ウクライナ「F-16供与」問題から見る日英伊3カ国の次世代戦闘機共同開発

2023年6月6日(火)6時0分 JBpress

(国際ジャーナリスト・木村正人)


「近代化された空軍を構築するには相当な時間がかかる」

[ウクライナ中部クリヴィー・リフ発]米軍制服組トップのマーク・ミリー統合参謀本部議長は6月1日、フランスを訪れ、米国製F-16の供与を念頭に「ウクライナが近代化された空軍を必要としていることは誰しも認めるところだ。しかし相当な時間がかかるだろう」と述べた。2024〜25年になってもF-16は実際には使えないだろうとの見方が強い。

 ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領が出席した広島での主要7カ国首脳会議(G7サミット)に合わせ、ジョー・バイデン米大統領はF-16を含む第4世代戦闘機でウクライナのパイロットを訓練する計画への支援を表明。今年初め「ウクライナがF-16を必要とするとは思わない」と否定的な見方を示していたバイデン氏は方針を180度転換した形だ。 

 ウクライナ空軍は昨年2月時点で旧ソ連時代の主力戦闘機MiG-29、Su-24、25、27など計約120機の戦闘機を保有しているとみられていた。

 しかし、その5〜6倍とされるロシア空軍の航空戦力に対抗するには同一機種で200機の多目的戦闘機が必要とゼレンスキー氏は主張してきた。ターゲットは最新鋭ステルス機F-35に置き換えられるビンテージ機のF-16だった。

 ミリー議長によると、F-16の訓練規模、場所、飛行戦術の種類など詳細な計画は、米国と英国、F-16の提供を約束したオランダなど同盟国の間で練られている。英国とオランダは「ウクライナのF-16調達を支援する国際連合」をつくることで合意、ベルギー、デンマークも同調した。しかし米国が直接F-16を提供するかどうかについては明言していない。


F-16の第1陣の到着は9月下旬か

 英誌エコノミストによると、ウクライナにF-16の第一陣が到着するのは9月下旬の予定だという。期待されるウクライナの大反攻には間に合いそうもない。

 ウクライナはロシア軍が侵攻してきた昨年2月以降、米欧に対してずっと戦闘機の供与を求めてきたが、ミリー議長はこれまで「他の優先事項に集中すべきだ」と慎重だった。

 米国にとってウクライナの敗北は絶対に回避しなければならない。

 しかし戦争がエスカレートして米国や北大西洋条約機構(NATO)の同盟国が巻き込まれ、核戦争に発展するのは恐怖のシナリオだ。最初は米国だけではなく、欧州も戦車、長距離ミサイル・ロケット弾、戦闘機の供与がエスカレーションの引き金になると恐れていたが、五月雨式に解禁されてきた。

 F-16の操縦と整備の訓練には18カ月を要する。ロシア軍の攻撃にさらされるウクライナ空軍基地の滑走路は安心して運用できる水準ではない。コストも膨大だ。英シンクタンク、英国王立防衛安全保障研究所(RUSI)のジャスティン・ブロンク上級研究員(空軍力・軍事テクノロジー)はウクライナへのF-16供与についてこんな見方を示す。

「ウクライナは空対空と空対地殺傷力の点で西側戦闘機から大きな恩恵を受ける。しかし注意点がある。ロシア地対空ミサイルの脅威のため前線から数十キロ以内は超低空飛行にならざるを得ない。ミサイルの有効射程距離が大幅に短くなり、攻撃方法が限定されてしまう」。ステルス性のないF-16はロシアのS-400地対空ミサイルの恰好の餌食になるからだ。


「F-16を供与してもプーチンを破滅的な行動に駆り立てることはない」

「最前線の味方地上部隊を支援する近接航空支援は超低空に限定された場合、非常に困難だ。地上攻撃のオプションも限られる。F-16は荒れた滑走路やFOD(航空機や関連システムに損傷を及ぼす物質)のため現在のウクライナ空軍基地には適さない。滑走路を再舗装するとロシアのミサイル攻撃の餌食になる。分散させる必要がある」とブロンク氏は指摘する。

