シャープ初の社内スタートアップは成功できる? 波瀾万丈のAIoTクラウドが目指す道

2024年5月13日(月)12時0分 ITmedia PC USER

AIoTクラウド代表取締役社長 松本融氏。本社のあるNBF豊洲ガーデンフロント(東京都江東区)でお話を伺った

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 ポストコロナウイルス時代となったが、不安定な世界情勢や物価高、円安の継続と業界を取り巻く環境は刻一刻と変化している。そのような中で、IT企業はどのようなかじ取りをしていくのだろうか。各社の責任者に話を聞いた。連載第13回はAIoTクラウド(エーアイオーティークラウド)だ。
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 AIoTクラウドは、シャープの100%子会社だ。AIとIoT(モノのインターネット)を組み合わせたシャープの造語である「AIoT」と、「クラウド」を組み合わせた社名の通り、AI/IoT/クラウドに関する事業を推進している。
 2019年の設立当初は、シャープ製AIoT家電向けクラウドサービスや、シャープグループ向けに開発したクラウドサービスの外販などを行っていたが、現在は、アルコールチェック管理サービス「スリーゼロ」や、工場設備の遠隔監視サービス「WIZIoT(ウィジオ)」による事業にフォーカス。明確な需要が存在する市場に向けて製品開発を行う事業モデルへと変革している。
 それは、シャープという大手電機メーカーが模索する、社内スタートアップ企業の新たな姿にも映る。AIoTクラウドの松本融社長に同社の取り組みについて聞いた。松本社長は、かつてシャープが開発した独自の電子書籍端末「GALAPAGOS」の事業化を推進した人物の一人としても知られる。前編では、AIoTクラウドのこれまでの経緯と、2つの主力製品に焦点を当てた。
●さまざまな変遷を経てSaaS企業として再スタート
—— 会社設立からの5年間で、AIoTクラウドでは、いくつかの変化を経験してきました。今の状況について教えてください。
松本 当社は、2019年8月にシャープのIoT事業本部が分離独立し、シャープ100%子会社としてスタートしました。シャープが展開しているAIoT家電向けのクラウドサービスや、社内で利用していたビデオコミュニケーションサービス、FAQチャットボットサービス、業務用車両を保有する事業者向けのテレマティクスサービス(車などの移動体に通信システムを搭載して情報サービスを提供するシステム)などを外販してきました。一時は、シャープグループの中でPC事業を行うDynabookの傘下になったこともあります。
 そういった変遷を経た中で、当社が持つリソースを生かし、持続的な成長を遂げるにはどうするかを考えたとき、これからは積み上げ型のビジネスを構築できる、SaaSで事業成長を目指すべきだと判断しました。そして、自らの立ち位置を成長市場に置くことに決めました。
 2023年4月に私が社長に就任し、7月にはDynabookの傘下からシャープ傘下に戻り、今はCFO(最高財務責任者)のブランデン・チェン(陳信旭)の直轄となっています。彼は、インターネットビジネスに精通していますから、事業面からもアドバイスをもらうことができ、親会社からの後押しをしっかりと受けながら、事業を推進する体制が整っています。
 先ごろ、2027年度に売上高100億円を目指す中期経営計画を打ち出しました。アルコールチェック管理サービスのスリーゼロと、工場設備の遠隔監視サービスであるWIZIoTの2つのSaaSを柱として、事業を拡大していくことになります。
—— AIoTクラウドの社名の由来は、AIとIoTを組み合わせたシャープの造語である「AIoT」と、「クラウド」を組み合わせています。今もAI/IoT/クラウドに関する事業を行う会社ですか。
松本 その通りです。現時点でAIoT家電向けクラウドサービスは、基本的にはやっていませんが、AI/IoT/クラウドに関わる形で事業を進めている点では社名の通りです。ただ、先に触れたように、自らの立ち位置を変えたという点で大きな変化があります。
 2019年の創業時は、AIoT家電向けクラウドサービスと、その基盤となるAIoTプラットフォームを軸に、他社製品とシャープの家電を連携したり、他社クラウドサービスとも連携したりといったことに取り組んでいました。
 2021年以降、Dynabookの傘下に入ってからは外販を強化する一方で、シャープ社内で利用するサービスの受託開発や、外部企業からの受託開発も行い、他メーカーのIoT機器やサービスの開発なども行ってきました。
 しかし、受託開発では成長には限界があります。シャープ全体としても新規事業の創出を模索する中で、当社のリソースを生かして新たな挑戦ができないかということを検討した結果、これまでのプラットフォーマーとしての役割は隠し、SaaSによってビジネス成長を目指すことに決めました。
