タイタンの乗客乗員をバラバラにした深海水圧はどれほど脅威か

2023年6月29日(木)6時0分 JBpress

 去る6月18日、米国の深海探検専門ツアー会社「オーシャンゲート」が所有する深海艇「タイタン」が、100年前に沈没した豪華客船「タイタニック」の残骸を見るツアーに出航後、消息が途絶えました。

 米国の沿岸警備隊が捜索したところ、6月22日になってタイタンの破片が海底で発見され、乗員5人全員が死亡したとの見解が発表されたのは周知のことと思います。

 タイタニックの残骸はアメリカ大陸が欧州に向けて最も突き出したカナダのニューファンドランド沖600キロほどの海底に沈んでいます。

 海底の深さは約3.8キロほど。

 6月18日、タイタンは約4キロの深さまで2時間半ほどの時間をかけて潜る予定でした。

 ところが潜水開始から1時間45分ほど経過した時点で、突如として深海艇と海上との間で通信が途絶え、捜索が開始されることになりました。

 なお、タイタンに乗り込んでいたのは、

ツアー会社「オーシャン・ゲート」のストックトン・ラッシュCEO(最高経営責任者)

フランス国籍の操縦士ポール・アンリ・ナルジョレ氏

英国の富豪で探検家のハミッシュ・ハーディング氏

パキスタンの事業家シャーザダ・ダウード氏とその息子スールマン・ダウード君の5人。

 全員死亡したと考えられると沿岸警備隊から発表があったものです。

 以下ではざっくりと、このツアー会社ならびにラッシュCEOがどの程度の科学音痴ぶりで、危険を危険とも認知せず、起こすべくしてこの事故を起こしたかを考えてみたいと思います。

 技術音痴の経営で、「事故」というにはあまりにも人為の割合が高いと言わざるを得ない今回のようなケースが今後再び起きないように警鐘を鳴らしたいと思います。


なぜ小学校の算数理科を活用できない?

 海の中で物体が受ける水圧について、この事故の関係者は実感を伴う理解を持っていなかったことが察せられます。

 高校生が小中学生にも分かるよう説明できることを念頭に、平易に解説してみます。

 水圧をプレッシャー「p」とすると、ざっくりと

p = ρgh

 とモデル化した数式に表せます。ここでρとは水の密度、gは重力加速度でhは水深になります。水の密度ρ≒1000kg/m3、重力加速度g≒ 9.8m/s2ですから

p≒h(メートル)×9800[ kg/s]/m2≒10×h(キロパスカル)

 この単位では多くの読者によく分からないかもしれないので、見慣れた気圧単位に直すなら 1気圧≒100キロパスカル程度なので、水深をhメートルとすると、その深さでの水圧は

p≒0.1×h気圧

 になる。あるいは10メートル潜ると1気圧相当の圧力がかかる、と整理しておきましょう。

 さて、読者は1気圧なんて大したことないと思っているのではないでしょうか?

 実は人間の体は、仮に急速に変化すると、1.5気圧程度でも生命に関わる影響が出ます。

 例えば0.3気圧程度の急速な変化で、私たちの鼓膜は簡単に破れてしまいます。爆発物の威力を例に以下、概算を列挙してみると

0.05気圧程度のインパクト:窓ガラスが割れる

0.1気圧程度のインパクト:サッシが壊れて変形

0.5気圧程度のインパクト:屋根瓦が飛ぶ

0.7気圧程度のインパクト:柱が変形したり折れたりする

 1気圧というのは、地球上にへばりついている全大気の圧の合力で、実は只事ではない力であることがお分かりいただけるでしょうか?

 1.5〜5気圧程度のインパクトがあると、戸建ての家屋なら倒壊してしまう可能性が高い。

 東北大震災など津波の折、高さ10メートルの津波が押し寄せるというのは、大気圧に加えてもう1気圧の水圧がかかるわけです。

 0.7気圧程度でも柱が折れるわけですから、鉄筋のビルなど以外、まともでいられるわけがありません。

 高さ15メートルとか30メートルという津波がどれほど恐ろしい破壊力を持つか、このような概算でも分かるはずです。

 気の利いた高校生なら小中学生に自分の手で計算させることで、水圧の恐ろしさ、風水害や爆弾の脅威から潜水病の予防まで、幅広に教えることが可能です。

 こういう理解がない人が非常に多い。

 そしてそう人物が企業経営に携わって深海艇などを作らせたりした場合、たとえその強度試算などに目を通しても、真のリスクなど評価できるわけがありません。

 小難しそうな屁理屈ではなく、ごく当たり前の恐ろしさを身に染みて理解していることが、リスク回避には一番役立つ力になるのです。

 ちなみに、あまり詳しくない領域の話題ですが、TNT火薬を用いた爆弾の多くは0.1気圧程度の爆発圧に設計されているそうです。

 というのは、0.5気圧程度になるとすでに家屋倒壊などの危険が出るため、戦略兵器として必ずしも有効ではない場合も少なくなく、1気圧というのは相当な威力だと恐れておく必要があるわけです。


タイタンが実際に受けた水圧

 さて、ここまで確認したうえで、再びタイタンの事件(事故というにはあまりに人為的責任の度合いが高い)を見直してみましょう。

 約4キロの深海底に、2時間半かけて降下して行こうとしていたタイタンは、1時間45分ほどで連絡が途絶えます。

 これを、ごく単純化して150分で4キロ降下の途中、105分程度〜6割ほどの場所、ざっくりと水深2.4キロほど沈んだ時に発生したと考えるなら、そこでの水圧は、

p≒0.1×h(気圧)

 ここでhはメートル単位、2.4キロは2400メートルですから

p≒0.1×2400≒240気圧程度

 深海艇タイタンの外壁が水深2.4キロの海底で突然破れるというのは、240気圧のインパクトが5人の乗員に突然襲い掛かる状況を意味します。

 これは、先ほどの計算を遡行するなら指先の1平方センチに240キログラムの圧力が突如として掛かるのと同じことになる。

 0.7気圧のインパクトで家の柱や電柱が折れたり曲がったりするところにもってきて、生身の人間に240気圧が瞬時にかかるなら・・・。

「ぺちゃんこ」という表現はたぶん当たらないでしょう。というのは生物の結合組織というのは、そんなに強くできていないからです。

 おそらく「瞬時にしてバラバラ」になり、海の藻屑となって四散した可能性が高い。

 それを米国沿岸警備隊は「5人全員死亡と考えられる」とのみ、マイルドに表現したわけです。

 報道によれば、オーシャン・ゲート社のラッシュCEOは、タイタンの船体をボーイング社から使用期限切れの航空機用カーボン素材を大幅な割引安値で購入して作成したとのこと。

 カーボン素材の引っ張り強度などについては、もし読者リクエストがあれば別途解説もしますが、端的に言って深海艇を作成するうえでは初歩的な大間違いを繰り返し、事態を楽観していたことが察せられます。

 安全性について問われ、自分自身も同乗する、それくらい安全などと軽口を叩いて無謀な船に乗り込み、乗員乗客とともに命を失ったというのが、今回の「事件」の一断面と考えられます。

 こんな経営をされた日には、たまったものではありませんが、電力会社の原発安全性評価を筆頭に、果たしてどの程度、科学的な裏打ちのなされたマネジメントがなされているのか?

 他人事と笑って済ませられない日本国内の国情があるように思われてなりません。

筆者:伊東 乾

JBpress

「乗客」をもっと詳しく

タグ

「乗客」のニュース

「乗客」のニュース

トピックス

x
BIGLOBE
トップへ