「金正恩より家族が大事」ホンネを正直に申告した青年3人を逮捕
すべて、酒に酔った上でのことだった。
北朝鮮において反政府的言動は、「マルパンドン」(言葉の反動)として厳しく取り締まられる。下手をすれば、管理所(政治犯収容所)行きになりかねない。それどころか処刑もあり得る。職場にも町内にも、保衛部(秘密警察)が送り込んだ情報員(スパイ)がいるため、よほど気心が知れた相手でなければ、本音を漏らすことはない。
しかし、酒に酔って気が大きくなり、口を滑らせて摘発される事例が後を絶たない。
黄海南道(ファンヘナムド)のデイリーNK内部情報筋は、3人の若者がマルパンドンに問われて処罰されたと伝えた。
3人は同じ職場の同僚で、軍入隊嘆願者だ。この「軍入隊嘆願」とは、米韓合同軍事演習が行われた場合など、北朝鮮当局が「情勢が緊張している」と考えるときに行われるキャンペーンの一種で、「米帝や南朝鮮(韓国)と戦うから自分も軍隊に入れてくれ」と嘆願する若者が殺到するという演出がなされる。だが実際のところは、各地域にノルマが割り当てられ、半強制的に志願させられるといったものだ。
自ら望んだものかどうかは不明ながら、軍入隊に嘆願した3人は、「軍に入ったら次はいつ会えるかわからない」と飲み会を繰り返した。酒に酔った3人は、思わずこんな発言をしてしまった。
「軍に入る前に中国と南朝鮮の地理をじゅうぶん知っておかなければならない。戦争になれば走らなければならないから走る練習をしておくべきだ。(韓国に接している)黄海南道の出身の自分たちは、南朝鮮への行き方を覚えておいて、中国でも南朝鮮でも楽な方に走ればそれで一丁上がりだ」
他愛もない冗談かもしれないが、脱北の意図があると見なされかねない危険な発言だ。さらに問題だったのは、金正恩総書記に言及したことだった。
「もし戦争が起きたら、金正恩同志を命がけで守る前に、まずは家族の命を守るのが男の仕事だ。家族も守れないで国を守れるものか」
神聖不可侵の存在で、何よりも優先されるべき存在が金正恩氏、故金正日総書記、故金日成主席ら最高指導者だ。その肖像画を事故や災害から守り抜いて命を落とした人が英雄扱いされるのが、北朝鮮のお国柄でもある。金正恩氏より家族を優先するなど、絶対にあってはならないことなのだ。
酔った勢いでそんなことを言ってしまったものの、後になって誰かに聞かれていないか急に心配になった3人は、反動分子扱いされるのを恐れて、職場内の朝鮮労働党委員会と保衛部を訪れて、発言内容を明かし、二度とそんな反愛国的、反党的発言はしないと反省文と批判書を書いた。
これで済むかと思いきや、8月の中旬に開かれた道党軍事委員会で、軍入隊嘆願者として絶対にしてはならない発言をしたとの理由で、結局は反動分子扱いされ、3人とも管理所送りとなってしまった。
軍事委員会は、普段なら教養処理(厳重注意)で済ませるところだが、情勢が緊張している今、許されざる発言を行ったとして戦時法で処理したと明らかにした。法律の恣意的な解釈が当たり前の北朝鮮では、全く同じ行為であっても、これほど処罰のレベルが異なるのだ。
悔悛の状況に応じて釈放がありうる「革命化区域」に送られたのか、死ぬまで釈放されない「完全統制区域」に送られたのかは不明だが、いずれにせよ、彼らが生きて帰ってこれない可能性は高い。また、彼らが金正恩氏より大事と言った家族とて、無事ではいられないだろう。
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