元Jリーグチェアマン村井満氏がコロナ下で「71回もの記者会見」を開いた狙い

2023年11月8日(水)5時50分 JBpress

 Jリーグ第5代チェアマンに就任し、「天日干し」という経営手法を生かして数々の改革を成し遂げた村井満氏。Jリーグの年間入場者数や年間収益の過去最高記録を更新するなど、Jリーグの発展に大きく貢献した。後編となる本記事では、同氏の著書『天日干し経営: 元リクルートのサッカーど素人がJリーグを経営した』で紹介されているリクルート時代のエピソードや、スポーツ界を大きくリードしたコロナ対応での意思決定のポイントについて、話を聞いた。

■【前編】元Jリーグチェアマン村井満氏、リクルート激震の経験が導いた門外漢の変革
■【後編】元Jリーグチェアマン村井満氏がコロナ下で「71回もの記者会見」を開いた狙い(今回)
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リクルートの人事制度も「天日干し」の発想から生まれた

──天日干しの原体験はリクルートの変革期にあったとのことですが、具体的にどのような体験をされたのでしょうか。

村井満氏(以下敬称略) リクルートでは、「戦後最大の疑獄事件」と言われ、日本中を巻き込んだリクルート事件に翻弄される時代を過ごしました。天日干しの原点は、リクルートのブランドイメージが地に落ちていく中で多額の借入金の返済を進め、同時にネットメディア企業として生まれ変わるまでの挑戦の過程にあったと考えています。


 当時のリクルートは、求人情報誌『リクルートブック』を中心とした広告事業を中心に成り立っていました。その本業が「この先、10年でなくなるだろう」と予言された状況で私は人事部長となり、人事改革というミッションを与えられました。

 これまでの経験では太刀打ちできない難題に挑もうとしたとき、考えたことは「人事部として、人事の本音を天日に晒す」ということの必要性です。そこで、従業員に伝えたメッセージは「リクルートは雇用を保証するのではなく、雇用される能力を保証したい」というものでした。あらゆる福利厚生の仕組みを次々と廃止する一方で、その資源をインターネットなどの次世代モデルに向けた社員の意識改革と能力開発につぎ込んでいきました。

 ブランド力が低下して採用活動も苦戦を強いられたので、社会人版インターンシップのように会社を天日に晒す人事制度「Career View制度」も導入しました。3年でリクルートを卒業するこの制度は、リクルート出身者にどんどん独立して社外で活躍してもらい、退職後も連携することによって新しいビジネスを生み出す狙いで設立しました。

 当時、リクルート社内では自社のことを「社会との浸透圧の低い会社」「辞めやすい会社」などと表現してしていました。いわば社会に開かれた「人生の乗換地点」であればいいと思っていたのです。この発想の根底にあったものが「天日干し」の考えだったと思います。


「緊張する方が選ぶ」が生きたコロナ対応

——2019年にはJリーグ史上最多の観戦者数を記録し、過去最高収益も達成しました。その直後のコロナ危機では、大規模イベント団体初となる試合の開催延期を決断されています。このように状況が時々刻々と変わる中、なぜ初動を早くできたのでしょうか。

村井 2022年1月22日、国内感染者1名という時点からJリーグとしてのコロナ対応がスタートしました。上海の友人にすぐに連絡をとったところ、上海でのAFC(アジアサッカー連盟)チャンピオンズリーグのプレーオフは無観客開催が決まっているといいます。

 その2日後となる1月24日の新聞を見ると、小さな記事で「政府は指定感染症に認定した」と書いてあるのです。当時、日本国内では新型コロナウイルスの危険性がまだ広く報じられていない状況でしたが、水面下では厚生労働省を中心にリスクマネジメント体制が最高レベルまで高められていることがわかってきました。

 若い頃から私には「少し緊張する方を選ぶ」という行動原則がありました。少しでも不安や胸騒ぎを感じたら、無視せずその不安に向かっていく習性があるのです。このときも、これまでの行動原則の通り緊張する方を選びました。「今回は杞憂に終わればよいだろう」と考えつつも、あらゆる状況のシミュレーションを始めようと号令をかけました。

 その後、2月24日、政府の専門家会議が「これから1〜2週間が瀬戸際だ」と発表したとき、また大きな胸騒ぎがしました。「瀬戸際」という言葉をそう簡単に使う言葉だろうか、と考えたのです。心配性な私は「瀬戸際」という言葉が頭から離れず、その意味を考えれば考えるほど「慎重にならなければいけない」と感じました。その結果として2月25日、Jリーグはスポーツ界で初めて新型コロナウイルスを理由に試合の開催延期を決定しました。

