岸田首相の韓国への忖度は禍根残す、河野談話の二の舞を危惧
2023年5月16日(火)6時0分 JBpress
岸田文雄首相が5月7日から1泊で韓国を訪問し、尹錫悦(ユンソンニョル)大統領と会談した。
首相が訪韓して首脳会談に臨んだのは実に12年振りである。
日本に最も近い国であり、自由と民主主義を標榜する隣国でありながらこれほど長い期間、正式の首脳会談が開かれなかったということは、いかに対応が難しい国であるかという証左である。
尹錫悦大統領は就任以来、日韓関係の修復に精力的に取り組んできた。
その一つが徴用工問題である。前政権下で悪化する一方であった問題が進展したことは間違いない。
両国首脳が尹錫悦大統領の就任以来あらゆる機会をとらえて対面会談を重ねているのはこうした関係改善を受けてのことである。
しかし、両国間には竹島問題や慰安婦問題が依然として残されている。また、射撃レーダーの照射問題や旭日旗問題などもあり、解決されないまま現在に至っている。
歴代の親日政権は終盤に向かいレームダック化して支持率が低下すると反日に転ずることがしばしばであった。
韓国の政治において反日は支持率向上の妙薬として機能してきたのであり、今後も政治家や民間団体などでは有効なカードとして温存され続けるに違いない。
あまりにも短兵急の韓国接近
尹錫悦氏は大統領候補になった時から対日関係の転換を言明していたので親日政策をとることは予測されていた。
そして、当選直後から徴用工問題の解決に注力してきた。現実に解決策を提示し、反対してきた人々の大半の説得にも成功した。
徴用工問題が日韓関係に決定的な亀裂をもたらしたわけで、その解決にまず努力したことは評価される。
しかし、長年にわたり、ありもしなかった慰安婦問題を世界に喧伝し、いまなお在韓日本大使館前に違法に設置された少女像は撤去されず、日本の名誉と尊厳を踏み躙り続けている。
このほかにも、対日関係の悪化に拍車をかけた旭日旗への言い掛かりや射撃レーダー照射問題などが何一つ解決されていない。
日本を取り巻く近隣情勢、中でもロシアのウクライナ侵攻がもたらした状況認識が同盟・友好国の絆の確認と強化を求め、また尹錫悦政権の政策転換が日本の対韓接近を容易にしていることは事実である。
しかし、韓国の歴代政権の対日関係を熟視するならば、留保なしの対韓接近は問題なしとするわけにはいかない。
ほかでもないが、韓国内でも野党を支持する勢力が半数近く存在し、与党でも政権の支持率が低下し始めると、いとも簡単に反日に転ずることがしばしばであったからである。
問題の多くが解決していない
高支持率を誇る親日政権も北朝鮮政策や対日政策で終盤には飽きられ、支持率を低下させるのがこれまでの傾向であった。
そこで支持率回復の妙薬として働くのが反日である。
その手段はしばしば荒唐無稽な政策であり行動であった。先に列挙した課題に加えて処理水問題や農産物の輸入問題もある。
日本がすでに解決済みとしていた徴用工問題を引っ張り出し国家間の約束を反故にする。
慰安婦のようなありもしなかった事案を拡大して国際社会にまで喧伝して日本を人権無視の悪逆非道国家に仕立てる。
竹島訪問を政治家が繰り返し、挙句大統領さえ行って反日宣伝を行い、問題をエスカレートさせる。
両国間で何ら問題でなかった旭日旗に言いがかりをつける。国際的に禁止されている射撃レーダーを照射を行って言い逃れる。
国際基準よりもはるかに厳しい処理水を汚染水と言い、農作物等の輸入制限を続けるなどなど、列挙に困らないほどである。
どれほど国損をもたらしているか計り知れない。
2国間の問題というよりも、韓国が一方的に問題化していることばかりである。こうしたほとんが解決されていない。
徴用工問題が大きな棘であったことは確かであるが、ほかにも多くの問題が山積しており、いつどのように風向きが変わるか分からないのが韓国世論であり政治である。
一つの問題が解決しただけで有頂天になるのは「木を見て森を見ない」喩えそのものではないだろうか。
日本と韓国
両国はその存在を相互に認識するようになって以降、最も近い隣国であることから切っても切れない関係にある。
古代においては、大陸の脅威を受けた半島国家が日本に援軍を要請することもしばしばであった。
中世においては日本が半島を足がかりに大陸への野望を抱いたこともある。
近代になると半島を利益線と位置付け、大陸国家の影響下から独立させようと尽力した。
このように、双方が国家を意識し始めた当時から、両国は地理的に近いことから人の往来を始め、政治と貿易において密接な関わりを持ってきた。
まさしく嫌いだから逃げ出すということはできるはずもなかったわけである。
歴代の両国首脳が必ずと言っていいほど両国の関係に言及し、また信頼関係を構築する重要性に言及するのも当然のことであった。
今日の日本人が意識する日清戦争以後においては、日本の国益という視点が強く働いていたが、半島の独立と近代化を支援してきたことは確かである。