 エコノミスト誌は「50年近く前に初飛行したF-16をウクライナに渡してもウラジーミル・プーチン大統領を核兵器使用という破滅的な行動に駆り立てることはない」という。

 これまで西側がウクライナに供与した兵器はその度に「ゲームチェンジャー」とメディアを騒がせるものの、実際には“寸止め”状態。一口にF-16と言ってもバージョンや装備はピンキリだ。

 ロシア軍に詳しい米シンクタンク「海軍分析センター(CNA)」ロシア研究プログラム部長マイケル・コフマン氏は、ポッドキャスト『ウォー・オン・ザ・ロックス』で「ウクライナは最終的に旧ソ連型プラットフォームから西側のプラットフォームに移行する必要がある。長期的な移行という観点からF-16の供与は理にかなっている」と解説する。

「しかしF-16が今年大きな違いを生むとは思えない。来年、再来年に登場しても驚くだろう。各国がウクライナにどのようなアップグレードや能力を提供するかにも大きく左右される。ウクライナがロシア空軍に対抗できる最も高性能なバリエーションへのアクセスを得られるかどうかは明らかではない。レーダーのアップグレードも不明だ」(コフマン氏)


「限られたF-16では局地的な制空権を確立できるかも疑問」

 コフマン氏は「限られたF-16では局地的な制空権を確立できるかも疑問だが、空爆を行っているロシア軍の航空機を遠ざけることはできるかもしれない。これは5〜10年を要する長期的な計画だ。2人のウクライナ人パイロットが4カ月以内にF-16の操縦を覚えたという話をネット上で見かけたが、飛ばすだけならできるかもしれない」と釘を差す。

 西側の先陣を切って射程250キロメートル以上の巡航ミサイル「ストームシャドウ」を供与した英国やマレーシア航空17便撃墜事件で193人の犠牲を出したオランダに突き上げられ、来年に大統領選を控えるバイデン氏はようやく重い腰を上げた。バイデン政権の政策はウクライナが負けないようにすることからウクライナ勝利へと明らかに舵を切っている。

 ウクライナに40〜60機のF-16を供与すればウクライナ領空を守るのに役に立つ。F-16には米国とNATOの同盟国が運用するすべての空対空ミサイルや空対地ミサイルが搭載可能で、ミサイル攻撃の脅威にさらされるキーウの空の守りを強化できる。

 しかし英スカイニュースは「古いF-16は時代遅れの車と同じで、役に立たない恐れがある」との懸念を示す。

「古い戦闘機はレーダーの性能が低く、ステルス性はなく、アビオニクス(飛行のために使用される電子機器)も古い」

 しかし最新の空対空ミサイルとレーダーが搭載されればロシアの戦闘機に脅威を与える。F-16のアップグレード版には、ウクライナの戦闘機がパトリオットなど地上型防空レーダーと結合できるようにするためのデータリンクも含まれている。


日英伊の次世代戦闘機共同開発

 一方、日本は昨年12月、英国、イタリアとの3カ国で次世代戦闘機を共同開発すると正式発表した。2035年度までの開発完了を目指す。無人機や米軍と連携した高度ネットワーク戦闘、ステルス性、高度なセンシング技術を実現し、主体的判断に基づく改修の自由と国内整備基盤を維持するという。中国やロシアに対して「航空優勢」を確保するのが狙いだ。

 浜田靖一防衛相は3月16日、東京でベン・ウォレス英国防相、グイド・クロセット伊国防相と会談。「3カ国の結束と開発に向けた強い意志と政府・企業が一体となって緊密に協力していく点についても確認できた。わが国の改修の自由や国内生産・技術基盤をしっかり確保しつつ、最新鋭の次期戦闘機を着実に開発していきたい」と強調した。

 筆者は米最新鋭ステルス戦闘機F-35とF-18、英独伊スペイン4カ国共同開発のユーロファイター・タイフーンの3機種が争った11年の次期主力戦闘機導入を英国サイドから取材したことがある。機体が重いF18の選択肢は最初からなかった。

