『あなたがここにいてほしい』注目の若手監督と俳優で送る、中国の結婚観のリアル

2022年7月24日(日)17時0分 シネマカフェ

『あなたがここにいてほしい』 (C) 2021 CKF Pictures, Alibaba Pictures, Tencent Pictures, Netease Pictures

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社会の荒波にもまれてからふり返る、懐かしい青春の日々。10年愛を描いた映画は世界中にあるけれど、中国映画でもこれまで数々のヒット作を生んできた人気のジャンルだ。そこには「学歴社会」「経済格差」「結婚」「距離」など、大人の階段を上っていく主人公の前に立ちはだかる壁として、中国の若者が直面する共通のキーワードがある。7月22日(金)より公開中の『あなたがここにいてほしい』にも、一途な恋人たちの物語に、そんな中国のリアルが反映されている。

ネットに投稿された十年愛の実話

2005年。高校生のリュー・チンヤンは、同じ学校の優等生リン・イーヤオに心を奪われる。ストレートなアプローチがイーヤオの心をつかみ、2人の10年におよぶラブストーリーが始まる。

全校放送でイーヤオに告白するなど、素行を問題視されたチンヤンは高校を退学。早くから社会に出て工事現場で働くように。一方のイーヤオは、順調に大学院まで進学する。進む道が違っても、2人は幸せな家庭を築くという共通の夢を持ち続けている。

チンヤンもイーヤオとの未来のためお金を貯めようと真面目に仕事に取り組み、現場監督を任されるようになるが、裕福な暮らしなど夢のまた夢。彼女に幸せを与えようとする彼と、ただそばにいてほしい彼女。2人の愛の行方は?

原作は、2013年に中国最大のカルチャー系コミュニティ・サイト「ドウバン」に一般ユーザーが投稿した恋人との実話だ。ちょうど中国では『So Young 〜過ぎ去りし青春に捧ぐ〜』(13)や『ひだりみみ』(14)など、青春時代をふり返って初恋の思い出を描く作品が流行していた頃で、この投稿もネット上で話題に。紆余曲折の末、8年の年月を経て映画化され、好評を博した。

変化の早い中国では、1980年代生まれ、90年代生まれ、2000年代生まれで、見てきた青春の景色が随分違う。80年代生まれのチンヤンとイーヤオが青春時代を過ごした2000年代後半は、急速に中国の経済が発展し、世の中がドラスティックに変化した時期。『あなここ』が描く世界は、映画をよく観る若者世代にとって、すでにノスタルジーを持って受け止められる景色になっているのかもしれない。


学歴、マイホーム…若者を待つ関門

十年愛を描いた日本映画では、恋人たちに降りかかる試練が個人的な事情であることが多いが、中国映画では経済問題や結婚をめぐる価値観の違いなど、共通の社会的テーマが多く、内容も自ずと似通ってくる。

まず、若者が最初に直面する人生の関門、大学受験と進学は不可欠の要素だ。日本でも受験はもちろん重要だが、超学歴社会の中国では人生を左右する一大事。『あなここ』でも、大学院まで進んだイーヤオの母親は、学歴がなく工事現場で働くチンヤンには明るい未来がないと決めつけ、2人の仲を認めない。さらに、海外留学帰りの幼なじみの男とイーヤオの仲を取り持とうとする。

ちなみに、現在では「国内で一流大学に入れなかったから海外留学を選んだのね」と見なされるなど、“留学帰り”というステータスは以前ほどありがたがられないらしい。もちろん、本当に優秀な人は別だが。

中国では「マイホームを買うことが結婚の条件」という話を聞いたことがある人も多いと思う。今では若者を取り巻く経済環境や結婚観も変化し、賃貸物件に住んだり、結婚後に2人でマイホーム購入を目指したり、生涯独身を望む女性が自力でマイホームを手に入れるケースなども増えているが、チンヤンとイーヤオが結婚を意識するのは約10年前の中国なので、男性側のマイホーム購入が結婚の絶対条件という意識がもっと強かった。


