パリは最先端ファッションやおしゃれなものであふれているイメージかもしれないが…シャツはシワシワ、セーターは毛玉だらけのフランス人がカッコよく見えるワケ
2024年4月2日(火)12時30分 婦人公論.jp
(写真提供:Photo AC)
外務省発表の『海外在留邦人数調査統計』(令和4年度)によれば、フランスには36,104人もの日本人が暮らしているそう。一方、40代半ばを過ぎて、パリ郊外に住む叔母ロズリーヌの家に居候することになったのが小説家・中島たい子さんです。毛玉のついたセーターでもおしゃれで、週に一度の掃除でも居心地のいい部屋、手間をかけないのに美味しい料理……。 とても自由で等身大の“フランス人”である叔母と暮らして見えてきたものとは?
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外国の人の洗濯って恐っ、と
フランスのキッチンで、叔母ロズリーヌに教わった料理やお菓子の詳細について、メールで何度も彼女に確認していたら、誕生日に『お菓子 タルトとケーキなど レシピ80』というタイトルの分厚いレシピ本がドーンとフランスから送られてきた。これは暗黙に
「もう私に聞かないで、自分で勉強しなさい!」と言っているのだ、と解釈した。
でも相手は、気分次第のフランス人。ほとぼりが冷めるまで、キッチンから少し離れて、他のライフスタイルに目を向けて、気づいたことを書いてみようと思う。
叔母の家のキッチンの裏口を出ると、そこはガレージにつながっていて、貯蔵室があり、ランドリーがあり、洗濯物を干す裏庭にも続いている。
洗濯で思い出すのは、子供のとき、叔父の一家が夏休みにうちに滞在していて、洗濯をしていた叔母が、洗濯物をバンバン! と叩いていた光景だ。キッチンのテーブルに洗い上がった厚手のアウターのような服を広げて、彼女は手のひらで叩いてのばし始めたのだ。私と母はびっくりして見ていたが、叔母は
「このまま、少しここに置きます。いいですか?」と母に訊ねて、母は「かまわないけれど、日本は湿気があるから、そこでは乾かないと思う」と返していた。
フランスはあれで乾くのだから、乾燥しているのねぇ、いいわね、と母はうらやましそうに言っていたが、私はバンバン! と叩き続ける叔母を見て、外国の人の洗濯って恐っ、と思った。
だらしなく見えないのが不思議
大人になってフランスに来て、その洗濯の本当の意味がわかったような気がした。簡単に言うと、アイロンをかけないのだ。
実際アイロンを貸してもらったら、あまり使っていないようで、スチームボタンを押したら石灰の固まり(水にそれが含まれている)が、ブシュッと飛び出してきた。もちろんフランス人がアイロンをかけない、ということではなく、これは叔母だけのこととして話した方がいいと思うけれど。
でもアイロンをかけている様子がないのに、叔母の服や家のものを見ても、シワシワだなぁと感じることはない。一つ思ったのは、しっかりした生地であれば、バンバン叩いたり引っ張ったりするだけで、アイロンをかけなくてもすんでしまうのではないだろうか、ということだ。
今回の旅行で布団カバーを叔母からゆずってもらったのだが、それも厚手のすごくしっかりした木綿生地で、アイロンをかけなくても、のばして干して、畳んでおくだけでピンとなる。
叔母の普段のファッションもカジュアルで、男性っぽいパンツスタイルが多いから、アイロンをかける必要があるものはあまり着ないのだろう。とはいえTシャツなんかはけっこう薄手のよれっとしているものも着ている。なのに、だらしなく見えないから不思議ではある。
さらに大胆さでは母親に勝るソフィーの家でも、私はびっくりすることになる。
「ソフィーは、シワものばさない……」
これでいいの? と乾燥ワカメのようになっている洗濯物を見て思った。ほぼランドリーから出したままの形で干してある。
物干にポンとかけただけの洗濯物を見て、私は一時期流行ったアメリカのドラマ『セックス・アンド・ザ・シティー』のワンシーンを思い出した。
主人公のキャリーが、携帯電話を肩にはさんで友人と話しながら、バスルームでブラジャーを手洗いしているシーンなのだが、水がしたたるような状態で形もととのえず、洗濯紐にポンとひっかけて、終わりなのだ。
ドラマなので演出も入っていると思うが、水を絞ろうが絞るまいが、欧米ではそんな干し方でいいらしい。
「フランスの人は、毛玉を気にしないんだね」
乾燥ワカメな洗濯物を見てから気になって、ソフィーや子供たちの服を、失礼ながらまじまじと見てみた。
あの昆布にしか見えなかったスリムパンツは、ソフィーがはいた瞬間、そのすらりとした足にピッタリとフィットして、なんの問題もなく上手に着こなされている。よく見ればシワはあるが、全体で見れば気にならない。子供たちもピシッとしている。なぜだろう? とまた不思議に思って首をかしげた。
面白いことに、パートナーのN君もシワではないが似たようなことに注目していたようだった。
「フランスの人は、毛玉を気にしないんだね」
街を歩いているときに彼が呟いた。道行く人のセーターがみんな毛玉だらけだという。そう言われれば……。
でも服のシワと一緒で、あまり気にはならなかった。なぜ気にならないか、という疑問はちょっと置いといて、「日本人はきれいだ」と外国の人に言われる理由がこのときわかった気がした。確かに外国で、こぎれいな人がいるな、と思うと日本人だったりする。きれいとは「クリーン」という意味なんだな、と。
地味なんだけれど、カッコイイ
最先端のファッションや、おしゃれなものであふれている場所というのが、皆が持つパリのイメージ。
それに憧れて来た日本の女子が、現実のフランスを見てちょっと驚くという話は、よく聞く。思い描いていたのと違って、帰ってしまう人もいるとか。
(写真提供:Photo AC)
そんな話を聞いて覚悟していたからか、思ったほど汚いとは私は感じなかった。
子供のときの記憶では、パリ=犬の糞、という印象だったから、よくなった方だ。でも、ドイツや北欧に比べれば、色々な面で「おおざっぱ」なところがある。
細かいところが気になってしまう人には、それがストレスになってしまうかもしれない。
大事にされているのは「全体」から生まれる美しさ
そもそも、最先端のファッションや、おろしたてのピンピンの服を身につけている人は、パリの限られたところでしか見ないし、街行く人を見ていても、いたって地味な色合いだ。でも、地味なんだけれど、カッコイイ。ここが重要なところだ。
バッグなども、あれだけブティックで売ってるくせに、皆、使い古しの擦り切れてるようなものを持っている。なのに、それを見て私は、素敵なバッグだな、いいサックだな、あんなのが欲しいな、と思っている。それは、トータルで見てマッチしているもの、自分に似合うものを選んでいるからじゃないだろうか。
その人のスタイルというものが完成されていると、素敵だなぁ、と一枚の絵を鑑賞するように一歩下がって「退きの視点」で見ることになる。だから、虫眼鏡でシワや毛玉を探すようなことはしないし、詳細はあまり気にならない。
逆に、全てがバラバラで方向性がないと、一つ一つが拡大されて目に入ってしまう。大袈裟に言えば、パリという完成された風景の中では、犬の糞ですら溶け込んで美しく見えるのだ。大事にされているのは「全体」から生まれる美しさ。シワや毛玉や汚れより、大切にすべきは、自分のスタイルを作りあげることなのだろう。
※本稿は、『パリのキッチンで四角いバゲットを焼きながら』(幻冬舎文庫)の一部を再編集したものです。
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