『PICU 小児集中治療室 スペシャル』泣かせるではなく「泣いてしまう」…日本文化という“地”に足がついた物語

2024年4月13日(土)12時0分 マイナビニュース

●連ドラ放送時から「涙腺が崩壊する」
「どうか、生きて」——駆け出しの小児科医が仲間とともに「どんな子どもでも受け入れられるPICU(=小児集中治療室)」で奔走する姿を描いたメディカル・ヒューマンドラマのその後を描いた『PICU 小児集中治療室 スペシャル 2024』(フジテレビ系)が、きょう13日に放送される。
一度は医師としての自信をなくし、退職願まで出した主人公のしこちゃん先生こと志子田武四郎(しこた たけしろう/吉沢亮)も、ようやく一人前に。連ドラ放送時から「涙腺が崩壊する」「前を向く大切さを教えてくれる」と好評だったが、今作もその上がりきったハードルを感じさせない、時間を忘れて見られるドラマとなっている。
○公園に捨てられた乳児に重症を負った姉弟も
「生きるとは」「命とは」「家族とは」という普遍的な問いに真っ正面から向き合った感動作が、約1年半ぶりにオール新作のスペシャルドラマとして帰ってくる。連ドラでは、「大規模なPICUの運営は極めて困難」とされる広大な北海道で、武四郎が、丘珠病院PICU科長・植野元(安田顕)ら先輩医師とともに、どんな子どもでも受け入れられるPICUを作るため、そして、ドクタージェットの運用を実現するために奔走する姿が描かれた。
連ドラの武四郎は、発展途上にある若き医師の未熟さ、純粋さ、けなげさが繊細に描かれた。今回のスペシャルドラマでは、武四郎がPICUに配属されて1年後の丘珠病院を舞台に描かれる。
後期臨床研修でやってきた2人の研修医・瀬戸廉(小林虎之介)、七尾乃亜(武田玲奈)の指導をみることになった武四郎。先輩らしい姿を見せたいところだが、2人は頼りない武四郎のことを小バカにし、瀬戸からは「無理に良いこと言おうとかしなくていいんで。僕は植野先生から学びたいので」と、そっけない態度をとられる。
ある日、生後間もない女の子が搬送されてくる。公園に捨てられていたところを通行人によって発見されたのだが、へその緒を雑に切られたことが原因で皮膚が傷つき蜂窩織炎(ほうかしきえん)を発症していた。患部は赤黒く腫れ、高熱も続いていたため、受け入れ後すぐにオペを決行。術後管理を武四郎、綿貫りさ(木村文乃)が担当することになるが、予断を許さない状況が続く。
そんな矢先、利尻島で起きた事故で重傷を負った姉弟が搬送される。10歳の姉、8歳の弟ともに重症で緊急オペが必要だが、オペ室は1室しか空いていない。そこで武四郎はPICUへの搬送を指示するが……。
○連ドラ後の武四郎をしっかり魅せる吉沢亮の確かな演技力
スペシャルを見た感想の第一声は「あの『PICU』が“ちゃんと”帰ってきた」だった。同作の魅力は、わざとらしい「泣かせ」の演出が避けられており、「泣く」ことが結果論であることだ。制作側から「ここで泣いてほしい」といった強制は一切、ない。それはなぜか。連ドラとスペシャルにも共通する点や、今回のエピソードをかいつまみながら解説していきたい。
まず『PICU』が重きを置いてあるだろう点は、「日常」だと感じる。スペシャルでも、ただ武四郎が朝の支度をするだけのシーンで、起きた直後の表情や仕草、レンジにインスタントのご飯を放り込み、冷蔵庫の中を覗き込み、そして亡くなった母の仏壇にご飯を。そしてそこから生卵をかき混ぜ、卵かけご飯を食べるという一連をしっかり描いている。
これが後に生きてくる。医療現場での緊迫した空気。目の前に浮かぶ「死」。そういった「非日常」が、「日常」を描くからこそギャップとして際立ち、さらにはそこが(「死」すらも)「日常」と地続きであることを実感させられるのだ。
