対岸の火事ではないフランスの暴動、日本にも「私権制限」法整備が必要な理由

2023年7月3日(月)15時0分 JBpress

(数多 久遠:小説家・軍事評論家、元幹部自衛官)


フランスが燃えている

 6月27日、無免許で暴走車を運転していた少年を取り押さえようとした警官が、最終的にその少年を銃で撃った結果、少年が亡くなってしまいました。

 警官の行動に対する抗議と遺族への支援を目的とした運動は、当初は平和的なものだったようですが、次第にエスカレートし、現在の無目的な暴動に発展しています(暴動についての細部は、在日のフランス人の方がYouTubeで解説しているので、こちらをご覧下さい)。

 私がこの件に言及するのは、以前の記事「防衛費2%超で補うべき日本の『知られざる弱点』 ホームランド・ディフェンスのために日本にも『カラビニエリ』を」で指摘したように、こうした暴動が日本でも発生し易くなっているからです。

 上記の記事は、それに対応するための組織の必要性を述べていましたが、今回は対応するための法律、そうした組織に限らず、既存の警察や、治安出動を行う自衛隊に権限を与える法律が不足していることについて書きたいと思います。


暴動を抑えるための私権制限

 フランスで起きているような暴動や、他国政府の命令による在留外国人による組織的破壊活動を防止、終息させるためには、街に繰り出した暴徒に対して機動隊などが直接対峙して抑え込み、破壊行為などに対して捜査、検挙、立件するといった、通常の犯罪が行われた際の対応を行うだけでは足りません。

 多くの暴徒が、顔を隠すことなどにより、警察に犯罪事実を掴まれることを防止しているためです。

 そのため、暴動のために集まること自体を禁止し、集合したことをもって犯罪として検挙するなどの私権制限が行われます。

 夜間の外出を禁止するなどの時間制限であったり、居住場所を制限したりするなど細部はさまざまですが、個人の権利を制限することで、暴動に参加しにくくすると同時に、拘束しやすくすることで事態の収束を図るのです。


フランスの私権制限法

 この手の話題が出ると、マスコミが「戒厳令を敷くのか」といった非難のキャンペーンを張るため、私権の制限というと多くの方は戒厳令を思い浮かべるでしょう。実際、今回すでにフランスの状況について「すわ戒厳令」という報道が出始めています。

 しかし、「私権制限=戒厳令」ではありません。

 フランスの場合は、憲法36条を根拠とするいわゆる戒厳令の他に、憲法第16条を根拠とする非常事態措置、さらには1955年にフランスの植民地であったアルジェリアで独立戦争が発生したことを機に制定された緊急状態法があります。

 細かな言及は行いませんが、これらはどちらも、戒厳令より私権制限の緩い措置です。直近では、2015年にパリ同時多発テロを契機として緊急状態が発令され、2年あまり続けられました。

 戒厳令では、行政、司法の多くを軍の指揮下に置くことになります。一方、上記の非常事態、緊急状態では、一般の警察や過去の記事でも言及した軍警察(パラミリタリー)が、通常時よりも私権を制限した状態で治安維持を行います。


日本における私権制限の状況

 では、日本ではどうなっているでしょうか?

 暴動が発生し、警察だけでは手に負えなくなった場合、自衛隊が治安出動を行うことは自衛隊法に規定されています。

 しかし、これはあくまで自衛隊が出動できること、その際にどのような行動を取りうるのか規定しているだけで、一般の国民が享受している私権を制限するものではありません。

 今フランスで起きているような暴動が日本で発生した場合も、私権の制限はないため、通常の犯罪捜査、検挙、立件といった動きを取らなければなりません。あるいは暴徒を現行犯逮捕するしかないのです。


必要な私権制限の内容

 フランスの場合、冒頭で紹介した動画で述べられているように、多くの移民などが生活している“危険地域”が存在します。その地域から出て、他の地域、都市で暴動を起こさせないため、居住場所を“危険地域”に限定するといった制限も行われていますが、これは日本では意味のある制限ではないでしょう。

 その他、夜間外出禁止などの時間的な外出制限や車両の交通制限、暴徒が集合のために使用する施設や場所の封鎖などは一般的で、日本でも、こうした制限を随時行えるようにすることが必要です。

 さらに、こうした暴動を扇動する首謀者を押さえるために重要な私権制限があります。それは、特定の家屋に限定しない広範な家宅捜索の権限です。

 暴動を沈静化させるためには、中心となって扇動する者や暴徒に武器を供給する者を押さえる必要があります。しかし、そうした者を現行犯逮捕することは困難です。「あの地域、あのマンションに住んでいるようだ」と分かっても、日本の現行法では、容疑者が特定され、刑事訴訟法に基づいて裁判所が家宅捜索令状を発行しなければ、家宅捜索が行えません。警察官職務執行法には、立入の権限が認められていますが、今まさに危険な状況が発生しているなどの場合だけに限られています。


治安出動、防衛出動なら・・・

 上記の私権制限は、警職法や刑訴法に定められており、基本的には警察の行動に関係するものです。暴動の際、警察権だけで対処できない場合は治安出動命令が発令され、自衛隊が行動する可能性もあります。その際の権限は、警職法の準用として、警察と同じ権限が付与されます。

 それに加えて、今まさに目の前で行われている暴動を制圧するための権限はありますが、一般市民の私権制限に関係するものはありません。

 さらに言えば、これは戦争が発生し、防衛出動が発令されている場合でも同じです。

 防衛出動の際の自衛隊の権限としては、自衛隊法92条に「防衛出動時の公共の秩序の維持のための権限」として定められていますが、ほぼ治安出動と同じです。

 単なる暴徒ではなく、他国政府の指揮を受ける破壊工作を行う者に対しても、現行犯的に、犯罪の現場を確認できている場合を除けば平時と同じ動きしか取れません。家宅捜索を行うためには、裁判所の許可(家宅捜索令状)が必要なのです。

 例えば、尖閣の危機に際して、那覇空港から飛び立つ戦闘機が近くのマンションから銃撃を受け、機体が損傷して飛び立てなくなった場合でも、銃撃を行った部屋を特定し、裁判所から家宅捜索令状を貰わなければ、その部屋に立ち入って捜索を行うことはできません。浜松からAWACS(早期警戒管制機)が飛び立とうとしても同じです。これは、自衛隊でも警察でも同じです。


日本に必要な法改正

 元自衛官である私が、この問題を気にかけ、法改正の必要性を訴えるのは、この最後に述べた可能性を懸念するからです。

 誘導兵器の発達やドローンの普及により、破壊工作を行う者が有事の際に姿を隠したまま攻撃を行うことは、以前と比べ、極めて容易になっています。これを未然に防止するためには、防御兵器を配備するだけでなく、警察などが、具体的な容疑がなくとも一定地域をおしなべて家宅捜索するといったことが必要になります。

 しかしながら、私権制限に関しては、マスコミがすわ戒厳令かといった論調で、最高度の私権制限を持ち出して反発することもあり、立法に動く政治家は見られません。

 7月2日現在、フランスでは非常事態宣言の発出が視野に入れられているとの報道はありますが、まだ具体的な動きはありません。

 フランスでの暴動は憂慮すべき事態ですが、これを機に、日本でも「戒厳令ではない非常事態として、一部の私権を制限することで国民全体を守る」ことを考えて欲しいと思います。

筆者:数多 久遠

JBpress

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