ウクライナが狙う「空の戦い」、F-16以外の戦闘機供与も噂される各国の思惑

2023年6月15日(木)6時0分 JBpress


ゼレンスキー氏が垣間見た米国の「リスク」

 ウクライナのゼレンスキー大統領は6月10日、ついに「反転攻勢が進行中だ」と話し、大規模反攻作戦の火ぶたが切られたことを正式に認めた。

 ウクライナ戦争は新たな局面に突入したが、軍事専門家の間では「反攻作戦を行う地上部隊をガードしつつ、ロシア侵略軍を空爆で叩きのめすため、西側諸国によるウクライナへの戦闘機供与スケジュールを早めるのではないか」との観測も出ている。

 5月に開催されたG7広島サミットでは、急きょ出席を決め訪日したゼレンスキー氏が、米製のF-16戦闘機の供与にOKを出さないアメリカのバイデン大統領に直談判。「アメリカは直接提供しない」としながらも、他国が持つ機体の供与に関して、ついにバイデン氏は首を縦に振った。

 兵器を他国に譲る際は製造国の許可が必須だ。無視すれば信頼を失い、今後の武器調達の道は絶たれる。同機を第三国に移転する際はアメリカの承諾がどうしても必要だった。

 F-16は第2次大戦後の西側戦闘機の中でも屈指の生産数を誇る傑作機で、約30カ国・地域で採用され5000機近く製造されている。開発国のアメリカ(約900機)を筆頭に、ギリシャ、ベルギー、オランダ、デンマークなどNATO(北大西洋条約機構)加盟9カ国で約1600機も保有し、提供できる余力、つまり「在庫」は西側戦闘機の中でもトップだ。

 エンジンは1基(単発)で、全長約15m、最大離陸重量(燃料や爆弾・ミサイルを限界まで積んだ状態)約19トン、爆弾搭載量約7.7トン、最大速度マッハ2という性能を持つ。

 F-16の初飛行は1970年代半ばだが、小型軽量、低価格を追求し、使い勝手がよく低速・低高度の飛行性能も優れているため、地上攻撃力を大幅強化し、対空、対地、対艦、偵察などをこなすマルチロール(多用途)戦闘機に“肉体改造”された。頻繁に改良がなされ、最新バージョンでは最大重量30トンを超え、もはや小型軽量機ではない。

 また、実戦経験が豊富で部品調達や保守、訓練などロジスティクス(兵站)/サプライチェーンも充実するなど、いいことずくめでパフォーマンスが高い。

 F-16の供与は、ロシアによる侵略戦争の勃発以来「1日でも早く」と叫び続けたゼレンスキー氏の“粘り腰”で実現しそうな情勢だ。だが一方で「ロシアのプーチン大統領が過剰反応し、核のボタンを押すのでは」と、戦争のエスカレートを心配し、決心までに1年以上もかかったバイデン政権の優柔不断が、実は大きなリスクを孕んでいることも痛感したに違いない。

 現に専門家の間では「F-16だけの一本やりはかえって危険」との声が出ている。仮にアメリカの政権交代で外交方針が突然変わり、ウクライナへの戦闘機支援が大幅に絞られれば、わずかに残る旧ソ連製の“老朽機”しか稼働できる戦闘機がないウクライナ空軍は、まさにお手上げの状態だ。

 また、今後米ロがこの戦争の「落としどころ」について密談し、ウクライナ不在のまま「手打ち」をし、F-16支援を手控える可能性も捨てきれない。大国同士の密約で中小国が犠牲になる事例は歴史上数多い。


かつてはイスラエルや台湾も「ハシゴ外し」に

 武器供給側の「ご都合主義」は歴史をひもとけばいくらでも転がっている。

 たとえば1967年の第3次中東戦争では、イスラエルは敵対するエジプトやシリアなどに対し、空軍と戦車部隊で奇襲をかけて圧勝。数日で広大な占領地を得て停戦に持ち込んだ。「6日間戦争」と言われ、主力の仏製ミラージュ戦闘機が大活躍し、その後イスラエルはフランスにさらなる供与を求めた。

 ところがアラブ諸国に接近するなど方針転換したフランスは、対イスラエル武器禁輸を断行。逆に反イスラエル陣営側のリビアに同機を売り込んでいる。そこで仕方なくイスラエルは「クフィル」戦闘機を自国で開発し、アメリカからも戦闘機の大量供与を受けて難局を乗り切った。

