昭和天皇崩御当日、撮影終了と共に雨が…「政治ドラマは当たらない」との<常識>を覆した『代議士の妻たち2』の裏側
2024年4月25日(木)12時30分 婦人公論.jp
『代議士の妻たち2』初回放送当日の讀賣新聞朝刊「試写室」欄(1989・1・9)(写真:『証言 TBSドラマ私史: 1978-1993』より)
昭和天皇崩御にリクルート事件。様々な現象や事件が、立て続けに昭和の最後に起こりました。そんな歴史の転換期に、「平成」初のテレビドラマ『代議士の妻たち2』をつくったのが、元TBSプロデューサーで現・日本映画テレビプロデューサー協会事務局長の市川哲夫さんです。今回、著書の『証言 TBSドラマ私史: 1978-1993』から、知られざる当時のドラマ制作の裏側を教えていただきました。市川さんいわく「当時『政治のドラマは当たらない』といわれていた」そうですが——。
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天皇崩御
1月7日(土)朝8時近く、自宅の電話が鳴った。私はまだベッドにいた。
「あ、市川さんですか、こういうこと(「天皇崩御」)になりましたが、今日の『代議士〜』のご予定は?」
「午後からリハーサルをやって、夜にはロケーションだよ」と編成担当の狩野敬に答えた。
「ロケーションについては、一寸こちら(編成部)と相談させてください」と狩野にいわれた。
その日は、第4話のリハーサルと撮影でディレクターは坂崎彰だった。リハーサルは滞りなく行なわれた。ちょうどその時間帯には、小渕恵三官房長官から「平成」との新元号の発表が行なわれていた。
昼間は、今にも雨が降り出しそうな曇天。夜のロケーションは、主人公代議士の自宅前のシーン。成城のある邸宅の玄関回りを撮影用に借用していた。ADの山田亜樹が成城には土地勘があり、見つけて来た場所だ。都心とか、繁華街の撮影ではないので問題はないだろうと判断し、編成部に連絡したうえで成城の現場に向かった。
夜9時近かっただろうか、ロケバスに電話が入った。制作局長の梅本彪夫からだった。
「お疲れ様。明後日の放送、予定通り放送することに決定したけど、何か差し障りのあるようなシーンってある?」
「主人公夫婦の地元での結婚のお披露目シーンは、ありますけど」
「なんかおめでたいシーンとか?」
「あまり目出度いシーンとしては撮ってないですけど、獅子舞を仕込んで撮りました」
「ちょっと、そこのところ、抑え目に出来ないかな」
「獅子舞のヨリのカットを一つ差し替えるくらいですかね」
「そうしてくれる」といったやりとりがあった。
30数年も前の話で、今振り返ると「羹に懲りてなますを吹く」の感が拭えないが、その時はそうした「空気」に私も支配されていた。ディレクターの坂崎に了解をとったうえで、ADの戸高に緑山の編集所に行ってもらった。撮影終了に合わせるように、雨が降り出した。
時代の変わり目
ロケーションが終わって赤坂に戻ったのは午後11時近かったろうか。坂崎とAPの富田とADの山田と4人で、行きつけの「かっぱ亭」に立ち寄り遅い食事をとった。雨は、止む気配がなかった。
「昭和」から「平成」の時代の変わり目をその店で迎えた。放送開始は、翌日に迫っていた。
「天皇崩御」で、1月7日、8日のテレビは追悼番組一色となった。新聞各紙の号外は2000万部も発行された。通常番組が消えたため、レンタルビデオ店が大繁盛となった。9日(月)から、徐々に通常編成に復することになった。
その結果『代議士の妻たち2』は、「平成」初の連続ドラマということになったのである(番組中の提供CMは半分が「湖の白鳥」の映像に差し替えられた)。
当日の「試写」欄は、『讀賣新聞』が大きく取り上げてくれた。
「えぐり出される政治家の実像」との見出しで「映画『迷走地図』を思わせる硬質なドラマに仕上げている。原作にとらわれず、代議士の生の姿をえぐり出すことに主眼を置いたのが良かった。出演者たちも役にはまった演技を見せている。(聖)」。
はたして、初回視聴率は16.8%の高視聴率だった(パート1の最終回と全く同じ数字だった)。
裏のフジの「月9」は一週遅れてのスタートで、2局のドラマは翌週から競合することになった。好発進で現場は大いに活気づいた。
1月11日、TBSの局長人事があり制作局長に鈴木淳生が就き、梅本局長は編成局長となる。
ハイジャック事件
そうした社内人事とは関係なく、私は全回のヤマ場となる第7回、8回の「ハイジャック事件」のストーリー構成を急ぐことにした。
念頭にあったのは、1977年9月に起きたダッカ・ハイジャック事件。
当時の福田赳夫首相が「人命は地球より重し」と「超法規的措置」を決断したことは、様々な論議を呼んだ。
運輸省管掌の事件であり、渡瀬恒彦演じる主人公は、運輸大臣でなければならない。
渡瀬の「派閥のボス」の芦田伸介は「法の番人」たる法務大臣に割り振った。
「人命」か、「法秩序」か、同じ派閥の「親分」と「子分」が対立するという皮肉な構図をこしらえた。
「事件」の対応に追われる大臣・渡瀬の留守宅では、妻・賀来千香子が「流産」の危機に見舞われる。反抗を続けていた前妻の娘・小川範子が賀来に付き添うことになる。
この辺りの、公私の「事件」の絡み合いは上手くいったと思う。
重森孝子も、こうしたアイデアを見事に脚本にした。
「常識」を覆した
実際、第7回「事件」は18.4%、第8回「人命は地球より重し」は19.2%と高視聴率。
第8回は、フジの「月9」ドラマ中山美穂主演『君の瞳に恋してる!』に一矢を報い、「そんなに面白いのか」とドラマ関係者の間でも評判となった。
「政治のドラマは当たらない」との「常識」を覆したとの達成感があった。
その少し前の2月に入った辺りから、テレビ評論家がこのドラマについて言及するようになっていた。
「思いきりのよい踏み込みがほしい。企画自体はいいが、そこらあたりでちょっぴり欲求不満を残すのである」(佐怒賀三夫 1989・2・11『讀賣』夕刊)、「ジバン、カンバンは分かったが、この代議士のカバン(政治資金)の中身まで納得の形で描かれるかどうかである」(松尾羊 89・2・12『毎日』夕刊)。
新聞掲載時からして、3〜4回観たところでの「批評」で、いずれも「様子見」といったところ。
制作者にとって、いかにも「中途半端」なものに感じられた。
連続ドラマなのだから、かつて『調査情報』536号・545号で私が触れた、『淋しいのはお前だけじゃない』の時の丸谷才一や、『深夜にようこそ』での川本三郎のような全回を観た上での批評が欲しいと思ったものである。
※本稿は、『証言 TBSドラマ私史: 1978-1993』(言視舎)の一部を再編集したものです。
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