「さっさとくたばれ」息子夫婦から罵倒された北朝鮮老父の悲劇

2023年4月14日(金)6時2分 デイリーNKジャパン

儒教は「孝」、つまり親孝行を、人間の持つべき最も根本的な道徳だと説いている。朝鮮ではこれが非常に重要視され、朝鮮王朝時代には政策的に孝が奨励された。


家族のあり方が急激に変化し、以前ほど孝が重要視されなくなった現代韓国社会だが、親に対してひどい扱いをする行為は「廃倫」と呼ばれ、社会的な批判にさらされる。また、刑法には尊属殺人罪もあり、一般の殺人より量刑が2年増やされる。


このような価値観は現代北朝鮮にも強く残っているものの、それとは乖離した現実も少なからず見られる。経済難が続き、社会保障システムが崩壊した今、親を虐待する子どもが増えているようだ。しかし、そのような話がニュースになるところから、それでもまだ「孝」が優先されていることが伺い知れる。


両江道(リャンガンド)のデイリーNK内部情報筋が伝えた一件は、親を大切にすると宣言した息子夫婦が、実は裏の顔を持っていたというものだ。


話の主人公は、三水(サムス)郡の邑(郡の中心地)に住む60代男性。この男性は昨年、妻に先立たれて一人暮らしをしていたが、最近になって息子夫婦との同居を始めた。それも息子が「お父さんの面倒をみる」と言い出し、住んでいた家を売り払っての同居だった。


それが悲劇の始まりとなった。


冬の厳しいこの地方。部屋の中でもいちばん暖かい場所は、目上の人の居場所となるのが普通だが、息子夫婦がそこに居座った。それだけでも充分に社会的な非難に値することなのに、そればかりか、食事も二人だけで済ませ、父親には何ひとつ出さず、「飯なら自分で炊け」と七輪を押し付ける始末だった。


父親は年老保障(年金)を受け取ってはいるものの、1カ月に受け取れる額はコメ数日分に過ぎない。やがて飢えに苦しむようになり、息子夫婦に何度も助けを求めたものの、冷たく断られた。


情報筋は触れていないが、息子夫婦の目論見は、父親の住んでいた家を乗っ取ることだったのだろう。


もはや限界と思った父親は、息子夫婦にこのように言い渡した。


「お前たちがわしの面倒を見ないのなら、この家から出ていけ。空いた部屋を貸し出してその家賃で生きていく」


すると息子夫婦はこんな暴言で返した。


「さっさとくたばれ」


父親は、三水郡安全部(警察署)に駆け込み、「親にひどい扱いをする息子など、もはや息子ではない」「戸籍から抜いて、一人で住めるようにしてくれ」と訴えた。この「戸籍を抜く」というのは、縁を切るという意味の朝鮮語の比喩だ。


しかし、安全部から返ってきた答えは、「息子が気に入らないからと戸籍から抜くという法律はない」というもの。父親はそれでもあきらめず毎日、安全部を訪ね、「息子がいるからと養老院(老人ホーム)にも入れてくれない、自分の家で自由に暮らせないならもう死ぬしかないのか」などと言って、住民登録課長と政治部長に会わせてほしいと泣きながら訴えた。


それでも聞き入れられず、大声で叫び始めた父親。結局、頭がおかしくなったと決めつけられ、留置場に入れられてしまった。


一部始終を目撃した近隣住民は「かつてなら、子どもが親を粗末に扱ったら顔をあげて歩けないほど、組織的に暴露(公開批判)されたのに、今ではそれもなくなり、むしろ罪のない老人が勾留されるなんて」と残念がった。


「家庭内姥捨山」とも言うべき今回の件だが、最近の北朝鮮では決して珍しいこととは言えない。経済的苦境で親の面倒を見られず、家から追い出したり、親自らが家を出たりするケースが後を絶たないのだ。



他の地域では、地方政府が住民から金品を集めて老人に届けたケースなどもあったが、この老人がどうなったかについて情報筋は触れていない。


一方の息子夫婦だが、郡全体でも人口わずか4万の田舎だけあって、噂はあっという間に広がり、後ろ指を指されながら暮らすことになるだろう。また、親を大切にすることが社会主義的美徳とされているだけあり、何らかの処罰を受ける可能性もなくはない。

デイリーNKジャパン

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