「人によく思われたい」という行動は不幸の温床…生物学者がワガママは悪くないと断言する納得の理由
池田 清彦生物学者、理学博士1947年、東京生まれ。早稲田大学名誉教授、山梨大学名誉教授。専門の生物学のみならず、科学哲学、環境問題、生き方論など、幅広い分野に関する100冊以上の著書を持つ。
■「他人からよく思われよう」と考えないことが大切
我慢して自分を押し殺しながら生きるより、わがままに生きたほうがいいに決まっています。もちろん、法律を破ったり他人に迷惑をかけたりするのはいけません。しかし、普通の社会性と常識の範囲であれば、自分の気力、体力、財力、家族との関係を考慮しながら、できるかぎり自分のやりたいこと、楽しいことをやるべきです。
池田 清彦
生物学者、理学博士
1947年、東京生まれ。早稲田大学名誉教授、山梨大学名誉教授。専門の生物学のみならず、科学哲学、環境問題、生き方論など、幅広い分野に関する100冊以上の著書を持つ。
わがままという言葉はネガティブに受け止められやすいですが、必ずしも悪いものではありません。なぜなら、わがままであるためには自立心が必要だからです。そのうえに自分に矜持を持っていて、自己決定権を備えている人だけが、わがままな言動ができます。つまり、わがままでないことは主体性がないことの表れでもあるのです。
わがままな生き方を目指すうえで、もっとも大切な心構えは、「他人からよく思われよう」と考えないことです。よく思われたいと考えてしまうほど、弊害が生じます。可哀想な人を助けようと同情して騙されたり、上手に断り切れなくて余計な物を買わされたりするのです。
また、よく思われようという行動は、どこかで見返りを期待していることが多いものです。「自分は好意を持たれたのだから、何かしてもらえるはずだ」という考えは不幸の温床で、叶えられなければ「恩を仇で返しやがって」と恨みに転じてしまう事態も起こります。本当にわがままに生きていれば周囲に期待せずに済むので、こうしたストレスと無縁です。
大事なのは、他人に過度に干渉しないことです。社会との関わりや人付き合いを絶つのは極端だとしても、自分に火の粉が降りかからないかぎり、他人が何をしようが放っておくのが上品な態度だと私は思います。そうすれば自分の行動に文句を言われる機会も減ります。
また、なるべく人にものを頼まないほうがいいでしょう。借りをつくった相手に、「おまえの言うことを聞いたんだから、今度は俺の言うことを聞けよ」と言われたら、どうしても断りにくくなります。ならば最初から、貸し借りをつくらないことです。友人と一緒に食事をして奢ってもらえると、ラッキーと思うかもしれません。しかし、それで借りをつくるくらいなら、自分から奢ってしまえばいい。自分でできることはなるべく自分で済ませてしまえば、後腐れのない人間関係につながります。
■仕事ができる変わり者は許される
わがままに生きるためには、なんでも言うことを聞く便利な人間だと思われないことが肝心です。そのためには、「あいつは変わり者だ」という烙印を押されてしまったほうがいい。そうすれば干渉されたり批判されたりしなくて済むからです。
何か仕事を頼まれたとき、「これは引き受けられないな」と思ったらスッパリ断ってしまいましょう。引き受けてしまうほうが気が楽で、断るのは脳にとってストレスフルです。しかし引き受けた後の大変さと、断ったときの嫌な気分を比較すれば、できないことは「嫌です」と断ってしまったほうが自分のためになります。
日ごろから「できないことはできない」「嫌なことは嫌だ」と言い切る習慣をつけておけば、頼みを断っても「こいつは主義主張が強いからな……」と思われるだけで、反感を買ったり後を引いたりせずに済みます。
そのとき大切なのは、「変わり者だけど、仕事はできるから仕方ないか」という評価です。誰でも仕事の中に、得意と不得意があります。得意な分野に関して「あいつに頼めばなんとかしてくれる」という頼りがいを得ていれば、不得意な仕事を断っても波風は立ちません。必要不可欠の存在であるほど、わがままが許されやすくなっていきます。
会社は組織に属する人間に得意なことも不得意なこともさせようとします。得意なことは頑張るけれど、不得意なことはやらないのが、うまく社会を渡っていくコツかもしれません。「わがままで変わり者だ」という認識は、徐々に植え付けていく必要があります。我を通さないと思われていた人がいきなり自分の意見を主張し始めたり、飲み会に必ず参加していた人がいきなり断ったりすると、何かあったのだろうかと痛くもない腹を探られます。場合によっては、変節を快く思わない同僚に意地悪をされかねません。しかし最初から「この前の飲み会は行ったけど、今日は行きたくないから行かない」という態度を貫いていれば、自由な人間なんだと許されてしまうものです。
