【インタビュー】高畑充希 大きな“破壊”の後に気づいたこと…失う前に気づくことの大切さ

2021年9月1日(水)7時45分 シネマカフェ

高畑充希『浜の朝日の嘘つきどもと』/photo:Jumpei Yamada

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初めてのデートで行った劇場、講義をさぼって通ったミニシアター、子供の頃、大好きなアニメの劇場版をいつも観ていたシネコン…。映画好きであればきっと、忘れられない思い出の映画館・劇場がある。高畑充希にとって、忘れられないその場所は地元・大阪の梅田芸術劇場だという。

「小っちゃい頃、そこでしょっちゅうミュージカルを観てましたし、楽屋の出待ちをしたこともありました。演じる側として初めてあの舞台に立たせてもらったのは10代の頃でしたが、楽屋から舞台に通じるエレベーターに特有の“匂い”があって忘れられないんですよ。あれは何の匂いなんだろう…(笑)? その後も何度も立たせてもらってますけど、あの匂いは変わらないし、私にとっては特別な劇場ですね」。


高畑さんが主演を務める映画『浜の朝日の嘘つきどもと』は、福島県南相馬市にある、経営が傾いた小さな映画館「朝日座」を立て直すために現れたヒロインと彼女の熱意に心を動かされていく周囲の人々の姿を描いた作品。観終わった後に、自分の心の中の思い出の映画館…いや、映画館に限らず、大切な場所や存在に思いを馳せる——そんな作品に仕上がっている。高畑さんは、どのような思いを持ってこの作品に臨んだのだろうか?

破壊されてから気づく「すごく貴重なこと」

撮影が行われたのは昨年の夏のこと。高畑さんにとっては最初の緊急事態宣言の解除後、1本目の仕事であり、コロナ禍という唐突にやってきた“非日常”の中で感じたことが、作品と強く結びついたという。

「みなさん、そうだったと思うんですけど、あの当時、明日がどうなるかわからない状況で、いままで当然だったものが急に消えたり、人間関係も急に変わっていった時期だったんですね。台本の中で個人的に好きだったセリフに『みんな、なくなるとわかってから騒ぐ』というのがあって、朝日座がなくなると決まってから、みんなあれこれ言うけど、それまで普通に(映画館が)あったときはありがたがらないんですよね。それって本当にその通りだなと思いました。ちょうど、いろんなものが破壊されていった時期で、破壊されてから騒いでいるけど、普段、普通にそれがあったことが実はすごく貴重なことだったんだなぁということを感じました」。


本作の脚本、監督を務めたのは『百万円と苦虫女』『ロマンスドール』で知られるタナダユキ監督。コロナ禍や東日本大震災から10年を経て、いまなお復興の途上にある福島の姿など、社会や個人が抱える決して軽くはない現代進行形の課題に鋭く切り込みつつ、それを哀しみだけで染めるのではなく、笑いやユーモアをもって描き出しているのが本作の魅力といえる。

「明るい題材じゃないし、私が演じた役もすごくハードな人生を歩んでいるだけど、絶対に暗くしたくない、“かわいそう”には見せたくないというエネルギーを脚本からも強く感じました。人が死ぬシーンですら、単に悲しい“お涙ちょうだい”にしたくないっていうエネルギーは、文字から浮き出るくらいに感じました」と語る高畑さん。タナダ監督と仕事をしてみて「一度、タナダさんと仕事をした俳優さんがみなさん『またやりたい』とおっしゃるのがすごくわかりました」と目を輝かせる。


“継いでいく”ということに意義を感じるように

本作で、高畑さん演じるヒロインの魅力を引き出す存在として2人のジャンルの異なる“笑いのプロ”が大きな存在感を放っている。ひとりは朝日座の支配人を演じた落語家・柳家喬太郎。もうひとりが回想シーンで登場し、震災によって心に深い傷を負った莉子を映画好きに染めながら導いてゆく恩師・茉莉子を演じた大久保佳代子である。喬太郎師匠、大久保さんとの会話劇では、高畑さんはそれぞれとお笑いコンビを組んだような、全く異なる笑い、そして活き活きとした表情を見せてくれる。


