劇場版『名探偵コナン』“入場者特典なし”でも興収100億超えるワケ 『ONE PIECE』にも『鬼滅』にもできない“サプライズ商法”
2025年4月24日(木)8時0分 文春オンライン
古くから劇場アニメ作品に関わらず、さまざまな劇場公開作品において、鑑賞時に作品にまつわるグッズを配布する、いわゆる「特典商法」が実施されてきた。ゲームの特別なデータや原作者による描き下ろしコミックなどの冊子、ポストカードやステッカー、キーホルダーなどその種類は多種多様だ。近年では週替りで配布するグッズが変わることで作品のファンが毎週劇場に足を運び、それが興行収入の増加に繋がるケースも散見される。
『名探偵コナン』の興行収入は右肩上がり
一方で、2023年には映画館で働くネットユーザーが匿名で「映画館で働いているんだが、特典商法に疲れた」と題したブログを公開し、映画ファンの間でその是非について議論が起こるなど、近年の映画シーンを語る上でその是非を問わず欠かすことの出来ない要素である。

そんな中で特典商法を実施せずに、邦画史に残るヒットを毎年樹立しているのが劇場版『名探偵コナン』シリーズだ。
劇場版『名探偵コナン』シリーズでは僅かな例外を除き、28年間の歴史の中でほぼ一貫して特典商法を実施していない。その一方で、2022年の『ハロウィンの花嫁』は97億円、2023年の『黒鉄の魚影(サブマリン)』は138億円、そして昨年の『100万ドルの五稜星(みちしるべ)』では158億円の興行収入を記録。シリーズ歴代の最高興行収入を更新するだけでなく、『100万ドルの五稜星』は日本の歴代興行収入ランキングで14位となる記録を達成した。これは『崖の上のポニョ』や『すずめの戸締まり』といった大ヒット作をも上回る順位となる。なぜ『名探偵コナン』シリーズは特典商法を実施せずとも毎年のように記録を伸ばし続けることが出来るのだろう。
まずは、改めて『名探偵コナン』という作品の概要を振り返りたい。原作コミックは1994年から『週刊少年サンデー』(小学館)で連載中、テレビアニメ放送は1996年から読売テレビ・日本テレビ系列にて放送中だ。劇場版シリーズは、1997年から毎年4月の公開が恒例となっている。
高校生探偵の工藤新一は幼馴染の毛利蘭と遊園地に遊びに行くが、そこで黒ずくめの組織による怪しげな取引現場を目撃する。取引を見るのに夢中になっていた新一は、もう1人の組織のメンバーが背後から近づいていることに気づかず、襲われる。毒薬を飲まされ、目を覚ますと身体が小学生の姿に縮んでしまっていた新一は、自分の正体を隠し江戸川コナンと名乗り、蘭とその父である探偵・毛利小五郎の家に居候しながら組織の正体を探るというストーリーだ。
原作との“連動”がファンを惹きつける
『名探偵コナン』の劇場版ならびにテレビアニメが、他のコミック原作作品と一線を画す点は、原作との積極的な連動にある。通常、劇場版作品やテレビアニメは、原作コミックとはある程度独立したものとして展開されることが多いが、『名探偵コナン』シリーズは、劇場版やテレビアニメが原作コミックと密接にリンクした“超メディアミックス作品”となっているのだ。
劇場版『名探偵コナン』シリーズと原作コミックの連動は、1997年に公開された第1作『時計じかけの摩天楼』から既に始まっていた。『時計じかけの摩天楼』で犯人のミスリードのために登場したオリジナルキャラクター・白鳥任三郎は、その後原作コミックにも逆輸入という形で登場。その後の原作コミック、テレビアニメ、劇場版すべてにおいて欠かすことのできないレギュラーキャラクターとして定着した。
他にも、2016年公開の『純黒の悪夢(ナイトメア)』に登場した風見裕也や、2017年公開の『から紅の恋歌(ラブレター)』の大岡紅葉、さらにはテレビアニメシリーズで生まれた高木渉や千葉和伸といったキャラクターが原作に逆輸入されている。劇場版『名探偵コナン』シリーズの起点から、原作コミックと劇場版は連動していたのだ。
原作より先に映画で“ネタバレ”することも…
こうした劇場版シリーズと原作コミックの連動は、近年より強化されている。そのターニングポイントとなったのは、2014年公開の『異次元の狙撃手(スナイパー)』だろう。本作では『名探偵コナン』シリーズにおける最重要人物のひとりであり、確固たる人気を誇るキャラクター・赤井秀一の死と、謎の大学院生として登場したばかりのキャラクター・沖矢昴にまつわる謎が、原作コミックに先駆けて開示されることとなった。原作で展開されているストーリーの根幹となる情報を、原作よりも先行して劇場版アニメで公開するというのは他に前例がないのではないだろうか。
