最前線の隠れた戦力、おなかポッコリ中年兵たちの「ウクライナ領土防衛隊」

2023年6月4日(日)6時0分 JBpress

(国際ジャーナリスト・木村正人)


英TVドラマ『お父さんの軍隊』そのもの

[ウクライナ中部クリヴィー・リフ発]決して屈強とは言えない中年太りの男たちが草むらに身を隠し、訓練用の旧ソ連製AK-47の模擬銃を構える。17人の領土防衛隊員は攻撃と防御チームの二手に分かれ、突撃訓練を行っていた。

 摂氏22度の快晴。男たちの顔は赤みを帯び、「ハー、ハー」と息が上がる。くたびれたカーキー色のTシャツに汗がにじむ。

 AK-47を発射する時は「タタタタタッ」と口で音を出し、石ころが手榴弾代わりだ。爆発音は「ボーン」と大きな声を出す。攻撃チームの7人は模擬のAK-47と旧ソ連製対戦車擲弾発射器RPG-22を使いながら、防御チームを後退させ、建物内に逃げ込んだところを手榴弾で無力化させるという想定だ。「訓練」というより「戦争ごっこ」に近い印象だった。

 ウクライナ滞在が通算2カ月を超える筆者は、顔つき、体つきを見れば実戦経験のあるなしを次第に判断できるようになってきた。実戦経験者は、目は笑っていても、一分の隙もない。体全体から殺気さえ漂わせる。この日の男たちは40代、50代が中心で、ひと目見てフィットネスが良くないことが分かる。訓練が終わると日陰でタバコを吸い出す兵士もいた。

 英国暮らしの筆者は英BBC放送の人気TVドラマシリーズ『お父さんの軍隊(Dad's Army)』を思い浮かべた。モデルとなった第二次大戦中のホームガード(もとは地方防衛義勇軍)はナチスドイツによる英国本土侵攻に備え、年齢、健康、徴兵が免除される職務などを理由に、軍務に就くことができない地元ボランティア(17〜65歳)で構成されていた。


しかし軍の厳しさは微塵も感じられない

 1940年5月に設立されたホームガードは発足当初、古い猟銃、エアライフル、ゴルフクラブ、銃剣を先に溶接したガス管でナチスの侵攻を遅らせることを期待された。英政府は15万人の志願者を見込んだが、同年7月までに150万人近くが登録した。最終的にホームガードは装備と訓練が整った170万人の軍隊となり、戦争中の犠牲者も1206人に達した。

 ウクライナ領土防衛隊の姿はそれに重なる。

 突撃訓練後のミーティングでインストラクター役の領土防衛隊司令官ファイヤーとウクライナ陸軍のユーリーが「みんな、今日の訓練が教えてくれたことを考えよう。指揮官の行動だけでなく、部隊全体が良かったよ」と隊員たちを労った。

「チーム内でお互いにカバーしながら前に進む。すべてのポジションがカバーされていることが大切なんだ」

 と戦闘時の基本を復習した。

 ただ、軍の厳しさは微塵も感じられない。和気あいあいとしたムードさえ漂う。

 その理由についてユーリーは筆者にこう説明した。

「領土防衛隊にはさまざまな任務がある。突撃部隊の訓練の次はドローン部隊の訓練にするとか、いろいろなことができる。彼らには可能な限り幅広い知識を与えたい。今週は突撃と防御戦術、来週は“SERE”の訓練をする予定だ」

 SEREとはSurvival・Evasion・Resistance・Escape(生存・回避・抵抗・脱走)の頭文字。英国のエリート部隊、特殊空挺部隊(SAS)の過酷な訓練を体験する英国の視聴者参加TV番組で見たことがある。

「本当の軍隊のような訓練をする必要性も時間もないが、ウクライナ軍志願兵の中にもこのような訓練を受けていない者もいる」(ユーリー)


ウクライナ軍が抱えるギャップを埋めるのが目的

 例えば砲兵部隊が味方の兵士1人を見失う。部隊からはぐれた兵士は「生存」を図り、捕獲作戦を展開する敵を「回避」するため森や野原に身を潜める。もし敵に捕まってしまったら拷問や尋問に「抵抗」しなければならない。そして最後は収容所からの「脱走」だ。

 ユーリーが白兵戦のトレーナーをしている時、東部ドネツク州出身の兵士がいた。彼は親露派分離主義者に捕まり、拷問を受けたことがある。

「分離主義者が欲しかったのは何よりもカネだった。分離主義者は兵士を車の後部に乗せようとしたが、110キログラムもある彼は車のカギを壊して脱走した。SEREは肉体的な技術や能力というより心の持ちようを教える。脱走できずに収容所に放り込まれたら、弱った仲間を助け、仲間たちが長生きできるシステムを構築する必要がある」とユーリーは説く。

 敵に捕まって5時間も経てば自分の部隊は無線のチャンネルを変え、動いている。戦術的な作戦状況が変われば、捕獲された兵士が知っている情報はもはや無価値になる。知っている情報をすべて敵に話しても何も影響はない。敵が情報を確認している間に味方はすべてを変える。だから「抵抗」が必要なのだ。「抵抗」とは拷問に耐えて黙秘することではなく、時間との闘いなのだ。