「私自身、10代の頃は(学生時代の莉子のように)すごく閉じてて、殻に閉じこもって他人とコミュニケーションを取りたくないというタイプで、学生時代を演じる時は、その頃のことを思い出しながら演じてました。人の目もあまり見られないし、全てを自己完結しちゃうんですよね。いろんなことを心の中で思ってても、いくつも先回りして『じゃあ、これでいいや』ってひとりで完結しちゃう。そういうところはわかるなと思いながらやっていました」。

「喬太郎師匠との会話劇は楽しかったですけど、一発で撮ったので緊張もしました。師匠は師匠で『僕は普段、ひとりでしゃべっているので迷惑をかけるかも』とおっしゃってたんですが、わたしの方が胸を借りてばかりでした。そういう意味で、(喬太郎師匠も大久保さんも)普段のお仕事とはやっていることが違っていて、面白いですね。いろんな方が出てくださって、その方々との会話で物語が転がっていくのが楽しいなと思いました」。


恩師である茉莉子の言葉に導かれ、朝日座の再建のために奮闘する莉子。誰かの思いを受け継ぎ、繋いでいくというのも本作の描くテーマのひとつだが、高畑さん自身、そこに感じる部分があったという。

「私は“受け継ぐ”みたいな概念はいままでの人生であまりなかったんです。というのは、私は親の職業を継いだわけではなかったので…。本来は私が継ぐべきだったのかもしれないけど、家を飛び出して芸能の世界に入ってしまったので、ある意味で自分は(自分で道を切り拓いていく)初代というか、“受け継ぐ”という立場ではないので。ただ最近、特にミュージカルで、クラシックな作品を後世に伝えていくためにやるということがあって、そのためのひとつのピースになるというチャンスをいただくことが多くて、そこに意義を感じている自分がいるんですね。これまで、何かを“生み出す”ことの美学を感じていたけれど、“継いでいく”という美学もあるんだなと感じています」


「傷は消えることはない」その上で大切なこと

受け継ぎ、伝えていくという意味で、この作品で重要なテーマのひとつとして描かれているのが今年で発生から10年を迎えた東日本大震災である。撮影は被災地であり、原発事故の爪痕がいまなお深く残る南相馬市で行われた。この作品への参加を通じて、高畑さんは何を感じたのか?

「あの震災が起きたとき、私は地元の大阪にいたんです。健康診断のために母と病院にいて、TVで津波の映像を見たんですけど、TV画面を通じて見ていると、どうしても“TVの中の出来事”になってしまっていて。東北に親戚がいるわけでもなく、ニュースではいろんな情報が流れてきて、悲惨な状況を知ってはいましたが、どこか自分のこととしてとらえられる“距離”ではなかったんだなと」。


「今回、この作品の現場に入って、津波で全てが流されていまは樹が生えている海辺や、原発事故による立ち入り禁止区域の柵を見て、震災が自分のことになった気がします。(1995年の)阪神大震災は私も実際に経験して、実感を持っていましたが、3.11に関してはこれまでそうじゃなかった——この作品を通じてそこに向き合いたいという思いはありました」。

「(実際に被災地を見てみて)10年が経ちましたが、まだ癒えてないんですよね。もちろん、再生・復興してお店も再開されてはいるけど、傷跡の上に希望が乗っかっている感じがしました。これは新型コロナについてもそうだと思いますが、今後、良くなっていくけれど(傷は)消えることはないんですよね。消そうとしても、忘れようとしても無理で、それを踏まえてどう作っていくのか? それが大事なんだなと。完全な修復なんてない——大きく傷つくってそういうことなんだと実感しました」。

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