共産党統治の宿命なのか?中国の「著作権」意識が低い根本的な理由

2023年5月14日(日)6時0分 JBpress

(馬 克我:日本在住中国人ライター)

「B9GOOD」は、日本アニメをオンライン視聴できる中国の海賊版ウェブサイトである。その運営者が中国当局に摘発され、3月27日にサイトが閉鎖された。

 日本のコンテンツの海外促進と海賊版対策を行う「一般社団法人コンテンツ海外流通促進機構(CODA)」のデータによると、B9GOODのアクセス数は、2021年1月から2022年末までの約2年間で累計3億回を超え、その視聴者の大部分は日本からのアクセスだったという。

 なぜなら同サイト上の海賊版アニメには中国語の字幕がない上、数年前より中国のIPアドレスからのアクセスをブロックしており、中国以外の人しか視聴できなかったためである。

 中国のウェブサイトにとって、中国のIPアドレスをブロックすることは、法の目をかいくぐる手段の1つである。B9GOODの場合は、中国アニメを盗用するわけでも、中国人を対象にするわけでもないため、中国政府の注意を引かないということだ。実際、同サイトは2008年から運営されており、運営者の重慶市在住の無職男性(33)は、これまでに1億円以上の広告収入を得ていた。


海賊版は「自由の精神」の現れなのか?

 B9GOODは中国において影響力は低いものの、日本語を理解できる中国人の中には、IPアドレスのブロックを回避するVPN(仮想プライベートネットワーク)を駆使して長期間視聴している人も少なからずいた。同サイトが閉鎖されると、中国のSNSでは「このウェブサイトの閉鎖は偽善だ。インターネットの極めて重要な自由の精神を損なった」という声も上がった。

 いわゆる「自由の精神」とは、欧州で始まった反著作権運動を指す。

 実際、世界最大の海賊版ウェブサイトは、スウェーデンの反著作権団体が開設した「パイレート・ベイ(The Pirate Bay)」で、2008年には、同時オンラインユーザー数が1000万人を超えた。映画ドラマ、音楽、ゲームなどのダウンロード可能な作品数は100万点を上回る。

 同サイトの運営者は、著作権は少数の人々に富をもたらすメカニズムであり、社会の不公平を助長させると主張している。しかし、このような見解は社会に受け入れられず、2009年にはスウェーデンの裁判所が「パイレート・ベイ」の4人の運営者に対して1年の懲役刑と高額の罰金を科した。だが、このサイトは現在も運営されている。

「パイレート・ベイ」のようなウェブサイトが存在するため、一部の中国人は、海賊版には「自由の精神」があると理解しているのかもしれないが、中国が「海賊版大国」になった本当の理由はスウェーデンとは全く異なる。スウェーデン人の行動は反資本主義のポストモダン的な運動であると言えるが、中国はまだ完全な現代社会になり切っていない状態である。


海賊版であることすら知らない中国人

 1990年、ノーベル文学賞受賞者のガブリエル・ガルシア=マルケスが中国を訪れ、「150年間、中国に自分の小説の出版権を与えない」と宣言した。それもそのはず、彼の小説『百年の孤独』は中国の読者から多くの支持を得ていたが、読者が読んでいたのは海賊版の本であり、マルケスは中国から印税を一銭も受け取っていなかったからだ。

 実際にはマルケスだけがこのような扱いを受けたわけではない。私のように1980年代初頭に中国で生まれた者は、青春期に多くの日本の漫画を読んだが、すべてが海賊版だったと記憶している(本コラム「日本のアニメを見て育った中国『改革開放』世代の嘆きと絶望」を参照)。

 当時、正規版という選択肢はなく、若かりし頃の私は、これらの漫画が海賊版であることをまったく知らなかった。悲しいことに、私は他の中国人と同様、著作権の概念すら持っていなかったのだ。


著作権より出版力が重視された時代

 古代中国では、著作権よりも印刷能力を保有していることのほうが重要であった。書籍の出版には版木、製紙、拓本などの工程が必要だった。つまり書籍の出版者になれるのは、相当な資金力がある限られた者だけだった。さらに出版者には、書籍の売上収入も帰属するものとみなされていた。書籍の売上は基本的に作者には帰属していなかった。

 例えば、300年以上前に出版された中国で最も有名な小説『紅楼夢』は、今でも作者が誰であるかは明確にされていない。しかし、作品内容から、作者が豊かな生活を送っていた後、貧困で悲惨な状況になったことが示唆されている。もし当時、現代のような著作権制度があれば、『紅楼夢』の作者は印税によって終生豊かな生活を送ることができただろう。しかし、彼は小説に自身の本名さえ記す気がなかった。なぜなら、当時、小説の売上によって作者が豊かになることなどあり得なかったからである。