そこには「男がしっかり稼がねば」という古い価値観が見え隠れする。『あなここ』のチンヤンもまた、イーヤオとの未来のために必死で働き、いつか自分で建てた家で彼女と暮らしたいと夢見ている。監督もチンヤンと同世代の男性だからだろうか。ラブストーリーの甘さより、格差や偏見、大人の世界の不条理に追い詰められ、理想と現実の間で自信を失っていくチンヤンの描写に力が入っているように見える。



フレッシュな主演2人の演技力が光る

数ある中国青春映画の中でも、『あなここ』で特筆すべきは、主役の俳優2人が圧倒的にうまいこと。

チンヤン役のチュー・チューシアオは2019年の大ヒット作『流転の地球』で主演を務めて注目を集め、日本の中国ドラマファンの間では「晩媚と影」や「如懿伝」などで知られる。本作では、恋する喜びと、社会の厳しさに追い詰められていく苦しみを繊細に表現。若手ながら、どんな役にも染まる演技力が武器だ。『イロイロ ぬくもりの記憶』『熱帯雨』で知られるシンガポールのアンソニー・チェン監督の新作『燃冬』(原題)や、アンディ・ラウ主演、オキサイド・パン監督のアクション映画 『危機航線』(原題)などが待機しており、今後の活躍が嘱望されている。また、セリフ回しの巧さや声の良さにも定評があり、日本語吹き替えを古川雄輝が務めるのは、“日中イケボ俳優競演”のナイスキャスティング。ぜひ字幕・吹き替え両バージョンで楽しんでほしい。

イーヤオ役のチャン・ジンイーもまた、本作がデビュー作とは思えない堂々としたヒロインぶりで魅了する。そのフォトジェニックな容貌と憑依型の演技力は、『始皇帝暗殺』(98)や『ふたりの人魚』(00)などキャリア初期の作品でジョウ・シュンを見た時の衝撃を思い出す…と思ったら、彼女とチェン・クンが設立したプロダクションに所属するジョウ・シュンの秘蔵っ子であった。注目しておいて絶対損はない。

監督もフレッシュだ。北京電影学院大学院出身の沙漠(シャー・モー)監督は、本作が長編デビュー作。ネットドラマ「你好,旧時光」(原題)を演出するなど、業界ではその才能が早くから注目されていた期待の若手で、中国で昨年配信された若手監督たちに短編映画の制作と上映の機会を与えるリアリティショー「開拍吧」(原題)でも高評価を得て知名度を上げた。

中国映画市場は若手監督がヒットを連発

日本で名が知られている中国の映画監督というと、チャン・イーモウやチェン・カイコーなどいわゆる第5世代が中心だが、近年の中国市場のヒットランキングは若い監督たちが上位を席巻している。

たとえば社会現象となった大ヒット作 『薬の神のじゃない!』(18)でデビューした文牧野(ウェン・ムーイェ)は85年生まれ。今年の春節シーズンに公開された新作『素晴らしき眺め』(Netflix配信中)もヒットした。日本未公開だが、昨年の春節にヒットした『送你一朶小紅花』(原題)の韓延(ハン・イェン)も83年生まれで、ホームドラマに長けた注目の監督。現在、中国では彼の最新作『人生大事』(原題)が公開中で、話題になっている。

映画祭等でしかお目にかかる機会はなかなかないが、アート系作品を撮る若手となると、もっと大勢いる。日本でも『白鶴に乗って』(12)や『僕たちの家(うち)に帰ろう』(14)など、早くから作品が紹介されている李睿珺(リー・ルイジュン)は83年生まれ。今月、中国で封切られた最新作『隠入塵煙』(原題)も今年のベルリン国際映画祭でコンペティション部門に出品されるなど、国際映画祭ではずっと注目の存在だ。

表現に対する規制強化ばかり報じられがちな中国の映画界だが、規制の隙を縫って独自のクリエイティビティを模索する若い才能の作品が見られる機会が増えることを期待したい。

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