余命半年と宣告された妻のため、保護犬を迎えることを決意。衝動的に犬を買う人が後を絶たない日本の<殺処分の現状>とは

2024年4月18日(木)12時30分 婦人公論.jp


小林家に来て2日目か3日目の様子。「おどおどと椅子の下に逃げ込んだ(つもり)。白いハイソックスを履いたような太い前足におじいさんのようなしわしわ困り顔」(写真提供:著者)

環境省が公開している「犬・猫の引取り及び負傷動物等の収容並びに処分の状況」によると、令和4年度の犬の処分数は、2,434頭だそう。そのようななか、余命半年と宣告された妻と家族のために、殺処分寸前だった保護犬・福を家族として迎え入れた小林孝延さんは、「救われたのは犬ではなく僕ら家族だった」と語ります。小林さんいわく、「日本ではクレジットカード1枚で衝動的に犬を買う人が後を絶たない」そうで——。

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セラピードッグを知る


本当に今の我が家の状態で犬を飼うことはできるのだろうか?そもそも末期がんの患者が動物と暮らしても衛生面で問題はないのだろうか。薫(妻)は、子ども達は賛成してくれるだろうか。

いざ現実の課題に向き合うと、わくわくで膨らんでいた気持ちが一気にしぼんでいった。でも、もたもたしている時間は僕らにはない。

今できることを悔いがないようにやるだけなのだ。急いでいろいろな資料にあたってまず根本的な「安全面」を調べてみた。すると興味深いことに「セラピードッグ」という存在があることがわかった。

セラピードッグとは「人への忠誠心と深い愛情で、高齢者を始め、障がいを持つ方や病気(癌や精神)の治療を必要とする患者さんの身体と精神の機能回復を補助する活動をしています。セラピードッグ達が患者さんの心身の状態と向き合い、リハビリに寄り添うことで記憶を取り戻したり、動かなかった手や足が動くようになる効果があります。

国際セラピードッグ協会では、犬たちの個々の能力や性格を大切に育て、対象となる方々の症状に合わせた治療のケアーをしています。」(一般社団法人国際セラピードッグ協会のホームページより)

実際に末期がん患者が入居するホスピスや、特別養護老人ホームで、患者さんやお年寄り達が保護犬、保護猫たちと一緒に暮らすことで大いなる力をもらっているという例があるなど、ドッグセラピーは科学的なエビデンスはまだまだ得られていないものの、体験者や家族はあきらかに主観的な効果を実感しているという。

動物には心を癒す効果があり、病人が動物を飼うことはプラスに作用する要素の方が多い。資料を読み込むごとに僕は自信を深めていった。

しかもこうしたセラピードッグの多くは災害で飼い主と離れ離れになった保護犬たちで、体に障がいをもっている子も少なくないのだとか。

保護犬、まさに今僕が出会おうとしている犬たちではないか。

こうして僕の保護犬計画は秘密裏にそして着々と進んでいった。

保護犬の現状


さて、環境省の統計資料「犬・猫の引取り及び負傷動物等の収容並びに処分の状況」によれば平成30年度の犬の引取りおよび処分数は、引取り35,535頭のうち、飼い主への返還あるいは新しい飼い主への譲渡ができたものが28,032頭。殺処分になったものが7,687頭となっている。

じつは返還・譲渡数そのものは平成16年度が25,297頭で約2,700頭ほどしか増えてはいない。


『妻が余命宣告されたとき、僕は保護犬を飼うことにした』(著:小林孝延/風鳴舎)

しかし平成16年度は全引取り数が181,167頭でそのうち殺処分が155,870頭と目を覆いたくなる数字であった。これが、ここまで減少したのは民間の保護団体の努力にほかならない。彼らによる引取りが圧倒的に増えたことで、保健所での引取りが減り、殺処分も劇的に減少したのである。

しかし、それでもまだまだ足りないのが現状。

ペット先進国であるドイツ・ベルリンの保護施設ティアハイムでは、譲渡率は9割を超えるというし、アメリカ・ポートランドではペットショップは保護団体と積極的に連携し、犬を飼う人のほぼすべての人が保護犬を選んでいるという実態からすれば、まだまだ日本は遅れていると言わざるを得ない。

しかも海外の場合は飼育できる経済力があるか、家族全員の承諾はとれているのかなど、非常に厳しい審査があり、途中で飼い犬を放棄することができないようになっていることが多いのだ。

日本ではクレジットカード1枚で衝動的に犬を買う人が後を絶たない。

そして、思ったより手が掛かる、お金がたいへんだ、鳴き声がうるさい、というような信じられないほど安易な理由で保健所に持ち込む人がいるのだ。

こうした実情を詳しく知るようになったのは保護犬のことに興味をもってからだが、知れば知るほど僕の中では飼うなら保護犬しかない、まるで使命感のようなものさえ芽生え始めていた。

自分のことがわからない


その思いとは裏腹に僕が進めようとしていた保護犬の引取り方法は、本当は一番やってはいけない方法だった。家族にも相談せず、こういう形で受け入れたがために、後に家族から反対されて結局保健所に犬を引取ってもらったなんていう例も多数あるという。

しかし、このときの僕はなにかに突き動かされるように、なんの不安も疑問も持つことなく前に向かっていた。

保護犬を飼うことをすすめてくれたモデルでデザイナーの雅姫さんの「いざとなれば私がなんとかするから安心して!」という力強い後押しをもらえたことも理由のひとつだ。

昔から僕は100円の雑貨をひとつ買うのもなかなか決断できないくせに、マンションとか車とか金額が大きなものはそのときの咄嗟のインスピレーションで決断してしまうという悪いくせがある。

思えば就職先も、大学進学も、すべてそうだった。

そもそも理系で医学部を目指していたはずなのに、共通一次試験が終了した時点で突然思い立って文転。経済学部に変更したのは紛れもなくその現れだ。

その結果、出版というこれまたまったく脈絡のない仕事をしているという事実。自分には一番自分のことがわからない。

長男に打ち明ける


しかし、一応、家族の中にも味方がいた方がなにかと便利だと思い、ある晩、長男のときおにだけそっとこの保護犬計画を打ち明けた。

「まじで?まじなの?」

息子はあまりの突拍子もない提案に爆笑していた。そして

「わかったよ。きっとお母さん喜ぶと思うよ。つむぎ(娘)もずっと犬ほしいっていってたもんね。なにかあれば協力するよ」

と、応援の言葉をもらって心がすっと軽くなった。

それから一週間。ついに首を長くして待っていた雅姫さんからのLINEが届いた。「子犬たちがの写真が届きました!」

※本稿は、『妻が余命宣告されたとき、僕は保護犬を飼うことにした』(風鳴舎)の一部を再編集したものです。

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