同時にこの日常は、見ている人をほっこりもさせてくれる。幼なじみ4人が久しぶりに集まり、食事をするシーンでも武四郎がからあげを揚げ、ギョウザを焼き、それぞれが連ドラ時と変わらず、にこやかな表情を浮かべる。そこで武四郎がギョウザにニンニクを入れてないことを語り、「これは母の愛。子どもの頃にニンニクを食べて鼻血を出したことがあるから」との説明がさりげなく入るなど、その「日常」に登場人物たちの歴史がぎっしりと詰まっている。
見事なのは、これに説得力を持たせる吉沢亮だ。朝の寝起きや幼なじみとのやり取りなどでは、連ドラ開始時と変わらぬ、「武四郎」というパーソナルをしっかり演じている。だが連ドラで武四郎は成長した。それは医師としてのシーンで違和感なく演じられており、患者の子どもやその両親を心配させないよう、動じず、粛々と治療を施したり励ましたりしている。
この演じ分けが見事であるほか、その“動じなさ”に加えて、バスガイドとして女手一つで育ててくれた母(大竹しのぶ)の死を想っているだろう表情が見られるシーンも。感動ポイントながら、涙をこらえる演技を最小限に絞り、その過去を“匂わせる”に留める演技センス、演技力は目を見張るものがある。
●忘れられない限り“死”は終わりではない
連ドラに引き続き、安田顕、木村文乃、高杉真宙、高梨臨、菅野莉央、生田絵梨花、中尾明慶、正名僕蔵、甲本雅裕らレギュラーメンバーも再集結しており、中でも“母”となった涌井桃子を演じる生田の芝居にも注目。良き母になりたいが、育児の大変さとの葛藤に苦しむ姿は、彼女がアイドルながら“演技派”と称される理由がよく見える。
新加入の研修医組である小林と武田も、それぞれのプライドと自身の至らなさの板挟みからの成長が自然に描かれており、今後どう成長していくかを見てみたくなるキャラクター造形にも注目だ。
物語に関しても、医者は魔法使いや奇跡を起こす存在としてではなく、一労働者として、職場モノとして見ることができる。ただ医師という特性上、生命というテーマは切っても切り離せない。人はいつか生命を失ってしまう。だからこそ儚いものであり、その生命を諦めなければならないし、それを自分が決断しなければならないつらさも描かれている。
だがその“つらさ”だけではなく、例えば武四郎の脳裏には今も亡くなった母がたびたび登場し、人が亡くなったらそれで“終わる”わけではなく、関わってきた人の心にしっかりと“生きている”ことも示唆されており、そこに“救い”がある。そして“死”があるからこそ、今、我々が生きていることそのものが“奇跡”であり、また自分を生んでくれた母という大切な存在があり、育ててくれた人たちがいるありがたさも浮き彫りにされている。
○心の奥底に眠る伝統的な“日本”を呼び覚ます
今回は冬の北海道の雪景色も印象的に取り入れられている。その景色の美しさも“生”を感じさせ、物語の舞台からこの作品を支えている。
かつてアクション俳優から演技派に転向しようと悩む松田優作は、脚本家・向田邦子から「私はお茶の間の出来事にしか興味がない」と諭されたと言う。目の前で起こる細事……季節の移り変わりや季節ごとの景色、人のちょっとした言葉や仕草——そこから何かを感じ取るのが日本人の機微であり、熟成された感性。そして、そうした日常をしっかり描くのが日本のドラマの特徴ともいえる。
ゆえに『PICU』という作品は、日本文化という“地”に足がついている。リアルに物語が進行するからこそ、見る人も「泣かされる」ではなく「泣いてしまう」。海外では創り得なかっただろう本作は、我々の心の奥底に眠っている伝統的な“日本”を呼び覚ましてくれるだろう。
衣輪晋一 きぬわ しんいち メディア研究家。インドネシアでボランティア後に帰国。雑誌「TVガイド」「メンズナックル」など、「マイナビニュース」「ORICON NEWS」「週刊女性PRIME」など、カンテレ公式HP、メルマガ「JEN」、書籍「見てしまった人の怖い話」「さすがといわせる東京選抜グルメ2014」「アジアのいかしたTシャツ」(ネタ提供)、制作会社でのドラマ企画アドバイザーなど幅広く活動中。 この著者の記事一覧はこちら

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