71歳で吉本興業養成所に合格した芸人・おばあちゃんが面接で聞かれた質問は2つのみ。「学費を払えるか」とまさかの…
おばあちゃん「転機になったのは、68歳の時に高齢者劇団に出会ったこと」(写真:『ひまができ 今日も楽しい 生きがいを - 77歳 後期高齢者 芸歴5年 芸名・おばあちゃん』より)
厚生労働省の調査によると、2023年6月時点で70歳以上まで働ける制度がある企業は約10万社とのこと。社会が「人生100年時代」に向けて変化する中で、自発的に働く高齢者の方もいます。今回紹介するのは、77歳で芸歴5年の若手芸人「おばあちゃん」。おばあちゃんいわく「転機になったのは、68歳の時に高齢者劇団に出会ったこと」だそうで——。
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71歳で吉本興業の芸人養成所へ
2018年4月。NSC東京校に24期生として入学した私の年齢は、71歳。
その年になって、なぜ芸人を目指したのか。皆さん、気になりますよね。
転機になったのは、68歳の時に高齢者劇団に出会ったことでした。
最初は観客として楽しんでいたのが、いつしか演者側に。中学時代に演劇部だったので、なんとかなるだろうとたかをくくっていたところ、なにせ演劇用語がまったく分からない。
「板付きで出なさい」と言われれば、「私はかまぼこじゃないよ?」。
「そこ、はけなさい」と指示されても、「掃除じゃないんだし……」。
今でこそ、「板付き」は幕が上がった時にはすでに舞台上に立っていること、「はける」は舞台上から人や物が消えることだと理解していますが、当時はてんで話になりませんでした。
このままでは皆さんに迷惑をかけるし、本気でやるならちゃんと演劇の勉強をしたい。そんなふうに考えて、70歳の時、新聞の広告欄に載っていたいくつかの演劇学校などに電話をかけてみました。ところが、私の年齢を聞いただけでけんもほろろに断られる。
「うちは25歳以上は取っていません」「けがをすると危ないので」などと、きっぱりです。
もうダメかぁとがっくりしつつ、それでもあきらめきれず、「演劇の勉強したいんだけど、どこかないかしら?」と友人に相談したんです。そうしたら、ある日、薬の処方せんの袋に電話番号を書いたものを持ってきてくれました。
そうそう、高齢者はメモ帳を買いません。薬の明細書などを切って裏紙を使う。
戦後の物がない時代に育っているから、どんなものも無駄にしたくないんです。周りの友達は皆、同じように再利用しています。高齢者あるあるですね。
余談はさておき、書かれているのが電話番号だけだったので「これ何?」と聞いたら、「分かんないけど、演劇の勉強ができるとこらしいから電話してみ!」と友人。
どうやら、お子さんがインターネットで調べてくれたよう。
笑うっていいな
電話をかけてつながったのは、吉本興業が運営する、構成作家の養成所(YCC。現YCA)。
「何になりたいんですか?」と電話口で聞かれ、「舞台をやりたいんですが、お笑いにも興味があります」と伝えたところ、NSCを紹介されました。
『ひまができ 今日も楽しい 生きがいを - 77歳 後期高齢者 芸歴5年 芸名・おばあちゃん』(著:おばあちゃん/ヨシモトブックス)
そうは言ったものの、当初は本気でお笑い芸人を目指していたわけではありません。学校へ行ったからといって、まさか自分がプロになれるとは考えてもいなかったし、何より年齢が年齢です。
だから、あくまで舞台について学ぶことが第一で、卒業後は高齢者劇団に戻ろうかなぁくらいの気持ちでした。
ただ、少なからずお笑いにも興味があったのでしょうか。私が子供の頃、中田(なかた)ダイマル・ラケットさんの漫才を見て、「何も道具を持たずに、おしゃべりだけで人を笑わせられるんだ」と感激した記憶があります。
それに、私が吉本に入ったと連絡した時に「やっぱりね」と納得した中学時代の友人が、思い出したように教えてくれたんです。
私たちはいつもゲラゲラと笑っていて、先生から「お前ら、おもしろいから吉本行け」と言われていたと。
確かによく笑ってましたねぇ。とはいえ、これまでの人生で「芸人になりたい」なんて夢にも思ったことはありませんでした。だけど「笑うっていいな」とはずっと思っていたんです。
「70歳でも入れますか?」
NSCに電話をした私がまず確認したのは、いちばんの懸念材料だった年齢制限について。
「70歳でも入れますか?」と聞くと、「大丈夫ですよ」とのこと。あっさりOKだったのでびっくりしましたよ。
でもその時点では、参加していた劇団の公演が6月まであり、入学するには中途半端な時期だったため、いったん保留にしました。
「6月の公演が終わってからでもいいですよ」と言われたのですが、未知の分野を一から学ぶには最初が肝心です。
それに、いずれにしても学費をまるまる納めなきゃいけないのであれば途中からではなく4月からスタートしたい。すでに年金生活に入っていますから、お金は一円も無駄にはできません!
そうして演劇に区切りをつけ、翌年、改めて「71歳になりましたが、本当に大丈夫ですか?」と電話をしました。
すると、問題ないとの返事とともに「まずは面接に来てみませんか?」と、当時NSCがあった神保町(現在は池袋)に呼んでもらったんです。
行ってみると、ほかにも40〜50代の方たちが何人かいて、「シルバー向けのコースを作ってもらえるのかな」と気持ちがやや軽くなったのを覚えています。
予想に反して
面接で聞かれた質問は、2つ。
「学費は払えますか?」
「ビルの6階まで階段をのぼれますか?」
この6階というのがポイントで、NSCの事務所があるフロアなんです。また、女子トイレも6階にしかありません。
NSCのしきたりとして、授業の前に必ず事務所へ顔を出して「おはようございます。今日もよろしくお願いします」と挨拶をしなければならないんです。
その後、5階や4階にある教室へ向かいます。ビルにはエレベーターもありますが、生徒は乗れません。必ず階段を使うルールになっています。
「大丈夫です。のぼれます」数年前に膝の手術をしていますが、もう大丈夫だと自分に言い聞かせ、見栄を張りました。本当は自信がなかったんですけどね。
というのも、どうせ落ちるだろうなと思っていたんです。
その日は、プリントを渡され、その場にいる人同士でペアを組んで掛け合いのようなこともおこなったのですが、まったく手応えがなかったので。
ところがどっこい、予想に反して後日、合格通知が届いた。
「嘘だろ?」
目を疑いました。
※本稿は、『ひまができ 今日も楽しい 生きがいを - 77歳 後期高齢者 芸歴5年 芸名・おばあちゃん』(ヨシモトブックス)の一部を再編集したものです。
婦人公論.jp
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