■上司のわがまま=ハラスメントに注意
相手との関係性によって、どこまでわがままでいいのかという距離感を測ることも大切です。この程度なら大丈夫だろうと思っても、相手はやりすぎと受け止め、不快にさせてしまう場合があるからです。
その際に意識しておきたいのが「わがまま度の対称性」です。自分だけわがままを言って相手のわがままを聞かないのでは、関係を保てません。対称性の中でわがままを言い合える相手なら楽ですが、わがまま度が非対称の相手とは、なるべく付き合わないほうがいいでしょう。
行動に上下関係が加味される組織の中では、わがままにも違いが生まれます。基本的に、上に対しては好きなことを言って楯を突いてかまいません。なぜなら、相手の立場が強いからです。しかし、下の者に対しては同じようにはいきません。部下の中には、やりたくないことをやりたくないと言えないタイプもいますから、要求によっては相手が断り切れず、潰れてしまうかもしれないからです。これは上司のわがままではなく、ハラスメントと認定されてしまいます。
各個人の個性や感性を踏まえて対処の方法を変えることが、上司としての力量です。部下に多少のわがままを押しつけることがあっても、言い返せるような対称性を守っているかぎりは、パワハラとは言われないものです。
■お金は体力と意欲があるうちに使い切ってしまったほうがいい
ビジネスの現場では、嫌でも付き合わざるをえない人がいます。しかし友だち関係や隣近所の付き合いでは、自分とのわがまま度があまりにも非対称である相手は、見切ってしまってかまいません。
少し難しいのが家族、特に親子の関係です。小さい子どもは大体わがままだし、親も年を重ねたら子どもに対してわがままになります。それは単純な貸し借りが通用しない、非対称の関係です。どこまで相手のわがままを受け入れるか、家族内である程度のルールを設けておいたほうがよいかもしれません。
趣味などでわがままに振る舞うには、お金の問題も絡んできます。私は、自分で稼いだ分は自分で使ってしまうと割り切ったほうがいいと考えています。「老後に2000万円は必要」という世論におびえて、買いたい物を買わず遊びに行きたいところへも行かず、せっせと貯金して老後に備える人もいるでしょう。しかし、年を取ってしまえば、いつの間にか体力がなくなり、行きたいところへも行けなくなります。
そのときお金があっても、使い道がないわけです。子どものために残そうなんて、言語道断。体力と意欲があるうちに使い切ってしまう気持ちでいたほうが、人生は楽しくなります。実際、使ったら使ってしまったでなんとかなるものです。
若いときは、我慢すれば未来があるかもしれないと思えます。けれども中年になったら未来は見えてくるし、いま好きなことをしておかなければ、いつ死ぬかもわかりません。なるべくわがままに生きていきたいものです。
※本稿は、雑誌『プレジデント』(2024年5月31日号)の一部を再編集したものです。
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池田 清彦(いけだ・きよひこ)
生物学者、理学博士
1947年、東京都生まれ。生物学者、評論家、理学博士。東京教育大学理学部生物学科卒業、東京都立大学大学院理学研究科博士課程生物学専攻単位取得満期退学。山梨大学教育人間科学部教授、早稲田大学国際教養学部教授を経て、山梨大学名誉教授、早稲田大学名誉教授、TAKAO 599 MUSEUM名誉館長。『構造主義科学論の冒険』(講談社学術文庫)、『環境問題のウソ』(ちくまプリマー新書)、『「現代優生学」の脅威』(インターナショナル新書)、『本当のことを言ってはいけない』(角川新書)、『孤独という病』(宝島社新書)、『自己家畜化する日本人』(祥伝社新書)など著書多数。メルマガ「池田清彦のやせ我慢日記」、VoicyとYouTubeで「池田清彦の森羅万象」を配信中。
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(生物学者、理学博士 池田 清彦 構成=石井謙一郎 撮影=的野弘路)
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