 インターネットで集めた情報、人の伝聞だけで意思決定をすることは得策ではありません。あくまでも、自分が見聞きしたこと、自分が感じた胸騒ぎを大事にして判断を下すことが大切だと再認識する経験となりました。


「年間71回」に及ぶ会見を開いた理由

──コロナ禍では年間71回もの記者会見を開かれました。なぜ、そこまで会見にこだわったのでしょうか。

村井 天日干し経営とは、自らを晒し、外部の視線を浴びることで組織を強くしていく経営です。コロナ禍においても、Jリーグは徹底的な情報開示を続けました。その一つが、年間71回に及ぶ記者会見を開いたことだったといえます。

 会見はインターネット中継ですので、参加した人は全員入れますし、東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会やスポーツ庁など、ありとあらゆるスポーツ関係者が会見に参加し、毎回300人規模になっていました。

 JリーグとNPB(日本野球機構)とで連携して対策会議を開き、その結果を公開することはもちろん、Jリーグとして独自に集めた情報もすべて開示しました。コストをかけて改訂を繰り返したコロナ対応のガイドラインもすべて開示して、「丸ごと使ってください」という姿勢で進めていたので、これは天日干しの典型と言えると思います。

 すべてを晒して関係者の視線が注がれると、「そんなのは甘い」「こういった情報をご存知ですか」などと容赦なく突っ込まれます。何が飛び出すかわからない中、メディアの対応に追われるので大変です。しかし、こうしたやり取りを通じて「何を勉強しなければいけないのか」「正しい情報はどこにあるのか」といった社会の問題意識や関心の所在を掴むことができるのです。

 私にとって、記者会見はレーダーのようなものでした。71回も開催すると、我々が提供した情報よりもっと多くの情報が入ってきます。この天日干しの繰り返しが組織を強くするのです。天日干し経営は、決して周囲から叩かれるためにやっているのではなく、組織を強くするためにやっているのです。


VUCA時代だからこそ「天日干し」の考え方が広まる

——リクルートやJリーグ以外の組織で「天日干し」の考え方や発想が用いられている例はありますか。

村井 海外では、一般ドライバーが運転する自家用車を用いて有償で乗客を運ぶライドシェアが一般化しているため、「Uber」に代表されるマッチングサービスが重宝されています。

 利用者の立場からすると「自家用車でやってくる一般人に自分の身を委ねて大丈夫だろうか」と心配になるものですが、そこではドライバーの信用情報がすべて公開されており、利用者の評価やコメントがドライバーの信用を担保する仕組みになっています。この考え方は、天日干しの思想に近いものがあります。

 フリマアプリ「メルカリ」もこれと同じ仕組みです。ユーザーの評価が公開されているため、評価の高いユーザーは自然と取引が増えていきます。さらに、ブロックチェーン技術を使ったNFTも同様で、多くの人がプロセスに介在することで「改ざんできないデータ」を生成し、信用が保証できる仕組みを構築しています。時代の潮流として、天日干しの考え方は今後も広がっていくと思います。

——「天日干し」の哲学を自分の仕事や経営に取り入れる際には、どのようなことに注意すべきでしょうか。

村井 天日干しの考えを取り入れると、多くの視線を受けて自分を鏡に映すことになるので、見たくないもの、聞きたくないことに直面することもあるでしょう。天日干しを表明するには勇気がいるかもしれませんが、日本の一級の知識人である小林秀雄でさえ「知性は勇気のしもべである」と説いています。

 どれだけ素晴らしい経営技法や分析ツールを駆使しても、そういった道具は勇気ある人でないと十分使いこなせない、ということですね。

 社会を変革するリーダーである皆さんは、まさに未経験ゾーンを前に状況を打開しようとする勇気ある人たちだと思います。VUCAと呼ばれる現代、状況は刻々と変わります。あらゆる角度からレーダーを照らしながら状況を読みつつ、同時進行で多くのことを考え、判断しなければなりません。進もうとしていた方向を急転換するようなことが日々起こるからこそ、「天日干し」を参考に、是非性能の良い正しいレーダーを備えてほしいと願っています。

筆者:三上 佳大

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