昨年公開の『100万ドルの五稜星』では、主人公である江戸川コナン=工藤新一と、人気キャラクターである怪盗キッドが従兄弟の関係にあることが明らかとなった。この関係性については未だに原作でも触れられていないものの、今後の原作コミックにおけるストーリーにも関わることが予想される。
他にも細かい点では、2022年公開の『ハロウィンの花嫁』で描かれた人気キャラクター・安室透を含む警察学校組と幼少期の工藤新一の関わりなど、原作と劇場版シリーズが連動することで『名探偵コナン』シリーズの世界観が拡張し、原作ファンも巻き込んで劇場版作品が盛り上がっているのだ。
『ONE PIECE』にも『鬼滅の刃』にも真似できない手法
こうした原作コミックとの連動や、原作に先駆けたサプライズ要素を盛り込めるのは、『名探偵コナン』ならではの事情がある。本作は、新一と黒の組織の対決という太い軸があるものの、基本的には1エピソード完結型で進むため、劇場版で登場したオリジナルキャラクターや展開を盛り込みやすい。
反対に、『名探偵コナン』と同じく原作コミックが100巻を超え、劇場版作品も15作に渡り制作されている『ONE PIECE』は、章立てでストーリーが展開する都合上、劇場版やテレビシリーズのオリジナルキャラクターを原作に盛り込むことは難しい。『名探偵コナン』ならではの構造が、本シリーズを稀有な存在にしていると言えるだろう。
また、劇場版『名探偵コナン』シリーズは、原作者の青山剛昌が制作に大きく関わっていることも特徴だ。その関わり方は多岐に渡り、制作の起点となるネタ出しから細かなセリフ・脚本の調整、さらには原画の執筆まで実に幅広く、そして深い部分まで制作に携わっている。原作者が積極的に劇場版シリーズに携わることで、原作との連動がしやすくなっているのだ。
再び『ONE PIECE』と比較すると、『ONE PIECE FILM RED』などのタイトルに“FILM”が冠される作品には、原作者の尾田栄一郎が製作総指揮として関わっており、『コナン』同様に一部の設定の先行開示などが行われるものの、設定としてはあくまでも原作のパラレルワールドとなっており、原作の連携という点においては『名探偵コナン』よりも若干弱い印象は否めない。
構造上の連携の容易さに加え、より積極的に原作者が制作に携わることで、劇場版シリーズを細かなニュアンスや作品全体のムードに至るまで、原作と遜色ないものに仕上げているのだ。
こうした原作と連動した施策、観客へのサプライズが『名探偵コナン』のディープなファン、いわゆる“コナンフリーク”を2度、3度と劇場に足を運ばせる理由になっており、「特典商法」を使わなくとも興行収入を伸ばせる理由のひとつになっていると言えるだろう。
小さい子供も飽きさせない“仕掛け”
その一方で、ライトに楽しむ観客や2世代、3世代と世代を超えて来場するファミリー層への配慮も根付いているのが、劇場版『名探偵コナン』シリーズだ。毎作冒頭には、シリーズの概要と共にその作品で重要な位置づけとなるキャラクターについての紹介映像が挟まれる。初見の観客や劇場版シリーズしか見ていないライトファンには優しい施策だ。
シリアスなミステリーが展開し、大人でも難解な用語が並ぶ『名探偵コナン』シリーズにおいて、子供向けの施策としてクイズタイムも恒例で設けられている。さらに、毎作定番となっているド派手なアクションは、それだけでも観る価値があるほどの迫力だ。ファンムービーとしての側面だけでなく、門戸を開いたエンターテインメントの側面も大きいのが劇場版『名探偵コナン』シリーズなのだ。
良質なミステリーやどんな層でも楽しめるエンターテインメントとしての質を毎年更新し続けることで、シリーズのファンを着実に増やし、そのファンを原作との綿密な連携やサプライズでガッチリと掴んで離さない。この構造こそが劇場版『名探偵コナン』シリーズがここまでのメガヒットシリーズとして長きに渡り君臨し続ける最大の理由だと言えるのではないだろうか。
現在公開中の『名探偵コナン 隻眼の残像(フラッシュバック)』でも上記した原作コミックとの連携や全世代へ向けた施策などは健在だ。公開初日だけで10億円もの興行収入を記録し、昨年の『100万ドルの五稜星』を超えるペースで推移している。もちろん本作においても、特典の配布は実施されていない。
(ふじもと)