 しかし「まず日米同盟ありき」と当時勤めていた新聞社内でも欧州製タイフーンは一蹴された。

 ステルス性だけでなく、高性能レーダーとセンサー、情報通信能力にも優れたF-35は正真正銘の「ゲームチェンジャー」。

 しかし日本の国内防衛産業基盤を維持しようとすると、技術開示度が高く、参画の幅が広いタイフーンにも一考の余地はあった。しかし航空自衛隊は米空軍一辺倒で、米国以外の選択肢はなかった。だから日英伊共同開発には隔世の感がする。


航空優勢はなぜ大事なのか

 航空優勢がなぜ大事なのか。

〈「航空優勢」を失えば、敵の航空機やミサイルなどにより、飛行中の航空機はもとより、地上ミサイル部隊や航行中のイージス艦、さらには港湾や飛行場も攻撃を受け、艦船や航空機の運用自体が困難となる。「航空優勢」の確保を完全に他国へ依存することは、作戦遂行のイニシアチブの喪失につながる〉(防衛省・自衛隊HP)

「航空優勢」は国を守る上で極めて重要だ。ウクライナ戦争ではロシア軍が初期の作戦でウクライナ国内での航空優勢を獲得できなかったため、第一次世界大戦のような消耗戦に陥った。

 英空軍のリチャード・ナイトン参謀長は「私たちはこの戦争を戦いたくない」と本音を漏らし、ウクライナ戦争から学ぶ3つの戦略的教訓と3つの戦術的教訓を掲げた。

【戦略的教訓】
(1)ウクライナ東部での戦闘は恐ろしく消耗的で西側諸国の有権者が耐えられるような戦いではない。両陣営とも航空優勢を得ることも維持することもできなかったことが消耗戦に陥った理由の一つだ。抑止力の構築が非常に重要になる。航空宇宙戦力をどう使うかがその土台になる。
(2)偵察衛星による位置情報など宇宙空間を通じて提供される能力が戦争を大きく左右することを初めて目の当たりにした。
(3)最も早く適応できる側が勝利する可能性が高い。

【戦術的教訓】
(1)大量の備蓄が急務だ。
(2)この1年、ウクライナではこれまで私たちが見たことがないレベルに達した電子戦が繰り広げられた。電磁気の戦争を戦い、支配する能力が成功のカギを握る。
(3)航空宇宙防衛の統合と空の守りが重要だ。ウクライナ軍がロシア軍の侵攻を食い止めることができたのはロシア空軍の攻撃を防ぐことができたことが大きい。


自陣の航空優勢を維持し、敵陣の航空優勢を崩す

 ナイトン参謀長は「抑止力とそれを実現するハードパワーが重要だ。次に世界への持続的な関与だ。第三に陸海空、宇宙、サイバースペースという5つの作戦領域の統合、第四に早く適応することだ」と強調する。ウクライナ東部のような消耗戦を避けるには自陣の航空優勢を維持し、敵陣の航空優勢を崩す能力が求められる。

 前出のブロンク氏は「100年以上の訓練、経験、専門知識、基地の有効活用、指揮文化すべてを備えた英空軍でもウクライナ東部の前線で制空権を確立することはできないだろう。そんなことをしようとすればすべての戦闘機を失うことになる。ウクライナにまとまった数のF-16を供与したとしても短・中期間に私たちのような空軍に育てるのは不可能だ」と語る。

「ウクライナ軍が地対空ミサイルでロシア軍の戦闘機を遠ざけた結果、ロシア軍は何も達成できなかった。ポーランドはF-16を手に入れてから15年後、攻撃されることもなく、経済規模もはるかに大きくなった。私たちには航空優勢が必要だ。なぜならウクライナ戦争のように敵と大規模な地上戦を戦うための装備は私たちにはないからだ」と強調する。

 日英伊3カ国による次世代戦闘機の共同開発で航空自衛隊のプラットフォームは米空軍依存から日米欧へとウィングを広げる。地対空、空対空ミサイルによる防空システム、ステルス機による空の情報通信ネットワークで「航空優勢」を確立することがロシアと中国に対する祖国防衛の死命を決することになる。それだけに3カ国共同開発に失敗は許されない。

筆者:木村 正人

JBpress

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