 台湾も同様だ。大陸の中国と対峙し、“後見人”のアメリカに全幅の信頼を寄せ、武器もおんぶに抱っこの状態だった。だが冷戦真っ盛りの1970年代、「反ソ連」で利害を一致させた米中は急速に接近し、ソ連包囲網を強めていく。

 この頃、台湾は保有する米製戦闘機の老朽化に伴い、当時最新型のF-16の供与をアメリカに求めるが、中国との関係悪化を案じ要求を拒否した。

 アメリカ一辺倒の“副作用”を実感した台湾は、防衛の要である戦闘機の多系統化を進め、フランスのミラージュ2000の導入や国産戦闘機「経国(F-KC-1)」の開発に注力する。そこで「有力な戦闘機市場をフランスに奪われかねない」と慌てたアメリカは、その後台湾へのF-16売却を許可。結果的に米仏を両天秤にかけた台湾の作戦勝ちとなった。

 現在でも台湾空軍は、米製F-16、米製F-5小型戦闘機、仏製ミラージュ2000、国産の経国の「3系統・4機種体制」を保つ。

 製造国が同じ機体で揃えたほうが訓練や部品、メンテナンスなどで何かと好都合で経済的だが、自動車のリコールのように、万が一墜落事故に直結する深刻な欠陥が見つかれば、原因究明と改修が終わるまで全機地上待機を余儀なくされる。不都合が起きても代替が効かないため、複系統化は「保険」ともいえる。

 国籍の違う戦闘機を意識的に配備する国は意外に多く、グローバル・サウスにその傾向が強い。インドはその典型でロ・仏・国産の3系統を維持しているほか、中東・北アフリカ諸国にも“多国籍化”の国は多い。


ウクライナの“戦闘機市場”に橋頭堡を築きたいフランス

 こうした事情を考えると、ウクライナが戦争の長期化や将来の国防戦略、空軍の打たれ強さ(レジリエンス)も視野に置いて、F-16以外の機体、特に製造国の違う戦闘機の導入を模索しているとしても不思議ではない。

 そこで、具体的に有力な候補となりそうなのが、以下の4機種である。いずれも装備を変更することで空対空戦闘、対地攻撃、偵察など1機で複数の用途に対応できるマルチロール戦闘機だ。

・F/A-18(米)
・ミラージュ2000(仏)
・ユーロファイター・タイフーン(英独伊西)
・サーブ39グリペン(スウェーデン)

【F/A-18】

 空母に載せる艦上/マルチロール戦闘機として1970年代後半に米ボーイング社が開発。エンジンは2基(双発)で、全長約18m、最大離陸重量約23トン、最大速度マッハ1.8、爆弾搭載量約6.2トンだが、最新バージョンの「スーパー・ホーネット」は同約30トン超、爆弾搭載量は8トンに達する大型機である。

 本家アメリカ(海軍・海兵隊計約900機)や豪州、カナダ、フィンランド、スペインの“ウクライナ支援連合軍”参加の5カ国だけでも優に1000機を超え、在庫の余力もある。世界8カ国で約1500機が使われている。

 ボーイングの戦闘機部門は、米空軍の戦闘機受注競争で米ロッキード・マーチンのF-35ステルス戦闘機に敗れてから萎みがち。一部では撤退とも噂されているため、今回の戦争でアピールし、起死回生を図りたい思惑があるのかもしれない。

 米海軍・海兵隊は、現在最新のF-35への更新を進め、既存のF/A-18は続々と「お蔵入り」の運命だ。近い将来「我々も直接戦闘機をウクライナに送る」とアメリカが宣言した際、この余剰分を回す可能性も低くない。

 似た理由で同機が余剰の豪州やカナダは、ひと足先にウクライナへの譲渡を検討し始めていると報じられた。

 一方、「この戦争では陸・空軍の活躍が目立ち海軍の出番が少ない。世間の注目を集めるF-16もいわば米空軍の戦闘機で、米海軍としてはF/A-18で存在感をアピールしたい。ワシントンやペンタゴン(米国防総省)に働きかけを行っている」との見方もある。

【ミラージュ2000】

 仏製ミラージュ2000の初飛行は1970年代後半で、フランス伝統の三角形の主翼(デルタ翼)がトレードマークの単発機。全長約14m、最大離陸重量約17トンの小型軽量機で、爆弾搭載量は約6.6トン。当初は防空任務を受け持つ迎撃機を目指すが、大幅な改造で爆撃なども得意とするマルチロール機に変貌を遂げた。

