラだなんて決めつけるな。俺の娘を社会の基準で分類するな」。そして、その後のミュージカルシーンでこんなセリフが登場する。

「パワハラ上司も鬼じゃない」
「セクハラ上司も人の子だ」

この場合、渚が部下にした行為が本当にパワハラだったのかは断片的な情報からは判断しづらく、理不尽に休職を強いられた可能性もあった。だから、父親が渚を守りたい気持ちは理解できる。しかし、ハラスメントの議論に、誰かの娘だとか、加害者にも親がいるだとか、加害者も人間だとか、そんなことが何の関係があるのだろう。

例えばある界隈でハラスメントが起きた時、加害者の周辺の人が、加害者にも妻や子どもがいる、訴えるのはやめろ、と被害者を責めるのは実際に少なからずあることだ。むしろ被害を訴えることで加害者やその家族の人生を壊した被害者が悪い、と非難の対象になることすらある。

ハラスメント加害者にも家族がいる、加害者だって誰かの子、同じ人間だ、なんて言い草は、加害者擁護や被害者を非難し追い詰めるために使われる常套句なのだ。

だから、酷い言動をする人だって人間味があって憎めないところがある、家族や愛する人がいる、みたいな“人情コーティング”に危うさを感じずにはいられない。いくら憎めないところがあろうと、家族がいようと、それでその人の有害な言動がなぁなぁにされるのは違うだろう。

だから、余計におっパンが示した、才能や人格と加害は別である、という潔い指針がより尊く感じられたのだ。

変わる努力は尊いもの


おっパンでは古い価値観を持った人を一方的に断罪するのではなく、誰もが新たな価値観に戸惑い、自分が持つ価値観を守りたくなる気持ちに理解を示すシーンもある。

誠の部下・原西匠(井上拓哉)のセリフにこんなものがある。

「俺、室長(誠のこと)がわからずやだった時、あの時思ってたことがあるんです。室長にとって、あの古臭い価値観は、俺にとってのビースケくんなんだろうなって。俺にとってビースケくんは、自分をぎゅーって守ってくれる存在です」

ちなみに、ビースケくんとは、原西が身に着けているメンズブラのことだ。

「だって知らない価値観の中で裸で出ていくのって怖いじゃないですか。俺は間違ってないって態度の室長見てて、あれ、なんか俺と似てるなぁ、不安なんだろうなってどこかで思ってました」

時代が目まぐるしく変わり、自分が形成してきた価値観が古いと切り捨てられる。誰だって戸惑うし、自分の正しさを主張したくもなるのだろう。筆者は今、若者と言われる立場だが、既に今の10代とは価値観や常識が違うと感じる。自分が中年になった時、新たな価値観に適応できるだろうか、と思ったりもする。

時代の変化はいいものばかりではない。でも、少なくとも、ハラスメントという概念が生まれ、名付けられることで、いままで受け流されてきたことが明確にダメだという基準が示された。その基準や運用にまだまだ改善の余地はあれ、その点では時代は確実にいい方向に向かっている。

おっパンが提示したように、アップデートしていくのは、誰かを傷つけないためでもある。人はいつからでも変わることができるし、変わる努力は尊いものなのだと思う。

前回「いろんな事情で人前で食べられなくても、会食や飲み会の輪には入りたい。あえて触れないでくれる優しさに涙した」はこちら

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