 当社はエンジニア集団であり、開発拠点であるシャープ八尾事業所(大阪府八尾市)内には、エンジニアを中心に社員の約7割が勤務し、NBF豊洲ガーデンフロント(東京都江東区)の本社には営業部門を含めて約3割の社員が勤務しています。
 このエンジニアリングリソースを生かして成長するには、人月売りの受託ビジネスではなく、積み上げで成長ができるSaaSビジネスが最適であると考えました。今はSaaS企業として、再スタートを切ったという段階にあります。
●SaaSビジネスの「スリーゼロ」と「WIZoT」(ウィジオ)を両輪に
—— 現在のAIoTクラウド共通プラットフォームは、どんな構造になっていますか。
松本 これまで進化させてきたAIoTクラウドプラットフォームをベースにしながら、シャープ向け専用ではなく、独自のクラウドプラットフォームに進化させています。最大の特徴は、機器連携であり、主に「IoT×SaaS」という切り口から、IoT機器との接続によるサービスの提供に強みを発揮できます。
 例えばスリーゼロでは、100機種以上のアルコール検知器に対応しています。また、AIoTクラウド共通プラットフォームでは、シャープのAIoT家電から収集した利活用データを収集しており、これを外販するデータビジネスも行っています。
—— AIoTクラウドがフォーカスする「成長市場」の考え方について教えてください。
松本 SaaSのビジネスチャンスがどこにあるのかを考えた場合、法規制の変更によって新たなニーズが創出される市場がターゲットになると考えました。そこで、2021年末に、伸びる市場はどこかということを社内で検討した結果、アルコールチェックの市場に着目しました。後発ではありますが、当社が持つ強みが生かせる市場だと判断しました。
 当社では、テレマティクスサービス「LINC Biz mobility」の提供を通じて、運送用トラックや営業車といった業務用車両を保有する企業を対象にサービスを提供してきた経緯があり、その経験や実績が生かせる市場であるとも考えました。
—— アルコールチェック管理サービス「スリーゼロ」の特徴はどこにありますか。
松本 スリーゼロは、安全運転管理者による運転者の運転前後のアルコールチェックの義務化に合わせて提供を開始したサービスです。改正道路交通法では、運転前後の運転者の状態を目視で確認するだけでなく、2023年12月からアルコール検知器を用いた検査の義務化とともに、検知器を常時有効に保持すること、記録を1年間保持することも義務づけられています。
 国内において対象となるドライバーは約800万人と想定されていますが、多くの現場では紙を使って記入し、管理しているのが実態です。今後はデジタルによる管理へと移行することが想定され、2027年度には30%にあたる約240万人のドライバーが、クラウドサービスを利用して管理されると見込んでいます。運送大手の中には、スリーゼロのIDを1万5000件以上導入している実績も出ています。2027年度には、この分野で20%のシェア獲得を目指し、売上高40億円にまで拡大させます。
 スリーゼロの特徴は、100機種以上のアルコール検知器に対応しており、予算や目的に応じて検知器を選択ができたり、事業所ごとに異なる検知器を導入している場合でも一元管理ができたりします。これだけの機種に対応しているのはスリーゼロだけです。現場の裁量で検知器を導入してしまうことも多く、現場ごとに導入機種が異なるということも多いのですが、そうした状況にも対応できます。
 また、車両予約との連動により、車両の予約時間が近づいてもアルコールチェックが行われていない場合には通知を行い、運転日誌をクラウドで管理することで、管理業務の手間を軽減し、直行直帰や出張時の対応も容易になるというメリットもあります。記録をしっかり残すという提供価値がスリーゼロにはあります。
 社内ではスリーゼロラインという言い方をしていますが、アルコールチェック管理サービスだけにとどまらず、車両管理分野を中心にスリーゼロの価値を広げるサービスを追加しようと考えています。車両点検やドライバーの免許証の確認など、現場での管理業務は多岐に渡っています。こうしたニーズを捉えて、アルコールチェック管理サービスを起点に、 安全運転全体を支援するサービス へと進化させていきます。
—— 一方で、2024年2月から提供を開始したWIZIoT遠隔監視サービスの特徴は何ですか。
松本 IoTを活用した市場としてどこが伸びるのか、といったことを検討した中で出てきたのが遠隔監視でした。当社が持つ技術を活用すれば、カメラ映像とAI認識技術の組み合わせによって、遠隔監視サービスが提供できると考えました。
 WIZIoT遠隔監視サービスは、工場の点検業務の効率化を実現するサービスです。工場などの現場においては、設備に取り付けられているアナログ計測メーターやランプを巡回点検によって目視し、正常に動作していることを確認する作業を行っています。