 フランスのマクロン大統領は2023年5月半ば「パイロットの訓練の扉を開いており、すぐにでも始められる」と公言。躊躇するバイデン氏の背中を押す格好になった。

 同国はミラージュなど国産戦闘機にこだわるお国柄で輸出も盛んに行っている。F-16は保有していないので、パイロットの訓練と言っても基礎的な部分だけに徹して、F-16の実機やシミュレーターが必須な専門的な教育はほかのF-16保有国に任せる、という計画なのだろうか。

 このため一部では「F-16向けパイロットの基礎訓練の支援を“呼び水”に、ミラージュ2000の訓練も並行して行い、最終的には同機のウクライナ供与へとつなげたいのでは」との憶測もある。

 米英主導の「アングロ・サクソン同盟」にライバル意識を抱き、ことあるごとに独自路線を主張するのがフランスだ。だがウクライナへの武器支援では、米英独に比べて存在感が薄く、戦闘機でも米製のF-16にスポットライトが当たるのを見てきっと悔しいはず。

 仏製戦闘機の存在感を強めて、さらなる受注増につなげたい。少なくともウクライナの“戦闘機市場”に橋頭保を築けば、将来仏製戦闘機を多数売り込める、と算盤をはじいてもおかしくはないだろう。

 ミラージュ2000は約600機生産され2000年代後半に製造は終了。本国のほか中東各国、インドなど計9カ国・地域で採用されている。ウクライナ支援となればフランスの約100機とギリシャの約40機が想定されるが、フランスはこのほかに約200機の予備機を有するとも言われ、この余剰分を切り崩す可能性もある。


「F-16戦闘機連合」にいち早く名乗りをあげたイギリスの思惑

【ユーロファイター・タイフーン】

 英独伊西のNATO4カ国が1990年代に共同開発した比較的新しい双発機で、全長約16m、最大離陸重量約23トン、最大速度マッハ2.3、爆弾搭載量約9トンの比較的大きな機体。デルタ翼と操縦席付近に小さな前翼(カナード翼)をつけた特徴的なフォルムで、4カ国で500機以上装備するほか、オーストリアや中東各国など5カ国に200機ほど輸出している。

 注目は「F-16戦闘機連合」にいち早く名乗りをあげたイギリスの動きで、実はこの国もF-16を持っていない。フランスと同様、「訓練」を入り口にして、タイフーンのパイロット養成と機体の提供、そして将来は大型受注といった具合にビジネス拡大につなげようという抜け目ない戦略を忍ばせているのではないかと勘繰る向きもある。

【サーブ39グリペン】

 NATO入りを目指し、ウクライナ支援にも積極的なスウェーデンの独自開発で、本国が約100機備えるほか、NATO加盟国のチェコとハンガリーがそれぞれ十数機採用、現在7カ国で300機ほどが活躍する。初飛行は1980年代後半で全長15m、最大速度マッハ2.0、最大離陸重量約17トン、爆弾搭載量約6.5トンの小型軽量機で、デルタ翼とカナード翼を合わせた姿が印象的。

 今年5月にスウェーデン国防大臣が供与を否定したが、「要請があれば訓練を検討する用意はある」と含みのある回答を行ったため、一部では「本音は供与したいのでは」と指摘する専門家も少なくない。

 このように、F-16供与の事実上の解禁を引き金に、早くも「二番手」「三番手」の候補機も下馬評に上り出したが、戦闘機の「二本立て」「三本立て」にはパイロットの確保や訓練、ロジスティクスや整備部隊の新編など、クリアすべき難題が立ちはだかる。

 ちなみに、「F-16供与が解禁されても、ウクライナ人パイロットの訓練には最低数カ月は必要で、出撃は秋以降になるのでは」と一部メディアは推測するが、将来の出番を予測し、すでに1年以上前から極秘に訓練は行なわれているはず、と見るのが軍事の常識だ。

 いざとなれば、欧米の退役パイロットや、いったん軍籍を離れ、あくまでも個人的に志願したという立て付けで百戦錬磨の人材が義勇軍を結成し、ウクライナに送られたF-16に乗り込む可能性も非常に高い。朝鮮戦争(1950〜1953年)では北朝鮮空軍のミグ戦闘機にソ連人パイロットが義勇兵として乗り込んで米軍機を悩ませたという例もある。

 F-16の供与を皮切りに「空の戦い」に突入しそうなウクライナ情勢。商魂すら見え隠れする各国の思惑が、早くもウクライナ上空で渦巻いているようだ。

筆者:深川 孝行

JBpress

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