しかし、同一民族が南北に分割されて以降は、植民地化して搾取した日本という意識に強く彩られている。
親北大統領は言うに及ばず、親日を自認して就任した大統領さえもが国内事情、国民世論との関係から反日的言動に終始するようになるのをこれまで繰り返してきた。
これは、分断国家における歴史教育がもたらした悲劇であろうが、国民の間にこうした歴史認識が多分にあるからにほかならない。
尹錫悦大統領とて例外とは言えないのではないだろうか。
韓国の要求になかった謝罪
尹錫悦大統領が徴用工問題で示した解決案に反対者もいるが多くが賛成しているとされる。
それは韓国政府が元徴用工や遺族に対し丁寧に説明し説得した結果だという。
こうした努力を岸田首相は高く評価し、自らの気持ちとして「心が痛む」と表現した。
そもそも今回の発言は韓国の要求ではない。日本は国交正常化にあたって取り交わした条約などで解決済みとしてきた。
この姿勢を堅持した上で、歴代首相が語った謝罪を含む談話等を踏襲するとした。
実際のところ徴用工は日本人同様に、いや時には日本人以上に優遇された。提起されている現場(主として炭鉱?)の状況は著しく歪曲されていることが判明している。
炭鉱ではないが、長崎の造船所で働いていた徴用工には規則どおりの給与や休暇等が与えられていたし、愛知県の半田工場(航空機製造)に勤務した徴用工の食料品や衣服などは日本の工員・家族が羨んだほど日本よりも良かったし、帰国時は宿泊費も含めて過分の旅費等が与えられていた。
そうした事実をすべてかき消し、人間として扱われなかったふうの喧伝に明け暮れ、賠償を請求してきた。
そうした使嗾に乗っかったのが当人や遺族であり、前政権であった。
支援団体の資金稼ぎや政権浮揚のための捏造で、自作自演でしかなかった。それを自国で解決しようと努力したのが尹錫悦政権だ。
発足して1年も経たない政権で、強力な野党や解決策に反対する分子も存在して脆い部分も多分にある。
親日政権であるからという理由で日本が積極的に支える必然性はさらさらない。
しかし、浪花節的な日本人の性格を過分に持つのか、岸田首相は尹錫悦大統領の尽力を高く評価し、要求もされなかった謝罪の言葉を吐いた。
韓国が要求したのであれば、万一問題が出てきた場合、日本は心ならずも事態を進展させるためにそのように答えざるを得なかったという言い訳もできる。
しかし、日本から自発的に発した言葉であれば、韓国は日本に贖罪意識がある、それは取りも直さず強制徴用したという事実を日本が認識しているからだと解釈されても致し方ない。
外交での「忖度」は危険
中曽根康弘首相(当時)は中国の胡耀邦主席(当時)と個人的・家族的な付き合いを深めていった。
それが日本と中国の関係を良好にした面はあったに違いない。ところが、ある問題で胡耀邦氏が窮地に陥る。
首相は胡耀邦主席を救うべく靖国参拝の中止という譲歩の手を差し伸べた。しかし、胡耀邦氏は失脚し、事後は首相(や閣僚)の靖国参拝は中国が政治カードとして活用することを許した。
河野談話発出にあたっては韓国が「強制連行」などの文言の挿入を要求したが日本は疑問があるとして受け入れなかった。
従って、談話の文面を見る限りにおいて半島で強制連行が行われたという認識は得られない。
韓国の要求は受け入れなかったが、代わりに東南アジアで起きすでに解決済みの個人的な強制事案をそれとなく挿入した。
記者会見の席で「強制連行があったという認識でいいか」と問われた河野洋平官房長官(当時)は「その通りです」と答えた。
これが韓国をして「強制連行」を世界に流布させる因となった。
国連機関さえ「政府文書」の河野談話に明記されているではないかと主張し、間違った見解を取り消そうとしない。
中国の主席も韓国の大統領も日本の首相も一国の代表である。国益に資するように語り行動することは大切であるが、個人的な言動はよくよく検討した上でければならない。
ましてや、中国や韓国などを相手にする場合は過剰なシンパシーを送ることがあってはならない。
今回の岸田首相の発言が中曽根首相や河野官房長官の轍を踏むものにならないことを祈るのみである。
おわりに
尹錫悦大統領には対日関係を改善し、その成果をもって対米関係の発展につなげようとする戦略があった。
このこと自体は日本が発出したインド太平洋の平和と安定に資するわけで大いに評価しなければならない。
しかし尹錫悦大統領の言動の第一の狙いは言うまでもなく政権の安定と自国の安全である。
政権後半になりレームダック化して支持率が低下すれば、「心が痛む」代償が持ち出されないとも限らない。
首相が言うべき言葉は次のようなものでよかったのではないか。
尹錫悦大統領の対日関係改善の熱意は分かった。しかし、慰安婦問題やレーダー照射問題、その他が解決されないまま残っており、日本国民の十分な理解を得られる段階には至っていない。
件の懸案に解決の目処がついた時点で日韓関係は以前のどの政権にも増して強力なものになるのではないだろうか。
政権の前向き姿勢を評価すると共に、なお一層のご努力を期待したい。
筆者:森 清勇