「海賊版大国」の誕生

 日本の江戸時代においても、中国と同様に、法律は書籍の作者ではなく主に書籍の版木所有者を保護していた。

 やがて西洋文化と現代的な印刷技術が導入されるにつれ、日本と中国はともに現代的な著作権の考え方を受け入れるようになる。1899年、日本はヨーロッパによる著作権保護の「ベルヌ条約」に署名し、「著作権法」を制定。中国も1910年に「ベルヌ条約」に基づく「大清著作権律」を制定した。しかし、翌年の1911年に辛亥革命が勃発し、清朝は滅亡する。

 その後の中華民国の時代には、より西洋に近い「著作権法」が制定される。書籍が広く世の中に普及し出版業界が繁栄すると、作家たちは原稿料によって良好な生活を送ることができるようになった。例えば魯迅は、当時の政府を批判する文章を書きながら、各出版社から高額な原稿料を受け取っていた。

 1949年、共産党が中国を占領すると、共産党政府は民国時代の法律と報酬水準を継続し、作家は依然として高収入層だった。

 ところが57年、毛沢東が「反右派闘争」を開始。運動の実態は、異議を唱える者を排除することを目的としていた。この運動の中で、「高額な報酬を追求することは資本主義社会の金銭観であり、遅れた考え方である。高額な報酬を追求することは、作家を労働者の群衆から離れさせ、徐々に腐敗堕落させるだけだ」と提起された。

 この考えの下では、作家たちは報酬を要求することができず、収入は激減し、実質上、すべての作家が共産党政府から給与を受け取る文芸工作者、つまり政府のお抱え作家となった。1966年には「文化大革命」が勃発し、「かつて高額な報酬を受け取ったこと」が罪とされ、多くの作家が紅衛兵による暴力を受けた。

 このような社会的な雰囲気の中、作家たちは著作権を提唱することができず、一般人はなおさら著作権などというものに関心を払わなかった。

 80年代初頭の改革開放後、著作権の意識は再び高まったが、人々の意識はすぐには変わらず、当時の中国人は著作権意識がない上、他人の作品を複製することで収益を上げられることに気がついた。このような状況下で、いわゆる「海賊版大国」が生まれたのだ。

 90年、訪中した作家マルケスは、会いに駆けつけた錢鍾書などの作家に対し、「あなたたちはみな海賊版の共犯者だ」と言い放った。錢鍾書は民国時代と文化大革命を経験し、著作権意識の形成と消滅の過程を目の当たりにしてきたが、マルケスに説明することはできず、一言も発しなかった。これは中国人にしか分からない特異な歴史なのだ。


不自由が助長する「海賊版」文化

 改革開放が進む中、中国人の著作権意識も徐々に高まっていったが、常に存在する問題がある。それは、中国共産党政府が、人々が自由に作品を見ることを許していないことだ。

 以前、本コラム「中国の若者たちはアメリカの『ゴミ』の向こうに何を見たのか」でも述べたように、中国人は米国のプラスチックゴミ(「打口」と呼ばれる穴が開いたCDなど)を通して欧米の現代音楽に触れた。そして人々はこれらのゴミをコピーし大量の海賊版を作った。

 中国では、西側世界のほとんどの音楽の正規版が政府によって輸入禁止とされていた。そのため打口音楽や海賊版を聴くことが人々の唯一の選択肢だった。

 習近平政権発足前の中国には、海外文化に比較的寛容な時期があった。外国のテレビドラマが中国にも一定数入ってきて放送された。その中でも、アメリカのドラマ「ビッグバン★セオリー」は中国で非常に人気があった。だが、2014年、中国共産党政府は「ビッグバン★セオリー」を含む4つのアメリカドラマを突然放送禁止にした。後に一部の放送が再開されたが、政府は外国の映像作品に対する検閲を強化しており、Netflixなどの動画配信サイトは中国で事業を展開できない状態だ。


中国から海賊版がなくなる日は来るか

 冒頭で触れたB9GOODとは異なり、中国の大部分の海賊版ウェブサイトは、中国の視聴者を対象としている。中国政府の思想検閲や海賊版に対する取り締まりに対抗するため、一部の海賊版ウェブサイトは中国国外のサーバーにウェブサイトを置いている。中国人がこれらの映像作品を視聴・ダウンロードするためには、VPNを使用する必要がある。ただし、高品質なVPNはほとんどが有料である。その結果、中国では、一部の人々は有料で海賊版の作品を視聴しているという奇妙な現象が生まれている。

 習近平が経済振興を目指す背景の下、中国共産党政府は、2008年以来運営されてきたB9GOODを閉鎖した。

 また、4月26日には、中国の著作権保護団体である「中国版権協会」と前述のコンテンツ海外流通促進機構が、日中それぞれのコンテンツに関し、正規コンテンツ流通と著作権保護を目的とした戦略的提携に関する覚書を締結した。これにより、中国共産党政府は、海賊版撲滅や健全なビジネス環境を作り出す印象を外部に与えた。

 しかし実際には、中国人の希薄な著作権意識自体が中国共産党統治の結果であり、同時に、政府による思想検閲が存在する限り、中国から海賊版作品の配信や視聴行為がなくなることはないだろう。

筆者:馬 克我

JBpress

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