台湾総統選で野党・国民党候補の侯友宜氏、勝敗を左右するのはやはりあの男

2023年5月18日(木)18時0分 JBpress

 満を持して、「本命」が表舞台に登場してきた。来年1月に行われる台湾の次期総統選挙で、野党・国民党の公認候補に選出された侯友宜(こう・ゆうぎ)新北市長(65歳)である。

 5月17日、国民党の朱立倫(しゅ・りつりん)主席は、党内部で行ってきた「徴召」(公認総統候補の選出)の結果を発表。「科学的調査」に基づき、侯友宜候補の方が、もう一人の候補者である郭台銘(かく・たいめい)ホンハイ(鴻海精密工業)前会長(72歳)よりも「勝てる候補」だと説明した。


「政権交代、政権交代、政権交代だ」

 指名を受けた侯市長は、党幹部を前に、いつもの訥々(とつとつ)とした調子で、公認候補としての所信表明を行った。

「私が出馬するのは、国家の栄光と台湾の繁栄を得るためだ。皆さんが私を肯定してくれて感謝する。また、郭台銘会長にも感謝する。経済分野で格別な貢献をした郭会長とは、これから国家国民のため団結して頑張り、手を携えて並進し、中華民国台湾のこの土地で勝利を勝ち取りたい。

 いま国家は、国際情勢の戦争の危機と国内の衝突、対立、無為な時間の中にあって、若者は未来が見えないでいる。われわれは必ずや、こうした状況を蹴破って新たに打ち立てる。政権交代、政権交代、政権交代だ。それによってこそ国家を救え、台湾を救えるのだ。

 私は背水の陣で臨む決意だ。出馬するとは勝利することであり、国家を団結させることであり、人々に希望を与えることだ。中華民国を守護し、台湾・澎湖・金門・馬祖の土地に暮らす人々を愛する。これが私の生涯の信念であり、永遠に変わらない。

 私の認識では、台湾人は皆、実直な努力家で、よりよい未来を想っている。中華民族はわれわれの国であり、台湾はわれわれの家だ。一致団結して自立自強の道を進み、われわれの家をよくし、よりよい未来を切り開いていこうではないか」


政界入りする前は警察官僚

 侯友宜市長は、1957年6月に、台湾南部の嘉義県に生まれた。父親は元国民党軍の軍人で、国共内戦を経て台湾に渡り、嘉義県で豚肉販売業を営んでいた。

 息子の侯氏は嘉義高級中学校を卒業後、中央警察学校に進学。内政部警政署に入り、警察官僚の道を歩んだ。

 警察官僚時代には数々の事件で実績を上げ、2006年、49歳で史上最年少の警政署長(警察庁長官に相当)に就任した。だが、2008年に国民党の馬英九政権が発足するや、警察大学校校長に左遷させられた。

 失意の侯氏を救って政界入りさせたのが、朱立倫新北市長(当時)だった。2010年、朱市長に請われて、同市副市長に就任したのだ。そのまま新北副市長を7年以上務め、2018年に市長選に当選した。

 侯氏は1992年に、長男をバス事故で失う不幸にも見舞われた。日本との関係で言えば、新北市と神奈川県が提携関係にあるため、交流がある。夫人の父親は上海出身で、中国との関係も悪くない。

 政治信条は、「好好做事」(ハオハオズオシー)。日本語に直すと、「物事をうまくやる、丸く収める」という意味だ。

 昨年11月の新北市長選では、115万2555票という台湾全土で最高得票数を獲得して再選された。私はこの時、現地で取材したが、午後4時に投票が締め切られると、その1分後には真っ先にテレビで「当確」が流されるなど、圧倒的人気を誇っていた。

 その時も、もっぱら次期総統選出馬について記者団に聞かれたが、「明日のことは誰にも分からないよ」とお茶を濁した。その一方で、選挙演説では「今回の選挙は次期総統選挙の前哨戦」と強調していたので、私は意欲十分と見ていた。


三つ巴なら与党候補が優勢

 ともあれ、次期台湾総統選は、蔡英文(さい・えいぶん)総統の後継者である与党・民進党の頼清徳副総統(民進党主席、63歳)、今回選ばれた野党・国民党の侯友宜市長、それにすでに出馬宣言している柯文哲(か・ぶんてつ)前台北市長(民衆党主席、63歳)の間で争われることになった。

 5月17日に国民党は、党独自に行った興味深い世論調査の結果を示した。それによると、次期総統選挙が「侯友宜vs頼清徳」の2大政党対決になった場合、「36.70%対34.27%」で、侯候補が勝利する。すなわち来年5月、国民党への政権交代が実現する。

 だが、柯候補が出馬辞退せずに三つ巴となった場合には、「頼清徳30.40%、侯友宜25.43%、柯文哲25.27%」で、頼候補が勝利。「反民進党」の票が割れて、民進党政権が続くというのだ。

 このことは、あくまでも現時点においてだが、国民党が政権交代を果たすには、「第3の候補」柯文哲前台北市長に出馬を断念してもらう必要があるということだ。だが、柯氏は頑固者で知られ、そのまま総統選に突き進んでいくことも考えられる。


公認候補争いで敗れた郭台銘氏はなぜライバルを称賛したか

 そこでキーパーソンとなるのが、郭台銘前会長の存在である。前述の昨年11月の統一地方選は、全22地域の首長のうち、国民党が14地域、民進党が5地域、無所属が2地域、民衆党が1地域で勝利した。

 その民衆党が唯一、国民党と民進党の候補を破って勝利したのが、新竹市長選だった。世界最大のファウンドリー(半導体受託製造)TSMC(台湾積体電路製造)の最新鋭の工場などがひしめくハイテクパークだ。

 民衆党から新竹市長になったのは、高虹安(こう・こうあん)候補という38歳の女性だった。ホンハイで郭台銘前会長の秘書だった人物で、当選の第一声は「郭会長に感謝します」だった。つまり、郭会長が柯主席に「貸した」人物である。このことは、郭会長と柯主席の「深いつながり」を示している。

 もう一つ、今回疑問に思ったのが、国民党の「徴召」で敗れた郭前会長が、すぐにフェイスブックで、ライバルの侯候補を称えたことだ。郭前会長は前回4年前にも、国民党の候補者選びで韓国瑜(かん・こくゆ)高雄市長(当時)に敗れたが、その時は会見まで開いて、国民党を強く罵った。

 このことから窺えるのは、侯候補と郭前会長の間でも、何らかの「密約」ができているということだ。それは、侯友宜新政権で副総統や行政院長(首相)、経済部長などに就くことなのか、それとも他の何かなのか。

 ともあれ、今後の台湾総統選のカギを握るのが、台湾最大の企業のボス(郭前会長)であることは間違いない。

筆者:近藤 大介

JBpress

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