 ユーリーは民間団体と協力して、領土防衛隊だけでなく志願兵や徴集兵も含めて射撃動作や手榴弾の投げ方からSEREまでウクライナ軍が抱えるあらゆるギャップを埋めようとしている。1カ月前から現在の領土防衛隊を訓練している。

「武器の扱い方、移動の仕方から始めたが、ご覧になったようにとても完璧とは言えないのが実情だ」(ユーリー)


独立から時間が経つほどウクライナとロシアの関係は崩壊

 ロシアは軍だけで200万人を目指す。これに対してウクライナは軍70万人に国境警備隊、警察、国家親衛隊を加えても総勢100万人と半分以下の兵力しかない。しかも経験の浅い人や訓練を受けていない人が大勢いる。このような人たちの一部は未経験のまま戦地に赴き、次の兵士が準備できるまで命懸けで時間を稼いでいる。

 特殊部隊の場合、SEREの全コースを受講しなければならないが、領土防衛隊は座学中心の2〜3時間の短いコースになっている。「敵に捕獲されても健康であれば、また戻って来て軍隊で戦うこともできる」とユーリーは命の大切さを強調した。

「クリミア半島や東部ドネツク、ルハンスク両州での戦いは難しい。もし私たちが間違って民間人を殺したり、建物を破壊したりしたら、憎しみが増すだけだ。今回の状況は旧ソ連諸国圏を再統合したいというロシアのウラジーミル・プーチン大統領の暴走から始まった。しかしウクライナの独立から時間を経てば経つほど両国の関係は崩壊していく」

プーチンのように国家的な考えを持つ人がいる。母はロシア出身、妻はアルメニア出身で、肌の色なんてどうでもいいと思って私は育った。それよりも良い人か悪い人かということの方が重要だ。ウクライナはロシアへの道より欧州への道を選んだにもかかわらず、ウクライナが弱肉強食の中世に逆戻りすることを恐れる」とユーリーは声を落とした。


「彼らは祖国を守るためにやって来たんだ」

 戦争で男は2つのタイプに分かれるとユーリーは言う。何も食べられなくなるタイプ。そしてユーリーのように何でもガツガツ食べるようになるタイプだ。

「領土防衛隊には40歳以上や50歳以上、体調の悪い人、健康状態が非常に悪い人、病気持ちの人をたくさん見かける。しかし彼らは祖国を守るためにやって来たんだ」

「私たちは北東部ハルキウと南部ヘルソンで領土を取り戻し、多くの歩兵を必要としている。言うなれば大量の歩兵の在庫が必要だ。十分な訓練を受けた歩兵は相変わらず不足している。だから経験不足の領土防衛隊の兵士が危険な最前線の塹壕に送られる可能性がある。そのギャップを埋めるのが大きな課題だ」

 ウクライナ大統領直属の国立戦略研究所に勤務するミコラ・ビエリェスコフ氏はシンクタンク「英国王立防衛安全保障研究所(RUSI)」のウェブサイトにウクライナの領土防衛隊について投稿している。それによると、領土防衛隊は軍の別働隊として2021年7月に制定された「国家抵抗の基本に関する法律」に基づいて機能しているという。

 同法は領土防衛隊が特定の後方地域保護機能と「特定の場所で領土と住民を守るための措置をとりながら適時対応する」ことの両方に従事することになっている。ロシア侵攻前の試算では、全面戦争になった場合、領土防衛隊は13万人もの大規模な抵抗を行えると想定されていた。


家族愛と郷土愛、祖国愛が最前線を支える

 昨年2月、ロシア侵攻開始時点で領土防衛隊には通信機器、個別防護手段、自動車が十分になかった。戦時の初期戦闘態勢に入るにはまだ時間を要する状態だった。

 しかしすぐさまロシアの計画を阻止するのに領土防衛隊は十分役に立つようになった。ウクライナの政治・軍事指導部は領土防衛隊への入隊手続きを簡略化し、身分証明書を提示するだけで入隊できるようにした。

 ロシア軍の侵攻3日目には約5万人が採用され、昨年5月までに約11万人が領土防衛隊に入隊した。さらに約7万人が加わり、敵に兵員・装備の損失を与えることが可能になった。

 領土防衛隊の戦力化と並行して予備役の基礎訓練も行われている。「国家抵抗の基本に関する法律」によって最大20万人の領土防衛隊を動員できるという。

 欧州の主力戦車レオパルト2やチャレンジャー2が配備されたウクライナ軍の機甲師団は反攻の切り札として温存され、メディアの目からは遮断されている。その一方で動員された領土防衛隊の“お父さん兵士”たちが最前線の塹壕でロシア軍の攻撃をしのいでいる。家族愛と郷土愛、そして祖国愛がウクライナの最前線を支えている。

筆者:木村 正人

JBpress

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