 しかし、高齢化や後継者不足が原因となり、多くの現場で点検業務の省力化が喫緊の課題となっています。WIZIoT遠隔監視サービスでは、業界初となる固定カメラとスマホカメラをハイブリッドで利用できるSaaSにより、遠隔監視を実現しているのが特徴です。新たに設置したカメラによって、アナログ計測メーターなどを撮影し、AI読み取りサービスによってデータ化します。これによって、現場巡回が不要になり、目視による読み取りミスや、手書きによる記録ミスも低減できます。
 また、狭い所や暗いところといった点検がしにくい場所、危険な場所も遠隔でカバーできますし、どうしても巡回が必要なところはスマホアプリを使って撮影し、それらのデータを一元的に管理します。設置した1台のカメラで複数のメーターを読むことが可能なので、ここでもコスト削減ができます。今後、監視モニターに表示されている文字も認識できるようにすれば、さらに監視対象を拡張できます。
 WIZIoT遠隔監視サービスでは、もう1つ特徴があります。これまでの発想では、シャープが開発した端末を利用してサービスを提供することになりがちでしたが、当社はクラウドサービスセントリックでビジネスを行う企業ですから、最適な端末を選択し、パートナーシップによってサービスを提供することにしています。今回は、ソラコムとの連携により、同社のクラウド型カメラ「ソラカメ」を採用することにしました。
 工場などの現場では、さまざまな管理システムを導入してはみたものの、IoT化しきれていない工場設備が混在しているため、点検業務の負荷が大きいというケースが少なくありません。ガス会社ではガスタンクの残量監視、化学製造では液体タンクの圧力監視、組立製造ではポンプの流量監視、食品製造では温度や湿度の監視、農家では穀物の残量管理などが可能になります。
 2024年2月に発表して以降、既に多くの商談案件をいただいており、約10社での試験導入が始まっています。また、一緒にビジネスを進めたいというパートナーからの問い合わせもあります。実はシャープの工場からも、WIZIoT遠隔監視サービスを使いたいという要望が出ていますよ(笑)。
●AIoTを使って人手不足対策や業務効率を向上し日本を元気に
—— WIZIoT遠隔監視サービスにおいて、ソラコムと連携した理由は何ですか。
松本 これまでにもテレマティクスサービスにおいて、ソラコムの回線を利用したケースがありました。そのお付き合いもあり、プライベートイベント開催の案内をソラコムからいただきました。ちょうどサービスを検討していたタイミングであり、もしかしたら最適な組み合わせになるかもしれないと思い、話を進めました。
 2023年夏には、ソラコムのイベントでコンセプト出展を一緒に行い、ブースでのヒアリングを通じて、メーターの遠隔点検に対してニーズがあることが分かりました。そこで、2023年秋から一気に開発を進めることにしました。ソラカメの採用により、カメラを大量導入しても負担が少なくサービスを利用できる環境が整いました。月額900円という低価格で利用できる点には大きな評価が集まっています。
—— WIZIoT遠隔監視サービスはどんな進化を図っていきますか。
松本 今後は、遠隔監視の周辺サービスと連携した取り組みを開始したいと考えています。遠隔操作や工程管理/資産管理/安全点検/警備などを対象にマルチプロダクト展開し、日本のスマート製造業の実現を裏方として支えるサービスに発展させたいと考えています。
 カメラだけでなく、センサーを始めとした各種IoT機器とつなげた提案もしていきます。負担が多い業務をIoTに置き換えることで、人手不足対策や業務効率向上といった課題を解決するためのサービスへと進化させ、製造業を中心にしたスマート化やDXを支援していきます。
 WIZIoT ラインでは、2027年度には50億円の事業規模を目指します。日本の製造業が作ったSaaSを使って、日本の製造業が進化し、日本のみなさんが元気になるための役割の一部を担えたらいいなと思っています。
—— WIZIoT ラインでは、WIZIoT IoT開発運用サービスも提供していますね。
松本 IoT機器開発支援では、シャープ向けIoT機器の開発支援を行ってきた実績を元にパッケージ化して、他社のIoT機器の開発を支援しています。ベースとなるパッケージがありますから、例えば、調理家電向けのスマホアプリを開発しようとした場合にも手軽に完成させることができます。
 遠隔監視サービスの発表に合わせて、WIZIoTのブランドを再定義しました。WIZIoTには、IoTを活用したサービスであるというWith IoTという意味がありますが、同時にWithには、パートナーとのつながりによって新たな価値を創造するという意味を持たせています。
 また、Wizardという意味もあり、そこでは達人のノウハウをIoTによって誰でも簡単に使えるようにするという意味を込めています。IoTを活用して現場の力をブーストし、現場を支援するのがWIZIoTということになります。工場や建設現場など、オフィス以外のさまざまな現場において、業務を支援するサービスのブランドと位置づけています。
 ※近日公開予定のインタビュー後編に続く。

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